『鬼滅の刃』はなぜヒットした? アニメ監督・伊藤智彦さんと振り返る2019年のアニメ業界

公開: 更新: テレ東プラス

産業市場は2兆円を超え、文化としても、ビジネスとしても日本に欠かせなくなったアニメ。2019年には一体どのような動きがあったのか。昨年9月に映画『HELLO WORLD』(2019年秋公開)が公開された伊藤智彦監督と共に2019年のアニメ業界を振り返る。

『鬼滅の刃』大ヒットの理由は?

20200101_anime_01.jpg▲2019年に公開された伊藤監督の映画『HELLO WORLD』

ーー早速2019年のアニメ業界を振り返りたいのですが、まずは何と言っても『鬼滅の刃』が大ヒットしました。

こんなにテレビシリーズが大ブレイクするとは、ほとんどの方が思っていなかったんではないでしょうか。ヒットした理由には『進撃の巨人』と一緒かもしれません。原作漫画の絵が独特で、絵柄に苦手意識を持つような作品の場合、アニメ化して見た方がマイルドで受け入れられすいんじゃないかと思います。

もともとストーリーは面白いから、アニメで入ったファンが「じゃあ原作も読んでみようか」と原作を購入する。逆に絵がうますぎる作品はアニメ化しても旨味があまりない。あるアニメ会社の社長からも「絵がうますぎるやつはアニメやらないほうがいいよ」と言われました。

ーーちなみにご覧になりましたか。

評判が良いアニメを見るとくじけるので、実はまだ見てません(苦笑)

ーー2019年はアニメ映画の公開が非常に多い年でした。

自分もその渦中で監督作の映画『HELLO WORLD』が公開されたので、被害を被りました(笑)。

ただ、けしてアニメ映画が儲かってるから増えるわけではないと思います。誰かがSNSで発言してましたが、オリジナルアニメは増えたけども、結果として『天気の子』と『プロメア』くらいしか結果を出さなかった。原作がある作品だと『名探偵コナン』『ドラえもん』は相変わらず堅調でした。

ーー2019年は海外アニメ映画も豊作の年だったそうですね。

『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』(フランス、デンマーク共作)、『ブレッドウィナー』(アイルランド)、『幸福路のチー』(台湾)。『羅小黒戦記』(中国)もとても出来がよかったです。

『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』はストーリーとしてはかつてのジブリっぽい話をしているんです。オープンに誰も楽しめる、ジブリ初期の冒険譚。40代までの宮崎高畑作品の世界観と言えます。

絵はいわゆるジブリ絵じゃない。けれどなんだかジブリっぽい。日本ではジブリ直系の人が、かろうじて米林宏昌さんか20年公開の映画『鹿の王』の安藤雅司さんがいるくらいという現状で、実は海外の方がジブリの志を継いでる人がいるんじゃないかって思いました。あのジブリ絵でなくても、ジブリ作品は成立するんじゃないかという回答が、海外から来てるっていうのが面白いです。

20200101_anime_02.jpg▲『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』

ーー年末にはガイナックスの社長が準強制わいせつ容疑で逮捕されました。現在「新世紀エヴァンゲリオン」をプロデュースしている制作会社「カラー」が逮捕された社長とエヴァが無関係であると即コメントを発表したのも印象的でした。

ガイナックスは権利を全て売り払ってますし、何も残ってない。その会社に迷惑をかけられて「カラー」も気の毒ですね。発表もメディアに向けてのものですよね。

似たようなケースで夜逃げしたあるアニメ会社の社長が、別の会社のプロデューサーと同姓同名ということが以前ありました。たまたま同い年で外見も似ていたので、そのプロデューサーを「似てますね」とからかいましたが、その数時間後には会社が件の人とは別人というコメントを発表していました。

ーーガイナックス社長は声優になれるからとわいせつな行為に及んだと報道されています。現在の声優の人気を象徴する話ですが、伊藤監督は「声優になりたい」という若い人から頼まれたことはありますか?

