2020年、突如世界を襲ったコロナ禍。日本国内だけでなく世界中が不安に包まれる中、『ワールドビジネスサテライト』(WBS)では各界で活躍する著名人たちが贈るリレーメッセージコーナー「コロナに思う」を4月3日からスタートさせた。コーナーは人気を呼び、『コロナに思う 34人のリレーメッセージ』(日経ビジネス人文庫)として書籍化される。
WBSのメインキャスターとして連日新型コロナウイルスに関するニュースを伝えた大江麻理子キャスターは、この未曾有の事態に何を感じたのか。またコロナによって生じた働き方の変化について話を聞いた。
コロナで大きく変化したキャスターの働き方
ーー新型コロナウイルスの影響でリモートワークが増えるなど働き方が変化していますが、WBSでもコロナで働き方に変化はありましたか。
WBSでも在宅勤務の人を作り、A班、B班に分かれて、それぞれの人たちが接触しないようにしています。番組を持続できるよう、BCP(事業継続計画)を考えていきました。
キャスターたちも、とにかく感染しないように気をつけました。私の場合は、人となるべく接触しないよう、会社に行くとすぐに控室へ行き、コミュニケーションをとるときは内線電話を使う。オンエア前の準備も、これまでは広いフロアにみんなで集まって作業をしていたのですが、いまは大きな空気清浄機とアクリル板がある会議室の中に一人でいます。マイクが手元に置かれていて、用事がある時はそれを使って「○○さん、大江のところまでお願いします」とまるで病院の診察のときのように呼び出して来てもらうようにしています。WBSではかなり早い段階で感染防止対策を打ち出してくれましたので、安心して働くことができたのはありがたかったですね。
私はチームで働くのが大好きで、これまでずっと大勢のなかでコミュニケーションをとって仕事をしてきましたので、みんなと一緒にいられなくなるのは寂しく、最初はとてもストレスがたまりました。
ただ数ヶ月この生活を続けるなかで、慣れてくるととてもいい部分もありました。私は取材に出ることも多かったので、さまざまな会議に全部顔を出そうとしてもこれまでは難しかったのですが、いまはリモートでほとんどの会議に参加できるようになりました。
ーーコロナによってキャスターの働き方も変わったんですね。
キャスターは、体調がちょっと悪くても出演するような風潮があったかもしれません。テレビをつけると同じ時間に同じ人が出ていくることで、視聴者の方に安心していただける面もあるからです。
でも今回、体調が良くない人は絶対に無理をせず早めに休むことが必要になりましたし、リスクを分散させるためには、チームを班分けしたり、役割を分担したりしたほうが良いとわかりました。持続可能な番組制作をテレビ局も模索するなかで、キャスターの働き方にも目が向けられるようになったと思います。
コロナの感染が拡大した4月以降、須黒清華さんと交互の出演になり、火曜日と木曜日は基本的に在宅勤務をしています。日中はオンラインでの打ち合わせをしたり、取材に出たりしていますが、夜は家で夫と一緒にご飯を食べられるので、それは新鮮ですね。
強く心に残る沖縄の救急医の言葉
ーーWBSでは連日コロナ関連のニュースに加え、『コロナに思う』がコーナーとして4月から始まりました。
感染症の世界的蔓延は現代人が経験したことのないタイプの危機ですので、WBSでは珍しいのですが、メッセージコーナーを作ろうとなりました。幅広いジャンルで活躍している方に、いま何を考えているのか聞けば、重要なことが見えてくるのではと考え、スタッフみんなでどんな方に依頼するか意見を出し合いました。
強く心に残っているのは、感染拡大局面だった4月に出演してくださった、沖縄の救急医、中山由紀子さんの言葉です。
人は、いろんな顔を持ち、いろんなコミュニティに属しています。中山さんの場合は、お医者さんとしてのコミュニティ、母親としての保育園でのコミュニティ、妊婦さんでもありましたので、産婦人科に通う妊婦さんたちとのコミュニティ、そして沖縄に住んでいるので、その地域のコミュニティの人でもある。もしも自分が気づかないうちに感染していたら、どれだけの人に感染を広げてしまうリスクがあるのか、強く訴えてくださいました。
