ミシュラン連続掲載の奥野義幸シェフが見据える新時代――時間と情報を味方につける戦略とは

公開: 更新: テレ東プラス

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毎年、グルメな人が心待ちにしている『ミシュランガイド』。レストランが星をとるドラマも、最近話題になりました。

『ミシュランガイド』には、星はつかずカジュアルだけれど、行く価値のある「ビブグルマン」も掲載されています。そこに開店当初から掲載され続けている人気店が、六本木のイタリアンレストラン「ラ ブリアンツァ」です。

良いシェフは良い経営者でもあるべき

「ラ ブリアンツァ」のオーナーシェフ 奥野義幸さんは、港区を中心に複数店舗を経営し、国内外のレストランのコンサルティング、プロデュースなど多岐に活躍するビジネスパーソンです。同時に料理人としてテレビなどのメディアに出演し、日々レストランのキッチンにも立ち続けています。

奥野シェフの実家は料亭。まさに料理人になるべくしてなったようなルーツを持っています。しかし、もともと料理人になるつもりはなく、料理人のキャリアをスタートしたのは、アメリカの大学を卒業し、帰国後に一度サラリーマンを経験してから。当時10代で修業を始めることが当たり前だった料理人の世界では、遅いスタートです。

okunochef_20200121_01.jpg▲六本木ヒルズある「ラ ブリアンツァ」。ハイクラスな人々にも愛される人気店。

この料理人以前の経験が、奥野さんの現在のビジネススタイルにつながっているのかもしれません。国内外でのコンサルティング、レストランプロデュース、地域の活性化プロジェクトなど、活躍の場はレストランの外へどんどん広がっています。アメリカ留学、イタリアでの料理修業を経験している奥野さんは、外国企業とのビジネスも少なくありません。その様子は、日本の料理人のイメージと一線を画し、時には異端に映ることも。

「日本では、料理人はただ料理だけ作っていればいい。経営や副業で儲けていると本業の料理が疎かになる――というイメージがいまだに強い。でも、レストランのトップに立つシェフが、料理だけ作っていてはクラフトマン、つまり職人と同じです。皿の上以外のことも考えられるシェフを、時代は求め始めています。良いシェフは、良い経営者でもあるべき。実際、海外ではすでに、シェフがビジネスマンでもあるという認識があります」(奥野さん)

『ミシュランガイド』が生まれたフランスでは、ジョエル・ロブションアラン・デュカスといった、世界中に何百もの店舗を展開し、大規模なIPビジネスを展開しているスーパーシェフたちが生まれています。しかし、日本からは、いわゆるスーパーシェフは輩出されていません。

「よく、僕は『2足のわらじ』と言われるんですが、パラレルキャリアではなくて、やっていることは飲食、イタリア料理の範疇です。だから、自分では『料理をする経営者』だと思っています。レストラン経営+αでリスクヘッジをして、ベーシックインカムも作っていく。国内だけでなく、海外でも仕事をする。海外でビジネスをするのは、単にお金を儲けるだけではなく、それ以上のインプットがあるから。つねに刺激を受けるために、海外へ行っているという方が大きいですね。日本でも、ビジネスパーソンらしく生きるシェフが増えてきています。ゆくゆくはスーパーシェフが出てくるのが理想ですね」(奥野さん)

多忙を極めるシェフが使う、最強のビジネスツールとは

okunochef_20200121_02.jpg▲看板メニューの「トリュフのグラタン ピエモンテ風」

多くの案件を抱えていれば、時間や動きが制約されるレストランに立つことは難しくなりそうなもの。ただ、スタッフは「誰よりも一番休まないのは奥野シェフです」と言います。多忙な奥野さんは、どうやって時間をマネジメントしているのでしょうか。

「基本的に僕は毎日ここにいます。トップが一番働く姿を見せるべきだと思っているからです。忙しいことはみんなが知ってくれているので、これは、ある意味セルフブランディング。仕事相手は向こうから来てくれることがほとんどですし、しょっちゅうどこかへ出かけなくても仕事はできます」(奥野さん)

日本の地方都市の仕事と、海外の仕事、そして東京の店の仕事。それらを同時に進行できるのは、動き回るのではなく、あえて「動かない」という、逆転の発想です。動かない代わりに、いつでも「そこにいる」というのは、オファーする方にとっても、連絡が取りやすいなどのメリットがあります。

「たとえばメニューのプロデュースは、今まで鬼のようにメニューを作ってきた経験がありますから、やることがだいたいわかるんです。これは僕がよく言う『適当』という言葉に結びつくんですが、『適当』とは経験に基づいた理論のこと。素人と比べたら、それはとても研ぎ澄まされた状態です。僕は、『適当』という言葉をテキトーには使いません」(奥野さん)

「ラ ブリアンツァ」の料理は、グルメな人々の間でも評判なだけあって、親しみやすいおいしさながらも洗練されています。看板メニューの「トリュフのグラタン ピエモンテ風」は、目の前でトリュフをかけてくれるパフォーマンスつきで、店内のあちこちから歓喜の声が上がっていました。

▲クリーミーなグラタンに、トリュフを山ほど。削りたてのトリュフの香りは格別!

