「うなぎ」を愛するポーランド人が、2時間待ちの行列店で”蒲焼作りの極意”を学ぶ!:世界!ニッポン行きたい人応援団

公開: 更新: テレ東プラス

うなぎの蒲焼に感動! 最後に嬉しいサプライズも

続いて紹介するのは、ポーランドに住む、うなぎを愛するミハウさん。

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スタミナ食の代名詞ともいえる「うなぎ」。万葉集にも「夏痩せにはうなぎを食べなさい」と書かれているほど、古くから親しまれてきました。現在のような蒲焼きで食べられるようになったのは江戸時代。すると、味の良さから大流行となり、「江戸前大蒲焼」と呼ばれる番付まで作られ、221軒もの蒲焼屋さんがしのぎを削っていたといいます。

ミハウさんは、9年前にポーランドの日本料理店で初めてうなぎの蒲焼を食べ、虜になったそう。ニッポンにはまだ一度も行ったことがありませんが、インターネットで調理法を調べ、1メートルを超えるものもある巨大なヨーロッパうなぎで蒲焼を作っています。
早速作り方を見せてもらうことに。ニッポンのうなぎ職人が使うのは「うなぎ包丁」と呼ばれる専用の包丁ですが、ポーランドでは手に入らないため、ニッポンの出刃包丁を使用。巨大なヨーロッパウナギと格闘すること10分、背開きにすることができました。ちなみに、江戸時代に武士が多かった関東では、切腹を連想させる腹を避けて背開きに。商人文化の関西では腹を割って話せるようにと、腹開きになったといわれています。

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さばいたうなぎを切り分け、バーベキュー用の串を打ちますが、身が分厚くなかなか真っ直ぐに打つことができません。うなぎの調理は「串打ち3年、割き8年、焼き一生」といわれ、熟練の技を要するものなのです。
串打ちをしたうなぎを、バーベキュー台で素焼きにし、余分な脂を落としていきます。焼き上がったら蒸して身を柔らかくし、みりん、酒、醤油で作ったタレを塗って2度焼き。この時、ミハウさんはうなぎを団扇であおいでいましたが、その意味はよくわからないそう。キツネ色に焼き上がったら、うなぎの蒲焼が完成!

うなぎに対し、並々ならぬ情熱を持っているミハウさんを、3年前、初めてニッポンにご招待!

向かったのは、高知県を流れる日本三大清流の一つ、四万十川。海水と淡水が混じる栄養豊富な汽水域がおよそ9キロも続く、水産物の宝庫です。ここで獲れる天然うなぎは、1人前1万円の値がつくことも。
今回は、四万十でも片手で数えるほどしかいない専業の川漁師・黒澤雄一郎さんに天然うなぎの漁を見せていただきます。四万十川のうなぎを見たミハウさんは、「僕が知っているうなぎより黒いです」。うなぎは、海で産まれた後、川を上り、10年ほどかけて成長。秋になると産卵のため海に戻り、体が黄色から銀色になる“銀化”という現象が起きます。これが、脂がのって一番美味しくなっている目印だそう。

早速、船で漁場へ向かい、10日前に仕掛けたイシグロという仕掛けを確認します。イシグロは、四万十に伝わる伝統的な漁法。川底に隙間を開けながら石を積み上げ、暗く狭い場所を好むうなぎを誘い込むのです。
40ヵ所仕掛けて1匹も獲れないこともあるそうですが……この日は3匹仕掛けにかかっていました! うなぎは夜行性のため昼間は動きが鈍く、専用の道具でつかんで捕獲。今回、特別に獲れたての天然うなぎをいただけることに。「四万十川のうなぎの本当の味を知ってほしいので、炭でただ焼いて、醤油とわさびだけで食べて」と黒澤さん。白焼きで味わったミハウさんは「こんなに濃厚な味のうなぎは初めてです!」と絶賛!

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地元の皆さんと四万十の幸を囲んで楽しい夜を過ごし、翌日「この出会いを絶対に忘れません!」と黒澤さんと握手を交わしました。

続いて向かったのは、埼玉県浦和市。江戸時代、中山道の宿場町として栄えた浦和には、当時うなぎが獲れる沼地が無数にあり、名物として、旅人にうなぎの蒲焼が出されていました。味の良さが一躍評判となり、多い時には150軒ほどうなぎを出すお店があったそう。「浦和うなぎまつり」が開かれるなど、うなぎ文化が根づく街なのです。
お世話になるのは、浦和の名店・創業68年「鰻 むさし乃」。3代目の池田国房(くにふさ)さんが営むお店で、2時間待ちの行列ができることも。