中山さんは感染拡大期間中にお祖父様を亡くされたのですが、関東でとり行われたお葬式には行かない決断をされました。すごく悲しい決断だったと思いますが、もしも自分が感染していたら、自分が移動することで感染を広げてしまったら、と我慢したのです。都道府県をまたいでの移動が感染を広げると懸念された局面でしたので、タイムリーで重要なメッセージを発信してくださったと思います。
同僚の医療従事者の皆さんが大変な戦いをしているなかで産休に入ることに、中山さんは忸怩たる思いもおありだったそうなんですね。でも、メディアで発信するという形で仲間の皆さんのサポートをした意味は大きいと思います。実際、メッセージには大変大きな反響がありました。中山さんの言葉を聞いて移動をやめようと思った方も少なくなかったのではないでしょうか。
『コロナに思う』を書籍化するにあたって中山さんと連絡を取ったのですが、いまは、無事に赤ちゃんを産んで、二人の子育てで大忙しの毎日を送っていらっしゃるそうです。
コロナの中で光明を見つけられる取材を続けたい
ーー7月2日には都内の感染者数が100人を超えましたし、コロナとは長い付き合いになりそうです。コロナと社会の向き合い方についてどう考えていますか。
完全にコロナ以前の生活や営業スタイルに戻ろうとしても、なかなか難しいことがわかってきていると思います。「密」な状態を作ると集団感染が発生するリスクがあり、皆さん対応に追われています。「新たなあり方」をいま大企業も中小企業も、製造業も非製造業も、必死に模索なさっている状況でしばらく続くと思います。それは、どれだけ体力が続くかという戦いでもあります。
いままで批判の対象になることが多かった「内部留保」を企業は今後もっと重要視すると思いますし、利益率、生産性をどれだけ上げるか、これまで以上に考える局面になっている。
「ピンチをチャンスに」という言葉が最近よく使われますが、「チャンス」にまで変えるのはとても難しい状況だと思います。ですので、「チャンス」という言葉を使うことには躊躇します。多くの方が新たな日常を作ろうと真剣に戦っているいま、どんな言葉を使ってお伝えしていくのか。私たちも真剣に考えていかなければなりません。
ーーコロナのような先の見えない不安に対し、大江さんはどういう心構えで臨んでいますか。
『コロナに思う』にも登場していただいた宇宙飛行士の野口聡一さんに、以前取材したとき聞いた言葉を大切にしています。
「いざ宇宙へ行くためロケットに乗り込んだときや、ISS(国際宇宙ステーション)の外に出て宇宙空間で活動をした際、『怖い』と思うことはなかったのですか」と質問したら、野口さんは「怖いとはまったく思わなかったんです」と答えられて。
私だったら絶対に「ぎゃー怖い!」とか「地球きれい」とか思ってしまいそうな局面ですが、野口さんは目の前にある作業をひとつひとつクリアすることだけを考えていたそうです。「怖い」などの目先の感情にとらわれると、そのぶん時間が失われます。それが大きなミスや危険に繋がるかもしれない。だから、感情はわきに置いておいて、目の前のことに集中する。極限状態である宇宙で生きていくためには、それが重要らしいんですね。
その話をうかがって以来、私も大変なときは「怖い」「つらい」とは思わず、いま何をすべきか、具体的に考えよう、と自分に言い聞かせるようにしています。
ーー最後にWBSのファンの方にメッセージをお願いします。
街を歩いていると、閉店のお知らせをする張り紙を目にすることが増えてきましたし、番組で取材をすると、廃業を考えている企業も増えてきているようです。いま、日本経済は正念場を迎えていると感じています。そのなかでも、工夫を凝らして頑張っていらっしゃる方々の姿を1秒でも多く伝えたいですし、WBSを通じて、一人でも多くの方がヒントを得たり、光明を見つけられたりするよう、スタッフ一同、力を合わせて取材を続けていきますので、これからもよろしくお願いします。
夜の23時というのは、だいたい皆さんが寝る直前の時間帯ですよね。お布団に入る前に見たものは、きっと次の日に影響すると私は考えているんです。翌日、前向きな気持ちになれる番組作りをしていきたいと思っています。
(取材・カメラ=徳重辰典)
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