ほかのメニューを見ても、魅力的なものばかり。そこには、イタリアの星つきレストランで修業し、8州にも渡る地域で地方色豊かなイタリア料理を身につけてきた経験が生きています。日本で自分の店を持ってから、すでに15年以上。それらの経験の上に成り立っているのが、奥野さんの「適当」というわけです。

「コンサルティングにしても、国内外で何十件もやっているし、相手が何をしてほしいかはだいたい分かります。コンサルティングに重要なのは、徹底的にエンドユーザーを見ること。それも含めて、実際の数値や圧倒的な情報量が必要になります。その情報を得るために、もはやCIA並みのビジネスツールを僕は持っています」(奥野さん)

「そんなすごいツールが......?」と思ったら、奥野さんが指差すのはスマートフォン。これこそが、時間マネジメントの要だそう。確かに、話を聞いている間にもしょっちゅう通知が来ていました。

レストランのIT活用は言われて久しいものの、有効に活用できている例はわずか。ですが、うまく導入すれば、効率化でき労働時間も短縮できます。やらなくても良いことまでやる飲食業界の現状を打破するのは、ITがカギだと奥野さんは言います。

「もはやこれは、僕にとって電話ではありません。どこでもなんでもできる、最強のツール。メールの返信もできるし、自分から出かけなくても、打ち合わせやスケジュールの共有もできます。SNSを使ってセルフブランディングもできるし、そこから得られる情報もたくさんある。これがなかったら、たぶん今みたいに僕や店は知られていないでしょうね」(奥野さん)

レストラン業界は変革期。新しい時代の旗手になりたい

okunochef_20200121_03.jpg▲飄々としているようで、中身は熱い奥野さん。つねに周りに気を配っている。

コンサルティングやプロデュース含め、各所からオファーが絶えない奥野さんですが、意外にも、自分からレストランを開こうと思ったことはないと言います。そして、基本的に来たオファーを断ることもないそうです。

「求められてやるほうが、うまくいく可能性が断然高いです。僕は『こだわり』を持つのが嫌いなのですが、レストラン作りで唯一こだわっているのは、ゲストとwin-winであること。そのために、つねにアンテナを張り巡らせています。産業構造が変わってきているのに、今まで通り1億3千人にうけるレストラン作ってはダメ。情報を集めて、エンドユーザーを徹底的に見て、コンセプトを作ります。ちなみに『ラ ブリアンツァ』は、"ちょっと高級なファミレス"。日本橋の『フォカッチェリア ラ ブリアンツァ』は"イタリアの居酒屋"です。レストラン作りは、今、変わっていく必要がある。そのためにも、SNSやITの活用は必須。スマホから、時代の潮目は見えています」(奥野さん)

okunochef_20200121_04.jpg▲テーブル、カウンター、個室。それぞれの楽しみを提供してくれる、まさにファミレス。

奥野さんのレストラン作りはロジカル。店を持つ人にありがちな、「自分がやりたいことのために仕事をする」というスタンスからはかけ離れています。職人なら、作りたい料理を作ればいい。でも、奥野さんは、皿の上以外もロジカルに作って、レストランのリピーターを作り、新しい客も生み出しています。それが奥野さんの経営感であり、料理感なのです。

「職人気質のレストランも素敵だし、否定はしません。いつも同じ人たちが出入りする、『ひいき』は粋な文化だと思います。でも、僕の土俵ではない。僕が目指すのは、もっと、マスのえこひいき。お店に来るたくさんのゲストに最高のサービスをして、きちんと対価をいただけるようにコミュニケーションをとって、win-winの関係を作ることを心がけています。エンドユーザーをつねに意識して、えこひいきされるレストランでありたいですね」(奥野さん)

多くのオファーに応え、休まず働き、つねにアンテナを張って情報を集める。受動的なビジネススタイルに見えますが、そのバイタリティーはどこから湧いてくるのでしょうか。

「みんなが頼ってくれるのは、僕が頼れるように見えるからで、そう見えていることは誇り。その期待に、少しでも応えたいからです。自分を作っているのは、自分自身ではなくて周りの人たちです。だから、周りの人を大事にしたい。そのために、メリットがあることはやる。テレビに出るのも、自分が有名になりたいからじゃなくて、スタッフの活躍の場も広がるから。結果、周りの人たちには感謝しかありません。みんなが一緒にやってくれないと、何にも回らない。そこは、すごくロジカルなようで短絡的です」(奥野さん)

okunochef_20200121_05.jpg▲キッチンがよく見えるカウンター。スタッフと奥野さんは、並んで賄いを食べることも。

自分がやりたいことをやるのではない、自分が有名になりたいのではない。では、奥野さんの欲望とは、何なのでしょう。

「僕の欲望は、家族やスタッフをはじめ、周りの人たちに不自由させないこと。家族の望みは全部叶えたい。スタッフのためには、働きやすい環境や十分な収入を確保したい。そのあとで、僕がやりたいことがちょっとできればいいです。あと、レストラン業界は今までのやり方が通用しない、変革の時代がきています。誰もやらないなら、僕がその時代の旗手になりたい。僕は、その変化にワクワクしているんです」(奥野さん)

「新しい時代は絶対に面白くなる」と、奥野さんは目を輝かせていました。現時点では非公開情報ながら、2020年は既存店の運営以外にも、国内外でますます大きく展開するプロジェクトが待機中だとか。奥野さんの活躍に、私たちは今後も注目していきたいと思います。

【取材協力】
ラ ブリアンツァ
住所:東京都港区六本木6丁目12-3 六本木ヒルズレジデンスC棟3階
営業時間:ランチ 11:30~15:00(L.O.14:00)
ディナー 17:30~23:00(L.O.22:00)
定休日:年中無休

※この情報は、2020年1月21日時点のものです。最新情報をご確認の上、お出かけください。

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