ニッポンのモミジ農場で学んだアメリカ人兄弟が、帰国後ビジネスで大成功していた!:世界!ニッポン行きたい人応援団

公開: 更新: テレ東プラス

ニッポンに行きたくてたまらない外国人を世界で大捜索! ニッポン愛がスゴすぎる外国人をご招待する「世界!ニッポン行きたい人応援団」(毎週月曜日夜8時~)。毎回ニッポンを愛する外国人たちの熱い想いを紹介し、感動を巻き起こしています。

今回は「ニッポンの秋を愛する外国人大集合SP」をお届けします。

全米を代表するモミジ農場になり、ビジネスで大成功!

まずご紹介するのは、アメリカ・ノースカロライナ州に住む兄弟・マットさんとティムさん。

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4年前に出会ったマットさんとティムさんが愛してやまないのが「ニッポンのモミジ」。2人は自分たちの農場で「ジャパニーズメイプル」と呼ばれる日本原産のモミジやカエデを育てています。
ニッポンのモミジが海外に広まったのは明治時代。開国で盆栽や日本庭園が輸出されて知られるようになり、欠かせない彩りのひとつになりました。「ニッポンのモミジは色や形のバリエーションがすごいです」と話すのは、兄・マットさん。弟のティムさんも「紅葉の鮮やかなグラデーションが一番の魅力だと思います」と話します。

紅葉するのは、主にモミジやカエデなどの落葉広葉樹。

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寒さに弱く、北米やヨーロッパでは氷河期にその多くが絶滅してしまいました。ニッポンでは、暖流と傾斜が激しい地形などの影響で生き延びたといわれています。ニッポンの紅葉が世界一美しいと言われる所以は、落葉広葉樹の種類が多いため。2人がモミジ栽培を始めたきっかけは、おばあちゃんが大切にしていた1本のモミジの木でした。

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祖母・ドリーさんが友人から苗木を譲り受け、愛情を込めて自宅の庭で50年間育てており、2人も幼い頃から、毎年鮮やかに紅く染まる美しい紅葉を楽しみにしていたそう。16年前にドリーさんが病に倒れ、他界した後も家族で大切に育てていましたが、9年前、大事なモミジの木に車が激突。予期せぬ事故で倒れてしまいました。"モミジの美しさを多くの人に知ってもらいたい"という祖母の思いを継ぐため、兄・マットさんは一念発起。当時勤めていた銀行を辞め、まだ学生だった弟のティムさんを誘い、モミジ農場を始めたのです。

繊細なニッポンのモミジを育てるには苦労も多く、インターネットや専門書で勉強していますが、今も試行錯誤を繰り返しているそう。そんなモミジ愛あふれる2人をニッポンにご招待!

年間150万人以上の観光客が訪れる紅葉の名所・大阪府箕面市や、「秋はもみじの永観堂」と、3,000本のモミジで知られる京都の禅林寺でニッポンの紅葉を堪能し、続いて2人が向かったのは、千年以上前から貴族が好んで別荘を建てたといわれる、モミジで名高い小倉山の中腹に佇む常寂光寺。

マットさんは「ニッポンのモミジはいろんな色に色づくんですね」とモミジの色合いに驚いていました。ニッポンは欧米に比べて落葉広葉樹の種類が多く、カエデだけでも26種類ほどあります。葉が赤や黄色に色づくのは、冬の乾燥や寒さから身を守るため。落ちた葉は腐葉土となり、肥沃で豊かな大地を生み続けてくれます。常寂光寺では住職のご厚意により、モミジの美しさを堪能できる中庭を特別に見せていただきました。

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あまりの美しさにティムさんは、「信じられません」と一言だけつぶやきます。春は芽吹きで命の輝きを、夏には人々に木陰を作り、秋は一斉に色づき、そして冬には儚くもその葉を落とす...。「そういう移ろいが(日本人に)グッとくる...」とご住職。

続いて2人は福島県へ。常寂光寺のモミジを育てる「仲田種苗園」仲田茂司さんを訪ねます。

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こちらの「鷹ノ巣公園農場」では、10種類のモミジが100メートルに渡って続いています。

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仲田さんは苗木や種を育てる種苗園の2代目。モミジなどを育成し、年間2万本を販売しています。「自然になるべく近い状況で生産しています。日本でも非常に特別なやり方です。これから川を見ていただきたい。川もモミジには大事」と話す仲田さんは2人を渓谷に案内し、「川の近くはどんな生え方をしていますか? まっすぐですか?」と尋ねます。

