日本一嫌われて愛された審判・家本政明との思い出を中村憲剛が告白「最後は同志みたいに」

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Jリーグ歴代最多となる516試合で主審を務めたプロフェッショナルレフェリーの家本政明が、1月29日に放送されたサッカー番組『FOOT×BRAIN』(テレビ東京系、毎週土曜24:20~)にゲスト出演。”名物審判”として選手やサポーターから愛された家本の足跡をたどった。

2021年のシーズンをもってJリーグの審判を退いた家本は、現在の心情について「もう少し感傷的になるのかなとか、後悔の念があるのかなと思ったんですけど、すごいすっきりしています」と吐露。そして、引退を決断した理由を「自分としてはやれることはできたなという達成感はあった。あとは次なる形で自分の人生も挑戦したいという気持ちが強くなった」と明かした。

「レフェリーとしてはここで十分じゃないかなという思いで区切りをつけた」という家本に、解説の福田正博は「迷惑かけましたもんね」とチクリ。「日本一愛された審判」としてJリーグを去った家本だったが、かつては「日本一嫌われた審判」と呼ばれるほど、バッシングの嵐に晒されたこともあった。

2008年3月1日に行われた『ゼロックススーパーカップ』の鹿島アントラーズVSサンフレッチェ広島戦で主審を務めた家本は、その采配によって歴史に残る乱戦を作り出してしまう。家本は「今、仮にタイムマシンかなんかで戻ったら、1000%同じレフェリングはしないと思います」と断言。スタジオでは、その試合内容を映像で振り返った。

前半7分、鹿島の岩政大樹がボールを奪おうとチャージしたところ、横向きになった相手と接触し、転倒させてしまう。これを見た家本は迷わずイエローカード。そこから次々にカードが飛び出し、なんと3選手が退場。PKでも2度のやり直しが行われるという前代未聞の事態に。結局、広島が勝利したものの、鹿島サポーターの不満が爆発。家本は無期限の出場停止となり、ネット上でも大バッシングを受けることになる。

番組MCの勝村政信は、この試合について「インパクトありましたもんね、いい意味でも悪い意味でも。カードの大盤振る舞いでしたからね」と回顧。福田は「シーズンの最初なので、これが1年間の基準のジャッジになるんですよ。他のチームも見ていたと思うので、今シーズンどうなるのかなとは思っていたんじゃないですかね」と解説した。

また、当時の広島のエース・佐藤寿人もVTRで出演。「選手は判断に沿って試合を続けることが大事。ただ、あの試合は正直そういう雰囲気ではなかった」と振り返り、家本については「試合以外の部分でいろいろな声を受けたと思う。僕らとしても心苦しかった。選手はミスしてもあそこまで叩かれることはないけど、レフェリーの方はどういうジャッジをしても両チームにとって満足ということはなかなかないと思う」と気遣った。

家本は、『ゼロックススーパーカップ』での判定について、組織の方針だったことを告白。「日本は世界と比べてフットボールに対してのリテラシーが低いと、競技規則の理解が圧倒的に低いと。まずレフェリーが変わりなさい、学びなさい、そして示しなさいと言われていたんですよ」と打ち明けた。不安定な立場のレフェリーにとって、上の方針は絶対。しかし、それ故にピッチで起こることを客観視できず、評価と規則に縛られた思考停止状態に陥っていたという。

この一件により、レフェリーの本当の役割と、サッカーが誰のためにあるのかということを考えた家本は、規則を守りながら、試合を円滑にコントロールすべく、自身の判断を最優先にするよう意識を改革。次第に信頼を取り戻し、再びビッグマッチを任されるまでになる。

そんな家本の“変化”について、川崎フロンターレのレジェンド・中村憲剛は「今みたいにコミュニケーションを密に取りながらゲームを進めていくという方ではなかったんですよ。けど、いつからか、ものすごくコミュニケーションを取るようになった」と指摘。「あの人、僕の名前呼ぶんですよ。“憲剛~”って。こっちも“レフェリー”じゃなくて“家本さん”って。そこで何かが生まれるんですよ。最後は同志みたいな感じになった」と打ち明けた。

家本が選手とのコミュニケーションを強く意識するようになったのは、2017年8月13日に行われたJ2リーグ 第28節、FC町田ゼルビアVS名古屋グランパス戦が一つのきっかけだった。主審だった家本は、ファウルに関与していない選手にレッドカードを出し、町田側の抗議にも耳を貸さず、自らの思い込みを貫き通してしまう。

この誤審によって再びバッシングを受けた家本は、レフェリーの本来あるべき姿に気づく。それは、ルールを徹底する厳格者ではなく、喜びを作り上げ、感動を共有できる存在であるということ。そこからは、絶対にそうしなければならない場面を除き、笛を吹くよりも選手との対話を、カードを出すよりもコミュニケーションを重視するようになる。

その結果、かつては1試合で5枚出ていたこともあったイエローカードの枚数も、2017年以降は1試合平均1枚に。試合の流れを止めることなく、選手やサポーターと一緒に“楽しいサッカー”を作り上げることができるようになったという。

2021年のシーズンで最後の笛を吹いた横浜F・マリノスVS川崎フロンターレ戦では、審判としては異例の引退セレモニーが行われ、スタジアム中が家本に敬意と感謝を表した。こうして、日本一嫌われた審判だった家本は、日本一愛された審判として引退。勝村は、そんな家本の功績を称えながら、「今日は『FOOT×BRAIN』という番組なんですけど、家本さんの『しくじり先生』みたい」と笑わせていた。

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