森本智子アナウンサーが語る読書と仕事 『スミスの本棚』時代は毎週7〜8冊読破

公開: 更新: テレ東プラス

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森本智子アナウンサーには、ずっと大切に思っている仕事がある。「スミスの本棚」。2010年から2014年まで続いた「ワールドビジネスサテライト」(以下WBS)の1コーナーは、第一線で活躍する経営者、文化人、俳優、作家が珠玉の一冊を紹介する企画で、森本さんはインタビュアーとして100人以上を取材した。

今も「本を開く時間が最高の贅沢」と語る読書家の森本さんに、人生に影響を与えた本や「スミスの本棚」の思い出、仕事に対する考えを聞いた。

共感した中村天風の考え

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人生に影響を与えた本はとの質問に、森本さんがまず紹介してくれたのは「スミスの本棚」でも取り扱った中村天風著『成功の実現』だった。

著者の中村天風は日露戦争でスパイとして中国に派遣され、帰国後に肺結核を発病。その後世界中を旅し、ヨガをインドから日本に最初持ち込んだ人物とされる。

天風は帰国後に実業家として活躍するも、ある日地位や名誉を一切捨て導師となる。松下幸之助、稲盛和夫などその考えに影響を受けた人物は政財界に数多く、最近では大谷翔平がその著書を渡米前に熟読したと話題となった。

「本を紹介してくださったのは市川海老蔵さん。1冊1万円以上もするのですが、それだけの価値がある。でも400ページ以上もあって、最初にこの本と言われた時には『げっ、これを読まなきゃいけないんだ』となりました(笑)。『成功の実現』は中村天風さんの講演会の言葉をまとめているんですが、事業やビジネスだけじゃなく、どう生きればいいのかということも書いています。話し言葉で書いてありますし、すごく読みやすい」

本の中で海老蔵さん、森本さんともに共感した部分がある。人間とは魂であり、心と身体はそこに付随するもの。ある意味で道具だという考え方だ。

「海老蔵さんは小さい時から死にたいくらいの厳しい稽古を重ねてきたので、その感覚がすごくわかるとおっしゃっていました。身体はめちゃくちゃ酷使している。心もすり減っている。ただ自分とは違う場所に魂はあって、その様子を俯瞰している。その中で、自らを鍛えて、身体を道具として使えるものにしていく。心は折れないように磨き上げていった。そうしなければ生きていけなかったわけですよね」

「私にもすごく忙しい時期があって、身体を壊したこともありました。心もいろんなつらいことがありすぎるので、第三者的な魂の自分が、心を健やかに保つためにコントロールしてあげないと破滅してしまう。このままだと自分をすり減らして終わるなと感じていたときに、そうやって考えればいいんだとこの本に教えてもらった」

身体はヨガや運動を含めケアをしていき、心の部分では喜怒哀楽に左右されないよう訓練をした。

「喜びは素直に受け取って良いと思うんですが、怒りや不安、悩みは魂の自分が見てあげる。冷静になって『そこは怒るところじゃないよ』と常に考えてあげる。本にもあるんですが、目の前に起きた事象は好き嫌いなど感情部分は一切排除して、積極的にやるべきことか、そうじゃないかだけで判断する。そういう風に考えたら怒りもしないし、悩むこともない。ちょっと冷徹で冷静すぎるかもしれないですけど」

徹夜で毎週7〜8冊を読んでいた「スミスの本棚」

人生を変えた本として2冊目に紹介してくれたのは山口路子著『ココ・シャネルという生き方』だ。

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ファッションブランド「シャネル」の創業者ココ・シャネルの生き方や言葉に迫った本で、彼女の残した言葉に森本さんは大きな影響を与えたという。

「ココ・シャネルは女性を苦しいファッションの時代から解放し、自由に着やすいものを世に広げてきた。すごくかっこいい生き方で波乱万丈なんですけど、そうした女性としての仕事の向き合い方に衝撃を受けました。この人は結婚もしないでずっと死ぬまで仕事をしていた方なのですが、私も仕事が大好きなので、おばあちゃんになっても仕事を続けていたいと思っています」

「スミスの本棚」がスタートしたのは2010年。WBSのディレクターから「こういうコーナーをやってみない?」と話を振られ、一から企画に携わった。

WBSのオンエアの中で「スミスの本棚」は森本さんだけに与えられた時間、世界だった。もともと物事に対しては燃え尽きるまで取り組むタイプ。絶対手を抜きたくないと思った。森本さんはその頃について笑顔混じりに「ちょっとおかしかった」と振り返る。

コーナーは幻冬社の見城徹社長を皮切りに、放送作家の小山薫堂氏、山田洋次監督、音楽プロデューサーの小林武史氏、大企業の社長...とインタビューをする相手は各界の第一人者ばかり。生半可な準備で行っても本音は聞けない。準備だけは死ぬほどやって、当日に臨むようにしていた。

インタビュー前には、取材相手が推薦してくれる本やその本の関連書籍、読んだ方がいいと思った本は全部読んだ。1つのインタビューでだいたい7〜8冊。それが毎週やってくる。

「他の仕事もやりながらだったので、前日、前々日くらいからほぼ徹夜でインタビューに臨んでました。その時は"ゾーン"に入っていたので全然苦しくはなかったです。ただ周りには心配されてました。WBSが終わってアナウンス室で本を読むふけるので、翌朝モーサテのメンバーと鉢合わせて『まだいるんだ!』というのはしょっちゅうでした」

