NHK「ちりとてちん」の落語を聞こうの桂米朝を見られなかったのは桂吉弥のせいという話
2008/03/09
ちょうど週刊文春で「NHK朝ドラ『ちりとてちん』で紹介された落語は、この噺家のCDで聞け」という原稿を書いたのだけど、それと時を同じくして、NHKが「ちりとてちんの落語を聞こう」という番組を放送していた。しかも東京では本放送が午前3時から、再放送が翌日の昼3時からという不可思議な時間帯の放送で、深夜3時の放送を見終わると、もう朝ですがな。NHKで放送されたのは、文枝、染丸、南光、文枝と続き、最後は米朝の順でした。わたしが紹介していたCDとは少しちがうんだけど、まあよろしい。文枝はもう死んでるから、まだ生きてる米朝を聞いたほうがいいとはおもうんだけど、まあ、米朝だっていま落語をやってるわけじゃないからねえ。米朝か文枝だったらどちらでもいいとおもう。米朝は一門会には顔を出していて、たとえば1月末の京都では一人で高座に上がったけれど、うまく喋れず、途中から息子の小米朝が登場して、二人での座談ということになっていたし、他の一門会では最初から三人ほどで出てきて「よもやま噺」というのを聞かせてくださる。落語はやらないですね。もうやらないとおもう。ちょうど3月7日金曜も奈良県の大和郡山で一門会があって米朝が出るので、見に行きました。大和郡山というのがどこなのかよくわからない。わからないけれど新幹線に乗って京都で乗り換えて、近鉄特急に乗って、奈良へ行きました。近鉄特急というのはおれが高校生のときから2階建てで、下の列車はホームが見上げられるということで高校では話題でした。1970年代前半の話です。近鉄の特急はまだ喫煙車があって、私鉄で喫煙車が残ってるのは妙に嬉しい。大和郡山城ホールというところで米朝一門会はあった。予定より米朝が出る時間が遅くなり、予想では8時前に米朝を囲む座談が終わって、そこから何とか京都へ出て最終新幹線で帰ろうとおもってたのに、すごく微妙な時間帯になった。中入り前に桂ざこばが出て「天災」、中入り後、米朝と吉弥と米二が三人で出てきて「米朝よもやま噺」である。よもやま噺が始まったのが8時14分で、じつは近鉄郡山駅を8時32分の急行に乗らないと今日中に東京に帰れない。ホールから駅まで歩いて7分、走っても3分くらいはかかる。うーん、米朝を見に来たのに米朝の座談の途中で帰るわけにいかず、また吉弥も調子よく話して予定時間を越えてよもやまな噺は続き、舞台袖からカーンなんて鉦の音を鳴らされて「もう、やめえ、言うことやで」なんて話して、座談が終わったのが8時36分。もう、間に合いません。でも、万一ということがあるんで、最後の雀三郎はもうしわけないが聞かずに駅に急ぎ、帰りも特急で京都駅に向かった。京都の新幹線最終は9時34分発で、おいらが乗った特急は9時35分に京都駅に着く。近鉄のホームと新幹線のホームはすごく近いので、何か間違いが起こらないかと走ってみたけど、1分違いは乗れません。近鉄もなんであと2分くらい急いでくれないかとおもつつ、結局京都泊まりで、ああーっ、そういえば「ちりとてちんの落語を聞こう最終回『はてなの茶碗』」の録画予約をしてこなかったとおもいだして、まあこちらで見ればいいかとおもって夜中に起きたけど、やってませんでした。『はてなの茶碗』は満を持して人間国宝桂米朝の出演で、落語の解説をしてるのは桂吉弥で、それが見られなかった。録画もできなかった。でも2人ともさっきまでナマで見てたわけで、そもそも、吉弥と米朝のやりとりが長引いたがために、テレビの吉弥と米朝が見られなくなってしまったので、残念は残念だけど、これはこれでしかたないなあとおもってワンカップを飲んで寝ました。


堀井憲一郎



