横浜フリューゲルス、天皇杯優勝の裏で交わされた約束とは?

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横浜フリューゲルス、天皇杯優勝の裏で交わされた約束とは?

勝村政信皆藤愛子がMCを務めるテレビ東京のサッカー番組『FOOT×BRAIN』(毎週日曜11:00~)。2月4日は、人気企画「検証! Jリーグオリジナル10」の第4弾で横浜フリューゲルスを特集。クラブ消滅から20年、同クラブに在籍した三浦淳寛、遠藤保仁、そしてサポーターズクラブ「ASA ASUL」のリーダー、川村環さんが当時の思いを語った。

「Jリーグオリジナル10」とは、1992年のJリーグ発足時に加盟していた10クラブを指す言葉。鹿島アントラーズ、ジェフユナイテッド市原、浦和レッドダイヤモンズ、ヴェルディ川崎、横浜マリノス、横浜フリューゲルス、清水エスパルス、名古屋グランパスエイト、ガンバ大阪、サンフレッチェ広島がこれに該当する。(表記は当時の呼称)。

今回特集された横浜フリューゲルスは、1998年に親会社の経営不振により横浜マリノスに吸収合併され消滅。しかし、消滅発表後に天皇杯優勝を成し遂げ、伝説のクラブとして多くのサッカーファンに語り継がれている。

Jリーグの黎明期を支えた同クラブは、加茂周監督の下、世界でもいち早くゾーンプレスを導入するなどサッカー界を席巻。また、所属選手には、無回転キックの先駆者・三浦をはじめ、屈指のドリブラー・前園真聖、元祖ボランチ・山口素弘、そして、当時新人だった遠藤ら、名選手たちがズラリ。1995年には、ジーニョ、エバイール、サンパイオの新旧ブラジル代表トリオを獲得し、彼らがチームにフィットし、いよいよ優勝を見据えた頃に衝撃的な情報が日本中を駆け巡った。

1998年10月29日。横浜フリューゲルスの母体企業の経営不振により、横浜マリノスと合併することが突如発表されたのだ。これは横浜フリューゲルスの事実上の消滅を意味していた。当時の報道では中心選手の山口でさえも練習場で「(消滅について)聞いてない。今日初めて聞いた」と語るなど、選手たちの混乱する様子が映し出された。同年に入団した遠藤は、U-19日本代表の遠征先となるタイのホテルでこの知らせを受けたそうで、「正直よくわかっていなかったですが、日本に帰ったらすごい大騒ぎになっていた。聞いた時の自分の思いと帰国してからの世間のギャップが凄く大きかったです。プロ1年目でこれからという時に……という思いはありました」と当時の思いを打ち明けた。

そして、スタジオでは三浦が、「多くの選手がスポーツ新聞で知りました。そこからの雰囲気は最悪で、睡眠なんかほとんどの選手がとれていないし、家庭のある選手は家族を守らなくちゃいけないわけだし。毎日練習に来ても、暗い顔で“どうしよう”って……」と、クラブ内部の様子を述懐。そして都並も「ファンの人だって、自分の好きなクラブがどこかと合併するなんて想像が付かないと思う。愛着のあるユニフォームはどうなるのか?合併と言ってもだいたい五分五分ではないし、今までの歴史を見てもどちらかが薄くなっていく。そういうのはショックですよね」とコメントした。

そこで、横浜フリューゲルスを支え続けたサポーターズクラブ「ASA ASUL」のリーダー・川村環さんがVTRに登場。吸収合併を知った当時を振り返り、「実は横浜マリノスのサポーターと非常に仲が良かったので“一緒にやるか……?”と一瞬だけよぎりました(笑) だけど私たちの居場所はマリノスのゴール裏にはないと思った」と告白。ただ、大きなショックを受けたというよりも「救いの道がないわけではない」と考え、クラブ存続に向けて動きだしたのだとか。そこでサポーターたちが行ったのは署名活動。合併が発表されてからほぼ毎日行われ、選手自身も参加した。すると日本全国から60万人分もの署名が集まり、後にサポーターによる初のクラブ“横浜FC”誕生の原動力になっていった。

さらに、横浜フリューゲルスはチームとしても奇跡を起こした。なんと、消滅発表から怒濤の9連勝&天皇杯を制覇。文字通りの“有終の美”を飾ったのだ。三浦は、実はこの裏で、ゲルト・エンゲルス監督が「最後の天皇杯はどうする? 試合に出られない選手を使ってアピールの場にするか? それとも勝ちに行くか?」と選手たちに問いかけたというエピソードを紹介。エンゲルス監督は涙を流しながら「僕は横浜フリューゲルスが大好きだ。最後の大会を全力で行って優勝したい。だから一番力を出せるメンバーで行きたい」と語り、選手たちも意見を出し合い、優勝を目指すことに決定。また、勝利給などについては、試合に出場していない選手やスタッフも含めて分け合うことになったのだとか。

そして、横浜フリューゲルスは負ければ即消滅という状態の中、天皇杯を勝ち進んでいった。迎えた99年元日。天皇杯決勝で清水エスパルスを相手に0-1から逆転し、見事優勝を果たした。三浦は「あの大会は奇跡でしたね」と今でも思っていることを明かした。

最後に番組では、横浜フリューゲルスについて語った3人のコメントを紹介。まず遠藤は、「Jリーグができた時から好きなクラブだったんです。横浜フリューゲルスでプロになったと自信を持って言える。今の若い選手には、(横浜フリューゲルスを)知らない選手がいると思うので、僕が伝えていきます」と語り、サポーターの川村さんは「今のサポーターは“2部に落ちた”とか言いますが、私にしてみれば、それでも羨ましい。最下位になろうが2部に落ちようが、いつでも這い上がれるじゃないですか。2部に落ちたといって離れないで、ずっと支えて欲しいと思います」とコメント。そして、三浦は「横浜フリューゲルスがあったことを皆さんに知って欲しいので、僕にとってこの放送があって良かったです」と感慨深げに語っていた。

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