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ティムさんは、モミジが川に向かって斜めに生えていることに気がつきました。「これが自然のモミジの形です。川に向かって枝が伸びている」と仲田さん。「今までこのような形で自生しているモミジを見たことがありませんでした」と感激するマットさん。モミジは渓谷や滝など湿度が高い所に自生する樹木。このような場所は西日が遮られ、川が運んだ栄養分が豊富にあり、モミジが育つのに最適な条件が揃っているのです。

農園に戻ると「仲田種苗園」の社員・秋山徹さんが苗木の移植を教えてくれました。成長するにつれ、養分や日光を十分に確保しなければならないため、苗木をより広い場所に移す必要があるそう。なんと1日100本も植え替えているのだとか。

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「私たちは小さな鉢で育てていますが、この経験を将来役立てたいと思います」と熱く語るティムさん。「将来、自分たちの農園で大きなモミジを育てたい」と学ぶ2人の姿勢は真剣そのものでした。

あれから4年...。マットさん、ティムさん兄弟のビデオレターを、仲田さんに届けます。

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ニッポンでの経験がビジネスに活かされ、苗木の通販が人気となり、生産量が増えたそう。注文に対応するため、今は75,000本もの苗木を育てているのだそう。これを聞いた仲田さんは「7万5,000本! うちより多いわ」とビックリ。4年前は約3,000本だったので、農園の規模は25倍に急成長していました。農場は苗木を育てるビニールハウスでいっぱいになってしまったので、さらに土地を購入し、ハウスを4つ増設する計画も進行中なのだそう。成功のきっかけは何だったのでしょうか。

「『応援団』に出演したことが成功のきっかけなんです」とマットさん。「帰国後、地元のニュースの取材を受けたら、全米を代表するモミジ農場として認められちゃったんです」とティムさん。4年前、「ニッポンのテレビ番組の取材でタダでニッポンへ行き、大好きなモミジを堪能したラッキーな兄弟」として紹介されると、新聞や雑誌の取材が殺到。全米で人気の園芸番組からも出演オファーが!

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この番組に出演したことで、「全米を代表するモミジ農場」として認められ、70以上の講演会の依頼があったといいます。仲田さんも2人の成功を聞いて嬉しそう。

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「講演会ではニッポンの旅のことを話します。仲田さんが案内してくれた自生したモミジの写真は必ず見せています。川に向かって斜めに伸びたモミジを見せると、みなさん驚きます」とマットさん。4年で注文数は10倍になり、兄弟だけでやっていた農場は従業員を8人雇うまでに成長していました。しかし、どんなに忙しくなっても、苗木の手入れは自分たちの手で行っています。「仲田さんに"紅葉の枝に日光があたる剪定"を教わりました。それを実践すると、ニッポンのモミジらしい色や形に育つようになりました」とティムさん。仲田さんは「僕は日本の仲間にも社員にも教えていますけど、こんなにすぐ効果を上げているというのはないですよ」と笑みがこぼれます。

「去年農園近くの空き家を購入し、念願の事務所もできました。ここでハワイからアラスカまで全米に紅葉を配送しています。仲田さん、事務所にベッドを用意してあります。いつでも遊びに来てくださいね!」とマットさん。

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これを聞いた仲田さん、「8人も従業員がいて新しい素敵なオフィスもね。本当に行きたい...番組で連れて行って欲しい...」とつい本音が漏れます(笑)。

ニッポンに行ったことで知名度が上がり、ビジネスで大成功。プライベートでもティムさんは結婚し、マットさんには2人の娘さんが産まれていました。さらに、現在マットさんの妻・エイミーさんは第3子を妊娠中とのこと。

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「仲田さんのようなモミジの森を作り、ニッポンのモミジを学べるセンターにしたいと考えています」とマットさん。ティムさんも「ニッポンで学んだことをアメリカの人に教えられたら最高です」と今後の夢を語ります。

実は仲田さんにも、この4年で変化が...。番組出演を機に地方局の取材を受けたほか、情報誌に農場が掲載されたとのこと。

マットさん、ティムさん兄弟をニッポンにご招待したら、全米を代表するモミジ農場になって
ビジネスで大成功していました!

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