330万部超の大ベストセラー小説「神様のカルテ」著者・夏川草介が、現役医師でありながら書き続ける理由

公開: 更新: テレ東プラス

福士蒼汰主演のドラマスペシャル「神様のカルテ」(テレビ東京系・毎週月曜夜8時~4週連続放送中)の原作、シリーズ累計330万部を超える大ベストセラー小説「神様のカルテ」著者・夏川草介氏のインタビュー。ライフワークだと語る本作に込めた思い、主人公の内科医・栗原一止も敬愛する夏目漱石から受けた影響などをうかがった前編に続き、後編では、現役医師として多忙でありながらも書き続ける理由などについて語っていただきました。

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医師でありながら書き続ける意味

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――夏川さんは、現役の医師で多くの患者のために多忙な日々を送りながら、執筆されています。もし、医師と作家を両立させたいと考えている人へのアドバイスがあるとしたら、どんなことでしょうか?

「まったくお勧めしないです(笑)。厳しい言い方をすると、本来的に両立できる仕事ではない気がしています。私は自分が"作家"だと思ったことはほとんどなく、"医者"だと思っています。

医者が発言するということだけである程度、社会的責任が生じますので、何かを語るためには、まず医者として十分な経験と、それだけの仕事を積み上げなければいけない。両立するためには、まず医者として頑張る。医者として10年20年修業していくことによって発信することもできるんじゃないか、という考え方ですね。

ただ、いろんな人生の歩み方がありますし、最近の若い人は医者だけが人生じゃないという考えで、自分のQOL(Quality Of Life)=生活の質を維持しながら好きなことをやっていきたい、趣味の時間もたっぷり取りたいという人も増えてきています。ですから、私の考え方が絶対に良いと確信しているわけではありません」

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――医師と作家の両立はお勧めしないとのことですが、では、なぜ夏川さんは書き続けているのでしょうか?

「そう思いますよね(笑)。なぜ書き続けるかというと、書くことが自分の支えになるから。行き詰まっている時に作品を書くと、自分が何に迷っているかに気付くことができます。頭の中を整理して、次の患者さんに活かせる。私にとって執筆は、医者という仕事を支えるリハビリみたいなものです。

二足の草鞋と言われますが、私自身は二足履いたつもりはなく、ずっと医者なのです。こうして取材を受けてお話をしていても、患者さんが急変したという連絡が入れば、今すぐ席を立って病院に行きます。それはとても失礼なことだと分かっていますが、自分の中で何を優先させるか、その順番は変わりません」

――医師であるために書いている、ということでしょうか。

「私は、"医者"という車を動かすために時々、"作家業"という燃料を入れているようなものなんです。作品を書く時は、大きな壁にぶつかった時。ゆとりがあったり、落ち着いている時は、ものを書こうとは思いません。医療がうまくいかない、患者さんが何を考えているか、どうしてもつかみとれない。そういう壁にぶつかった時にものを書き、自分が何に悩んでいるかを考えて解決する。作家業は医者の仕事に活かすためのリハビリだと思ってやっています」

――『神様のカルテ』も、夏川さんが壁にぶつかった時に生まれた作品なのですね。

「そうです。"これでいいのか?"と思っていた時に、妻の『うまくいかないなら、全然違うことをしてみたら?』とのアドバイスがきっかけで書き始めました。例えば、私がサイクリングのような趣味を持っていたら、本は書かなかったかもしれません」

医者の不養生は、やはり事実だった!?

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――このコロナ禍で、医療従事者の皆さんが大変なご苦労をされていることが私たちにも伝わっています。今、医師として感じていることをお聞かせください。

「状況はどんどん変わっていくので、私も1ヵ月後には全然違うことを言っているかもしれませんが。コロナは、あらゆる人間の余裕を奪います。医学的には肺炎ですが、心も侵される。その弊害がいろんなところに出ています。攻撃的になって他者を叩く、自分の権利ばかりを主張するなど他者を気遣う余裕がなくなっている。これが最大の問題ではないかと思います。

コロナというものは、私たちが見たことがないほどに人間性を破壊していくような気がしています。このタイミングでテレビドラマになった『神様のカルテ』が人を支える景色を発信できるとしたら、この病的な状態に対して少しはプラスの面が持てるかもしれない。そんな希望を持っています」

――お話を伺っていると、医師はどれだけの激務なのかと言葉を失います。そんな中での体調管理の秘けつはありますか?

「僕が教えてほしいです(笑)。去年、大腸の憩室炎で腸に穴が開きかけて入院しました。一昨年は、手足口病になって、そのあと頭部のヘルペスになって、腸から血が出る虚血性腸炎にもなって。憩室炎の時は、自分でいろいろ考えて、まずは酒の飲み過ぎによる膵炎、次に尿管結石を疑い薬を飲みましたが良くならず、CTを撮ったら、消化器内科医である私の専門分野の疾患だったという。医者というものは、自分の体をまったく診られないということを実感しました(笑)。

ですので、自分の健康が心配になったら、周りのドクターに診てもらうようにしています。皆様も酒の飲み過ぎにはお気をつけください(笑)」

――大変お忙しい中でのリフレッシュ法を教えてください。

「基本的には、読むことと書くことです。入院患者さんもたくさんいますので、基本的には病院から1時間以上離れられないという生活。完全な休日は年間で7日間、残りの日はすべて土日も含めて仕事です。当直もあり、夜間の救急・急患がある場合は帰宅していても病院に来ます。大きく日常から外れて何かをする余裕がないので、私にとって読書は大事なリフレッシュ空間でしたが、書く行為も意外なほど気分転換になると、ここ10年ぐらいで実感しています。ただ、書いている時はそれなりにカリカリしていることもあるんですけど(笑)」

――どんなジャンルの本を読むのですか?

「大体3つぐらいの分野のものを並行して読みます。一つは、日本の古典的な純文学。今は泉鏡花の作品を読んでいます。もう一つはSF作品。そして、ものを考える時間が長いものですから哲学の分野ですね。去年は、プラトンの作品を最初からほぼ全部読みました」

――最後に、ドラマスペシャル「神様のカルテ」視聴者へのメッセージをお願いします。

「今、殺伐とした世の中になっていますが、それでは物事はうまくいかなくなると思います。お互いに思い合って、支える。時には、ある程度自分を犠牲にして誰かのために動く気持ちがあれば、きっと世の中はまともな方向へ戻ってくる。そういう思いで、私はいつも仕事をしています。この作品を通じて、誰かを支え合う人間像が伝わればうれしいです」

現場の医師として苦悩しつつ戦う一方、夏目漱石をこよなく愛し、指針としているという夏川さん。ご自身では「一止は自分ではない」と語っていらっしゃいましたが、患者の命のために誠実であり続け、身を削って働く夏川さんと、一止の姿が重なりました。

(取材・文/伊沢晶子)

今夜3月1日(月)夜8時放送の第3夜は?

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第三夜
栗原一止(福士蒼汰)に人生最大のピンチが!?
本庄病院に新たな内科医として小幡奈美(水野美紀)が赴任する。大狸先生(北大路欣也)の教え子で知識も豊富、腕も優秀な医師だが、なぜか特定の患者だけ診ようとしない。その理由に愕然とする一止だったが、その真意を知り自分の医師としての姿に疑問を抱く。一方、救急搬送され入院することになった榊原信一(竹財輝之助)は、東西直美(大島優子)と意味深な視線を交わし...

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