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徹底した下準備は「スミスの本棚」に限らず、アナウンサーという仕事にとって何より大切なものだという。

「『成果として表に出るのは10分の1、100分の1でいい。表で良いものを出したいのであれば、いかに裏で努力するかだ』と先輩から教わりました。それに私自身、準備をきちんとしていないと落ち着かない性格なんです。寝ないで取材の準備をしすぎて、胃潰瘍で緊急搬送されたこともあります。今じゃ考えられないですけど、そういう働き方のアナウンス部の先輩は何人かいましたし、完璧にしたいという思いが強かったので、自分に対してセーブをかけることはありませんでした」

一つのインタビューが終われば、自分で原稿に書き出し、また次のインタビューに向けて大量の本を読み始める。

「人間追い詰められると不思議な能力を発揮するもので、気付いたら速読ができるようになってました。必死でこのページの重点ポイントは何かと考えながら、全意識を集中して読むと、必要な部分が頭の中にピュッと入ってくるんです」

「スミスの本棚」では、インタビューという仕事自体の面白み、奥深さを感じた。

「準備をきちんとして誠意を持って向き合えば、どんなに地位のある人でも心を開いてくれる。しかも自分が好きな本の話ができる。あんなに心が通じ合えるインタビューって、後にも先にも『スミスの本棚』しかなかったと思うくらい。インタビューを通して知り合った方々との交流は後に続いているものも多く、大きな財産になっています」

100人を超える人々へのインタビュー。失敗はなかったのかと質問すると、こう返ってきた。

「『スミスの本棚』に関しては失敗はなかったと思っています。後悔もないです。準備ができなくて現場に行ったことはなかった。本当に燃焼し切りました。今、もう一度やれと言われてもできないと思います。それくらい自信はありました。が、おそらく同じことを後輩にやれとは言えません(笑)」

人生を変えた読書体験、そしてこれから


最後に森本さんが挙げたのがパウロ・コエーリョ著『アルケミスト - 夢を旅した少年』。羊飼いの少年が旅先での人々との出会いを通し、人生の知恵を学んでいく物語だ。森本さんは大学時代にこの本に出会い、生涯の一冊と問われた際には、必ずこの本の名前を出してきた。

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この本を通して学んだのは好機、幸運というものの捉え方だった。

「自分が今よりも良いものになろうと考えたとき、前兆やチャンスは誰にでも訪れている。ただ、そこに気づいて、掴むことがとても大切。神様は幸運の種をずっと蒔いていてくれている。そのチャンスに気が付いて全ての事態を好転させることができるかどうか。根本は、やっぱり自分にあるんです」

小説の中で、主人公は錬金術師を例えにこう語りかける。

鉛は、世界がそれ以上鉛を必要としなくなるまで、鉛としての役割を果たすでしょう。しかし、そのあとは、鉛は金に変わらなくてはなりません(中略)。私たちが今の自分よりもより良いものになろうと努力すれば、自分の周りのすべてのものも良くなるということを、彼らは教えているのです

ーパウロ・コエーリョ著『アルケミスト - 夢を旅した少年』よりー

「主人公の少年も幸せを求めて旅をするんですけど、自分が幸せになる次のステップに行くためには、努力して周りの環境を変えていき、気づいたら高い次元に来ている。そのことに最後にやっと気づくんです」

学生時代の森本さんは主人公の少年と一緒に旅することで、この考えにたどり着いた。本を読む前と読後で自分自身が変わる、大きな読書体験だったという。

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今も旅に出る時には必ず『アルケミスト』を持ち、旅先で読む。そして再確認する。この少年、そして自分が探していた宝物は、今いる場所や心の中にあるのだということを。

「仕事に忙殺されたり、この世の中を当たり前のように生き続けてしまうと、誰かに何かを求めてしまったり、うまくいかないのは誰かのせいなんじゃないかとちょっと考えちゃうじゃないですか。その考えを戒めてくれます。結局、自分の周りを変えないと大きなものは変わらない。一歩踏み出さないといけないんだということを思い出させてくれます」

そして今『アルケミスト』に書かれた言葉のように、仕事への向き合い方に変化が生まれている。

「私もいい年齢なので、仕事は続けていきたいんですけど、自分を救うよりは人のために還元するにはどうしたらいいか。周りのために何ができるかという人生の段階に入ってきたように思います」

「例えばですが、今後の構想として『食品ロス』の問題なども取材したいと思っています。食品ロスは地球規模での持続可能性を考えると、これから皆が取り組まなければならないとても重要な問題です。ただ調べていくと、欧米の取り組みが進んでいる一方、日本はまだまだ始まったばかりで法の縛りもきつい。そこをメディアという立場でも多少なりとも前進させるお手伝いが出来るかもしれない。世の中に動きを起こす一助になるかもしれない」

社会のために今できることは何かと考えた時、番組で企画を立て、取材し、現状を伝え続ける。その小さな一歩が重なり、やがて大きな変化に繋がるのではと考えている。

もう一つ、ずっとやりたいと思っていることがある。本を書くことだ。

「最初の構想からもう2年くらいたってます。まだどんなものかは言えないんですけど、パソコンの中にはあります。本にはこれだけお世話になっているので、私と同じように誰かに何かを感じてもらえるものが書けるといいなと思っているんですけど、いかんせん書くってすごく大変で。いつになるかわからないけど、表現はしたいです」

(取材・カメラ=徳重辰典)

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