きらびやかな光が照らすリングの上で、拳を交える選手たち。その姿にアジア中が今、熱狂している。
シンガポール発の総合格闘技イベント「ONEチャンピオンシップ」(以下ONE)。この3月に日本で初の大会を開いた同団体が、10月13日(日)に開催100回を記念した大会「CENTURY」を両国国技館で開催する。台風19号の影響で直前まで中止も検討されたが、11日に予定通りに大会が開催されると発表された。この大会の模様は同日の夜9時54分からテレビ東京で放送される。
イベントは朝・夕のダブルヘッダーと日本ではなかなか見ない形式で行われる。
「そもそも我々は成り立ちから、通常のスポーツ団体とは異質です」
ONE日本支社の代表を務める秦アンディ英之氏は、笑顔でこう語る。
なぜ、ONEには世界的企業がスポンサーにつくのか
スーパーボウル、UEFAチャンピオンズリーグ、F1...欧米には国境を越えて人気を博すスポーツイベントが数多くある一方、アジアにはそれらに匹敵するようなスポーツイベントがない。
ハーバードビジネススクールでMBAを取得したチャトリ・シットヨートン氏はそこに目をつけ、2011年にONEを立ち上げた。以来、東南アジアの経済成長に合わせるようにイベントも拡大し、現在140か国26億人の視聴者を獲得するまでになった。
ONEを物語る上で重要なのは、彼らがデータ、数値を基に戦略を組み立てている点だろう。
大会前にどのプラットフォームに訴求すべきか、どのメディアを介してリーチすればチケットが売れるか。データアナリストの下で、日々ONEの数値は分析され、実際の運営にフィードバックされる。
例えばSNSメディア上のビデオの再生回数は、2014年は31万回だったものが、2018年には42億回、そして2019年は既に250億回を超えるなど右肩上がり。データ戦略が活きた好例だ。
秦氏自身も前職はマーケティング調査会社「ニールセンスポーツ」の北アジア地域代表だった。
「ニールセン時代、アジアで最もデータを買ってくれていたのがONEでした。スポーツをビジネス化するのに必要なのは数字なんです。数字は嘘をつきませんし、スポーツの可視化、透明化のためには必要なものです」
ONEは視聴者層について、男女比7:3。ミレニアム世代が半分以上を占め、うち71%が大卒だと発表しているが、実はこのデータもニールセンのものだ。
2016年にはシンガポールの政府系ファンド「テマセク・ホールディングス」から1億ドル(100億円)を調達し、2017年には世界最大級のベンチャーキャピタル「セコイアキャピタル」から1億6600万ドル(約177億円)の巨大投資を実現させた。
透明性のあるデータを提供し、企業が注目する世代を抱える「ミレニアム世代にヒットするマーシャルアーツ団体」に対しては、ディズニー、マーベル、LG、ソニー、Facebookなど世界的企業がスポンサードしている。
ヒーローは生まれるのではなく、作り出す
▲ミャンマーの国民的なヒーローとなっているアウンラ・ンサン
ONEが高い支持を得た理由の一つに、世界的なヒーローのいない東南アジアにおいて、ヒーローを生み出したことがある。
「例えば、ミャンマーのアウンラ・ンサン。彼が絶対王者と言われたロシアのヴィタリー・ヴィグダッシュを破り、ONEミドル級の王座を獲得した試合の瞬間最高視聴率は87%でした。ミャンマーがスポーツで初めての世界王者になったとき、彼は『僕には才能がないし、素質もないけど、ミャンマーのみんなが応援してくれたから勝てたんだ』と涙ながらに訴えた。その瞬間、軍隊も反体制勢力も一つになったと言われてます」
フィリピンでも、3年前はPBA(地元のプロバスケットボールリーグ)、ボクシングに次いで3位だったONEだが、今や一番人気のスポーツだという。フィリピンにある格闘技ジム「チームラカイ」はONEの世界王者を次々と輩出。今や視聴率は50%を超えることも多く、実力でも日本の最強のライバルだ。
「NPS(ネット・プロモーター・スコア)という対象に対しどのくらい信頼、愛着があるかを示す数値があります。イングランドのサッカー・プレミアリーグは91、スペインのラ・リーガは81。フィリピンのONEはというと、88と高い数字が出ていて、国民的なスポーツといえます」
9月17日に開催されたプレス発表会に登場したCEOのチャトリ氏の発言で印象的だったのが「ヒーローを作る」という発言だった。ヒーローは自然発生的に生み出されるイメージの強い日本では、なかなか聞き慣れない言葉だ。