まずは、憧れていたニッポンのうな重をいただきます。すると、奥様の香さんから食べ方のアドバイスが。うな重の盛り付けには、美味しく食べるための工夫がなされています。手前の脂身が多いお腹から、奥の運動量が多く身が締まった尾の順に食べ進めることで、うなぎの味をより堪能できるとのこと。「人生で一番美味しいです。これだけ身が柔らかいのに、骨を全然感じないのが不思議です」とミハウさん。口の中でふっくらとろけるような柔らかさこそ、うなぎ職人の技によるもの。

翌朝、池田さんから、ふっくら柔らかな蒲焼のコツを教えていただきます。使うのは、池田さんが全国を回って選び抜いた宮崎産のニホンウナギ。板前着をお借りし、うなぎ包丁を使ったさばき方を見せていただきます。スピーディーな包丁さばきを見て、「包丁のどの部分をどう使っているんですか?」と質問すると、全部使うとのこと。うなぎ包丁には3つの刃があり、先端の切先と呼ばれる刃で背中を割き、糸刃と呼ばれる真ん中の刃で中骨を取り除きます。中骨に身を残さずきれいにさばくことで、火の通りが均一な柔らかいうなぎになるのです。そして、ヒレ引きという刃で尾びれと背びれを落とします。

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続いて串打ち。ここにも、ふっくらと均一に焼き上げる秘密が! うなぎを割いた時にできる真ん中のくぼみを持ち上げるように串を打つことで、身が詰まり全体が平らに。ミハウさんは真っ直ぐに刺していましたが、それでは身が波打って焼きムラができてしまうのです。ミハウさんも挑戦! 惜しいところもありましたが、「串も回せてるしすごいですね。正直びっくりです。ここまでできる人はいないと思う」と合格点をいただきました。

お次は、備長炭で焼きます。温度はおよそ800度! うなぎはコラーゲンでできた繊維が多く硬いのですが、強い火力で一気に加熱すると、驚くほど柔らかくなるそう。焼いている間は、専用のうなぎ団扇で常にあおぎ続けます。これは、火力を弱めないようにするため。うなぎ団扇は強度を高めるため、骨組みが竹で作られられており、本体には柿渋が塗られています。これが強い風力を生むのです。
扇ぎながら炭の温度を見極め、すべてが同じ焼き上がりになるようにしなければなりません。ミハウさんも団扇の正しい持ち方を教わり、焼きに挑戦します。

こうして素焼きが完成し、朝10時半にお店の皆さんも出勤。皆さんと一緒に、炭で焼いた賄いの鮭をいただいたミハウさんが「むさし乃の従業員になりたいです」と伝えると、「本当にミハウさんは中身が日本人だね」と池田さんも笑顔に。

食後、池田さんが骨抜きを始めます。極限まで柔らかく仕上げたうなぎは、小骨の一つでも気になってしまうもの。そこで、1匹に200本近くある骨をなんと手作業で抜いているのです。
そして、さらにふわふわにするため20分蒸し器にかけ、創業当初から継ぎ足してきたタレをつけて本焼き。タレは醤油とみりんの他に秘密の材料を使っているそう。灰をかけ、400度近くまで温度を下げた炭で、今度は団扇を優しく使って焼いていきます。脂とタレが炭に落ちた時の煙をうなぎにまとわせるように扇ぐことで、香ばしさを出します。
焼き上がりは、表面のタレが焼ける微妙な音の変化を聞いて判断。ミハウさんもトライしますが、なかなか難しく……池田さんにタイミングを見ていただき、やっと蒲焼が完成しました!

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「僕はうなぎのことを知っていたつもりでしたが、実は何も知らなかったということがわかりました」。

その夜、池田さんの旧知の職人仲間・和田浩美さんが営む魚料理が自慢のお店「丸和」で、歓迎会を開いていただきました。看板メニューの穴子の握りを美味しそうに頬張り、「うなぎと比べるとあっさりしていますね。ずっとニッポンにいたいです」。市場で仕入れたばかりの中トロの握りも堪能し、皆さんと楽しいひと時を過ごしました。

別れの時。池田さんから、うなぎ団扇とスタッフTシャツをプレゼントしていただいたミハウさんは、「うなぎはあなたの道、それは目が覚めた後も夢のよう。あなたはそれに向かって歩き続けている。とても困難だけど歩き続けるしかない。うなぎはあなたの運命の道だから」と詩を披露。感激した池田さんは、サッカーをやっているミハウさんの息子さんのために、地元・浦和レッズのユニフォームをプレゼント! さらに、秘伝のタレに使っている秘密の材料を特別に伝授してくださいました。

