アプリで VRで治す”デジタル薬”...保険適用「国内第1号」が誕生!

公開: 更新: テレ東プラス

ワールドビジネスサテライト」 (毎週月曜~金曜 夜11時)のシリーズ特集「イノベンチャーズ列伝」では、社会にイノベーションを生み出そうとするベンチャー企業に焦点をあてる。「テレ東プラス」では、気になる第26回の放送をピックアップ。

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精神疾患や発達障害などを専門とする医療機関、国立精神・神経医療研究センター(東京・小平市)。ここで、うつ病患者に対して、日本初となる治療の研究が行われている。協力する患者は福島県出身の佐藤さん(仮名、61歳)。「3・11のことが思い出されて、津波の怖さより1人で逃げなければならないという怖さがずっとあった。膝を抱えてひきこもる日が続いた」。東日本大震災のショックが原因で、うつ病を患っていた。

佐藤さんに向き合う臨床心理士の伊藤正哉さんが、おもむろにVRゴーグルを手渡した。「これを着けながら浸ってもらえれば」。2人でVRゴーグル越しに見るのは、人のまばらなビーチの映像。和歌山県の南紀白浜の風景が眼前に広がる。

innoven_20201113_01.jpg※ 和歌山・南紀白浜のVR映像。これを患者に見せて何が起きるのか...

「観光客が来るんですよ」。患者の佐藤さんの表情が緩む。臨床心理士の伊藤さんが「ちょっと人がいて、一人ぼっちじゃないのがいいですね」と答えると、佐藤さんがアハハと笑い返す。何気ないやり取りだが、実はこれこそがVRの狙いだ。360度の映像を体験できるVRで、風景や趣味の映像を見せて「行った気にさせる」ことで、前向きな感情を呼び起こす。佐藤さんはこの日が3回目の治療。「殻にこもっていた自分が、外に出なくても出たような気分になる。『そこに行ってみたい』と思うようになった」。

研究に約1年協力している臨床心理士の伊藤さんも、手ごたえを感じている。「(うつ病患者は)外に出たら気分が変わるかもしれないと頭で分かっていても、心が動かない状態。VRで普段できないリアルな体験をすることで、実際の行動が変わってくる。何人もの患者でそれが起きている」。

開発するのは、ベンチャー企業のジョリーグッド(東京・中央区)。これまで手術中の執刀医や看護師など、それぞれの担当の目線になることができる医療研修用VRなどを開発してきた。この技術を生かし、精神疾患を持つ患者に「疑似体験」をさせることで、思考や認知に変化が生まれると考えている。来年にも治験を始める計画だという。上路健介CEOは「通院しなくてもゴーグルをかけるだけで、家の中で治療ができてしまう。在宅医療にも貢献できる」と力を込める。

innoven_20201113_02.jpg※ VRを開発したジョリーグッド。来年にも治験を始める計画

このように、デジタル機器などを使って病気の治療を目指すものは「デジタル薬」と呼ばれるが、さらに先を行く事例もある。11月11日、「保険適用のデジタル薬」国内第1号が誕生した。キュア・アップ(東京・中央)が開発したニコチン依存症治療アプリ「キュア・アップSC」と関連機器が、厚生労働省の中央社会保険医療協議会(中医協)で、公的医療保険の適用対象として認められたのだ。

innoven_20201113_03.jpg※ 保険適用「第1号」となった、ニコチン依存症治療アプリと関連機器

このアプリと機器が有効なのは、「通院と通院の間」にも継続的に患者に関与し、タバコを吸わないよう様々な働きかけをすることだ。筒状の機器はCO(一酸化炭素)の濃度測定器。タバコを多く吸う人は高い数値が出る傾向にある。試しに取材中のカメラマンが測ってみると、出てきた数値は19.8。吸わない人の2倍以上もあった。この数字はアプリに自動で送られ、グラフ化される。これを毎日繰り返し、グラフで推移を確認することで、禁煙への意欲を高められるという。

innoven_20201113_04.jpg※ タバコを1日10本以上吸うカメラマンのCO濃度。吸わない人の2倍以上...

アプリは患者の「吸いたい気持ち」にも働きかける。タバコに手を出してしまう直前に、「タバコを吸いたい!」ボタンを押すと、チャット画面に切り替わり、女性のイラストとともに「お辛いですよね...」と優しく寄り添う言葉が。これは人が打ち込んだメッセージではなく、「バーチャル看護師」の言葉。独自のアルゴリズムをもとに自動で作成されたものだ。続けざまに「吸いたいという衝動は5分もすれば収まります。代わりに他のことをやることで...」と具体的なアドバイスが続く。

innoven_20201113_05.jpg※ 「吸いたい気持ち」に寄り添いつつ、アドバイス。全て自動メッセージだ

実際に効果が認められている。治験では通常の禁煙外来の治療と比べて、禁煙の継続率が13.4%向上したという。治験に協力した医師は「依存症は医療スタッフが見守り続けることができない。アプリで常に介入してもらうことは重要」(みやざきRCクリニックの宮崎雅樹院長)と、有効性を認める。

保険適用が決まったことで、12月1日から実際に医師が処方できるようになる。「処方せんを受けて購入する国内初のアプリ」だ。価格は2万5400円で、そのうち1割から3割が自己負担となる。

創業者の佐竹晃太社長は現役医師で、2014年に起業した。きっかけはその前年、留学先のアメリカで糖尿病の治療用アプリに出会ったこと。「医薬品などに比べ安いコストで開発できる。一方で治療効果はそん色ない」と、可能性を強く感じた佐竹氏は、医師との2足のわらじで仲間と開発に着手。5年以上かけてようやく保険適用にこぎ着けた。さらに高血圧など他の様々な疾患についても、アプリの開発は進んでいる。「5年後、10年後には、いろいろな特色を持った治療用アプリが普及してくる。日本から世界に向けて、医療用アプリ産業でのリーディングプレーヤーになりたい」(佐竹社長)。

innoven_20201113_06.jpg※ キュア・アップ創業者の佐竹晃太社長。「治療用アプリで世界をリードする」

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