ないですね。普通は音響監督に行くんじゃないですか。僕は誰が来ても「じゃあ、オーディションで」という人間なんで組みやすくない人間だと思われてるんじゃないでしょうか。あと「伊藤は声優以外の俳優ばっかり使う」と思われてそうです(苦笑)。

アニメ映画の宣伝はこのままでいいのか

ーー同じ12月にはアニメ『アズールレーン』のアニメーターがネット配信の中で「どれだけ手を抜いて成立するか『実験』した」などと発言したことがファンの怒りを買い、炎上しました。

この問題はいくつかのレイヤーが重なってるので、それを解きほぐさないといけないですね。

問題のアニメーターさん自身は「手抜き」と言ってるけど、あのレベルの原画を100人が100人手抜きして描けるわけじゃない。「手抜き」と発言して、下手な原画が上がってきたら許せないですけど、そこそこ上手いカットだったわけです。ただ「手抜き」と言ったらやはりだめだし、あとは謝罪文がどうだったのかなと。そもそもなんでそうした発言をネットで配信するんだという話なんですけれど。

ーー承認欲求がどうしてもわいてしまうんでしょうか。

承認欲求と言ってしまっていいのか。アニメのクレジットにはきちん載ってるわけですし。正確に自分の考えを伝えたいっていうことなのかもしれないですし、発信できやすい環境もあるからというのはありますが、正直に言い過ぎですね。飲み屋の話を配信しちゃっている。一方で会社員ではなくフリーの人間のそうした配信を抑制をしていいのだろうかとも思います。

ーー7月には京都アニメーション放火事件があり、世界中のアニメファンに大きな衝撃を与えました。

この事件は、当事者ではないので語りにくいです。何を言っても残念ですとしか言いようがない。ただこの事件があってからアニメ会社のセキュリティ意識が少し高まったのは事実です。「カードで扉を開く際に後ろから人が来ないかちゃんと確認してから入るように」という通達がありました。

ーーテレビアニメでは『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』の放送時間帯が移動し、日本の地上波のゴールデンタイムからアニメが消えた年でもありました。

そもそも論として、みんなテレビを見てるのかなというのはありますね。少なくともリアルタイムで見る人は減っている。昨年監督を務めた映画『HELLO WORLD』が公開されましたが、映画の宣伝ではテレビの波に載せるのが主流でした。若い子はあれだけテレビを見ないといわれているのに、未だに宣伝方法が変わらないというのは歪さも感じます。

ーー確かに若いユーザーに見せるためにはテレビだけでなく、YouTubeであったり、SNSであったりと他のPRが必要でしょうね。

もっと適切なやり方があったんじゃないかとは今でも思い出ますけど、配給の東宝にはそうしたノウハウがないんだなと思いました。東宝宣伝部にはオリジナルのアニメ映画を売る宣伝のメソッドが意外となくなっているのかもしれないです。

そもそも東宝の中でもみんながみんなアニメを作りたがっているわけじゃない。実写が伸びなくなっている中、アニメをやらざるを得ない人もいると思うんですね。そこはアニメ専属会社との大きな差だと思います。

アニメ専属の会社でいうとアニプレックスが今後本格的に劇場配給活動を進めていくと思います。19年の東京国際映画祭のスポンサーをしていたんですけど、それは東宝、東映、松竹に次ぐ配給会社の座を狙っているんだと思います。現在は実写映画にも取り組んでますし、宣伝プロデューサーの求人募集も行っています。

ーー最後に2020年の抱負をお願いします。

今年はオリンピックがありますが、僕にとっては完全に邪魔ですね(笑)。新国立競技場の近くに収録スタジオがあるんですけど、オリンピックの期間はそこが立ち入り禁止になるかもしれないんです。

昨年は映画でしたが、2020年はテレビシリーズをするため、今は絶賛作業中です。発表は先になると思いますが、楽しみに待っていてください。気軽に楽しめるエンタメ作ができると思います。

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