ミハウさんには、帰国前に埼玉でもう一つ行っておきたい場所が。それは、越谷市にある「正千代刃物店」。店主の岩井利雄さんは、名だたる名店から研ぎを任される、この道65年のうなぎ包丁の達人。早速うなぎ包丁の研ぎを見せていただくことに。
うなぎ包丁は一般的な包丁と違い、刃先が2段になっています。この刃先が骨を押すようにすっと入り、きれいに切れるのです。そのため、刃を研ぐ時も刃先が2段になるよう、角度をつけて研ぐそう。
特別に研ぎの体験もさせていただきました。ミハウさんの研ぎ方を見た岩井さんは、「軽く研いでいるからいいですね。水のかけ方もいいしね、水のかける量もいい」。

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うなぎ包丁を買って帰りたかったものの、想定よりも高価で手が届かず諦めていたミハウさんに、なんと岩井さんがうなぎ包丁をプレゼントしてくださいました! 大感激したミハウさんは、「本当にいいんですか? 信じられないです。一生大事にしてずっと使い続けます!」と感謝を伝えました。

あれから3年…。「鰻 むさし乃」「正千代刃物店」の皆さんの元にビデオレターを届けます。

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もっとうなぎのことを知りたいと、日本語の勉強を始めたミハウさん。「お寿司とうなぎの蒲焼を作ることが趣味なんです。日本語は1年間習っています。とても面白いです、よろしくお願いします」と日本語で挨拶します。

池田さんにいただいたTシャツに着替え、蒲焼作りを披露することに。友人・エルネストさんも助手として参加。エルネストさんは寿司職人で、3年前、ミハウさんの紹介で「むさし乃」を訪れたそう。

早速、岩井さんにいただいたうなぎ包丁でうなぎをさばきます。「正千代さんの包丁を使ってうなぎを割いてるところなんか見ると、すごい感動しちゃいますよね」と池田さん。岩井さんも、「包丁の使い方が上手なんで感心しちゃった」と笑顔に。
ニッポンのうなぎに比べ、骨が太く身も硬いヨーロッパのうなぎに苦戦しますが、短冊状に切り分けて焼きムラができないよう平らに竹串を打ちます。3年前と比べて見違えるような仕上がりに。

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続いて、備長炭で焼いていきます。池田さんにいただいたうなぎ団扇であおいでいると、ハプニングが! 炭から炎が上がり、うなぎを一時退避させる事態に。大きなヨーロッパうなぎは脂が多く、滴り落ちた脂が炭火にあたって火が出てしまったよう。
改めて焼き直し、蒸すこと10分。池田さん秘伝の材料を入れ、帰国以来3年間継ぎ足してきたタレにつけて焼いていきます。仕上げにYouTubeで覚えた笹切りを飾り、進化したミハウさん特製うな重が完成!

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お腹から順番に……食べ方も、エルネストさんにレクチャーします。
「今までで一番美味しくできた」とミハウさん。池田さんも「あれだけやれば完璧じゃないですか?」と絶賛。岩井さんも「嬉しいのと感動と両方ですね」。
しかし、池田さんのタレのようなコクのある味にならないのが悩みだというミハウさん。そこで、コツを教えていただくため、3年ぶりに遠く離れたポーランドとニッポン絆を結びました!

「元気ですか?」「はい元気です!」とお互い日本語で挨拶を交わします。いろいろな醤油を試してもコクが出なかったというミハウさんに、池田さんはあるコツを伝授。それは、弱火で2時間煮詰めること。徐々に水分が飛び、旨みだけが凝縮されるのです。
さらに、中骨を取る時のアドバイスも。ミハウさんは手で押さえながら切っていましたが、中骨を持ち上げるようにすれば、よりきれいに切れるそう。「早速練習します!」。いつか池田さんご夫婦をポーランドに招いてうな重を食べてもらいたいと、再会を約束しました。

ミハウさんをニッポンに招待したら、うなぎ包丁を使いこなし、うなぎのプロも認めるうな重を完成させ、その魅力をポーランドで広めていました!

7月12日(月)夜8時放送! 月曜プレミア8「世界!ニッポン行きたい人応援団」の内容は…。

●「ニッポンにご招待したら人生が変わっちゃった!感謝のビデオレターが届いちゃいましたSP」
羊羹(ようかん)を愛してやまないハンガリー人女性。「羊羹と錦玉羹(きんぎょくかん)の作り方を職人さんから学びたい」という願いを聞き、約1年前、ニッポンにご招待。老舗和菓子店で作り方を学んだ。そんな彼女から感謝のビデオレターが届く。羊羹作りを披露し、ハンガリーとニッポンをネットで中継!

●新企画「コロナが収まったらすぐにでもご招待したい!ニッポン行きたい人応援団」
約1年3ヵ月ぶりの海外新取材! コロナ禍でもニッポンのあるものを愛し、熱い思いを持ち続けている外国人の方々が登場!
・「ニッポンの道場で師範から薙刀の稽古を受けたい!」ブラジル人夫妻
・「尺八作りを学んで、子どもたちに受け継ぎたい!」イタリア人男性

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