ONEには現在1万人近い選手が登録しており、うち40人ほどが日本人。彼らとの契約を結ぶ際にONEが重要視しているのが実力、実績はもとより、人間性だという。
素行調査や直接の面接により、ヒーローになれる素質を持つ選手を選別していく。
そしてヒーロー作りに欠かせないのがソーシャルメディアの存在だ。ONEではSNS投稿の指導やブランディングの他にも、経営陣の考えを聞く機会をたびたび作っているという。
「SNSを通して、普段の選手の姿を見て身近に感じるから、いざ試合会場に来て応援すると虜になる。試合をやるから人が来るのではないんです。またファン全員が試合会場にこれるわけではない中、多くの人と接点を持ち、多面的に訴求できるSNSの存在がヒーロー作りに繋がります」
ONEが大事にしているものに「ヒーロー」、彼らのバックグラウンドの「物語」、そして「価値観」がある。
▲アンジェラ・リー
男女問わずのプラットフォームを目指すONEでは、女子選手にも力を入れている。その象徴と言えるのが、シンガポールの女性ファイターであるアンジェラ・リー。アジアの女性の地位を欧米並みに上げることが人生の目標であると、ジェンダーの平等を訴えながら戦っている。
10月のダブルヘッダー大会の1つのメーンイベントでは、アンジェラと中国のション・ジンナンが戦う女子王座戦が組まれている。
「興行」と「スポーツ」
ONEが強く強調するのが「興行」ではなく「スポーツ」であるという点だ。
秦氏は、興行を否定するわけではないと前置きをしながらも「我々は興行ではなく、スポーツ。ですので、ライバルはプロ野球やJリーグ。日本の格闘技のイメージとは違うため、地道にそれを紐解いているところです」と、格闘技のアンダーグラウンドなイメージからの脱却を模索していると語る。
では興行とスポーツの違いとは何か。
「どんなに日本人同士のメインカードが組みたくとも、そこまで実力で勝ち上がらなければマッチメイクできないのがスポーツ。一方、興行では役者が合えば、キャスティングして試合を行える。我々はシンプルに1対1の真剣勝負の場を用意するだけ。Jリーグなどと一緒なんです」
このため、かつてのK-1でのボブ・サップや曙、PRIDEでの芸能人など客寄せのためのマッチングをすることはないという。
一方で、実力のある選手であれば門戸は開かれている。
"神童"と呼ばれるキックボクサー、那須川天心への関心を聞くと、秦氏は「彼も世界に出たいと言ってますし、可能性があれば。あとはお互いの会話の進展。一緒になって同じ方向、タイミングが合えば。いつでもウェルカムです」と話す。
最大の壁は格闘技への先入観
かつてアメリカンフットボールの選手として活躍した経験をもつ秦氏は、ONEの成功モデルは格闘技以外の日本のマイナースポーツにも役に立つと語る。
「私もマイナースポーツ出身ですが、お金がない、機会がないではなくて、どうやってビジネスロジックを立てていくかが大事。このマインドが普及していかないと、少子化の中、経済的な持続性は厳しい。危機的な状況に直面していく団体は増えていくのではと思う」
「一方で、アマチュアからプロに転換できない団体や、これからアジアに進出していく団体。もっとこれから成長するためにはどうすればいいのかという点で、ONEには学べる要素があると思います」
かつて自分に多くのことを学ばせてくれたスポーツに恩返ししたい。そのためにも、格闘技界の発展に貢献したいという思いが秦氏にはある。
巨大な投資から2年がたち、いよいよマネタイズの時期に入ってきているというONE。では秦氏は10年後の日本のONEについて、どういった理想像を描いているのだろうか。
「まず毎月大会が開催される。それはONEの主催もあれば、パートナーと一緒に行うハイブリッド型も入り混じり、独立採算制でビジネスができていることです。知名度で言えば1位を目指す。認知、興味で野球、サッカーに並ばないといけないと思います」
その最大の障壁となっているのが、格闘技はアンダーグラウンドなものであるという、日本独特の先入観だ。
「そこの部分は本当に根深い。交渉で苦労するのはほぼ毎日です。その都度、一歩ずつ誤解を解いている。時間はかかりますが、一つ一つやらないと変わらない。近道はないですね」
(取材:徳重辰典)