都会のオアシス喫茶ルノアール~人気の秘密:読むカンブリア宮殿

公開: 更新: テレ東プラス

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昼寝もOKの都会のオアシス、喫茶室ルノアール。創業は62年前。ルノアールと言えばおじさんが集まる喫茶店というイメージだが、最近は様子が違う。女性客が目につき、ファミリーで来ている客も。今やルノアールはサラリーマンのたまり場ではなくなった。

現在のカフェ業界はセルフ式のチェーン店が大きく躍進。市場規模も伸ばし続けている。しかしフルサービスを行う喫茶店、特に個人経営の店は減少の一途だ。そんな中にあって喫茶チェーン・銀座ルノアールは9年連続で過去最高売上を達成している。

東京・中央区、喫茶室ルノアール歌舞伎座前店に入ると、まず新聞が並んでおり、「ゆっくりしていって」と言われているよう。店内は意外と空いている席が多い。実はこれも人気の理由の一つ。常にどこか席が空いていて、断られることは少ないと言う。

客が頼んでいるのは、最も安いコーヒーで650円。カフェチェーンに比べてかなり割高だが、客は「場所を買っている」のだと言う。

個人のスペースが広いのもルノアールの人気の秘密。1坪1.5席というゆったりした配置で、コーヒーだけでなくくつろぎの空間を売っているのだ。

そして最大の人気の秘密が堂々と長居できること。おしゃべりする気満々の女性客のグループ。1時間にタイマーをセットしてテストに没頭する若者たちは、受験の過去問を本番と同じ時間で解いているのだという。女性スタッフのひとりは「8時間ぐらい働いていますが、私が出勤する前から閉店までいらっしゃるお客様もたくさんいるので、ずっといていただいて大丈夫です」と言う。

店員は絶えず店内をキョロキョロ。飲み終わっているお客さんを見つけると、お茶をサービスしている。これも「『もうちょっとゆっくりしていってください』という意味でお出ししています」とのこと。

くつろぎの空間を提供するルノアールだが、もちろん飲み物にもこだわっている。

例えばコーヒー。6年前から大手コーヒーメーカーの「キーコーヒー」と提携、ルノアールだけのオリジナルブレンドを開発した。我が道を行く名物メニューもある。おかきと一緒に出てきたのは「昆布茶」(750円。価格は店舗によって異なる)。つうは途中で塩をひと振りし、旨味を引き立たせると言う。

喫茶室ルノアールを展開する銀座ルノアール社長・小宮山誠(45)は頻繁に店舗を巡回している。その目的は、従業員を褒めること。「褒めに来る。頑張っているスタッフを探しに来る。少しでもモチベーションを高めてもらい、それがいい接客に繋がれば」と言う。

長居OKで回転率は悪いはずなのに利益を出せる理由を、小宮山は「しっかりロイヤル・カスタマーがついている。ルノアールじゃなきゃダメという方がいらっしゃる」と、説明する。ロイヤル・カスタマー、すなわち決して浮気をしない熱烈ファンをガッチリ掴んでいるのだ。

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熱烈ファンを生む独自戦略&客を集める出店戦略

東京のオフィス街の一つ、港区・田町の田町三田口駅前店はビジネスマンでいっぱい。客は口々に「週5、6回は来る」「今日もすでに3時間はいます」と、ほとんど貸しオフィス状態だ。

電源は昔から使いたい放題。一人で何口も使う強者もいる。男性客が壁際に置かれた機械で名刺をスキャンしている。交わした名刺を機械に投入するだけで自動的にデータがスマホに入るのだ。これも無料だ。

ここまでやって、オフィス代わりに使いたい熱烈ファンを呼び込んでいるのだ。

朝一番にもファンを生み出す仕掛けがある。横浜西口北幸店。午前7時半、オープンしたばかりの店に客が続々と入ってくる。お目当てはモーニングだ。モーニングセットは60~200円の4種類。飲み物代プラスこの料金で味わえるから格安だ。

常連の二人連れのテーブルは、サービスセットの食べ物でいっぱいになっている。「以前1つだけ頼んでいたら、ウェイトレスさんが『2つ以上頼むこともできますよ』と教えてくれた」のだそうだ。これも熱烈ファン、獲得戦術の一つ。

階段を上の階に並んでいた部屋は貸し会議室になっている。ルノアールの多くの店舗には貸し会議室が併設されている。料金は安めの設定。8人いれば1時間1人150円ほどで借りられる(2時間から利用可。飲み物代が別途必要)。こうしてグループの熱烈ファンまで掴んでいる。

ルノアールが打ち出しているのが駅前で集中的に仕掛けている出店戦略だ。店舗開発を担当する開発部・布施宏之は「新宿は全部で20店舗。改札だけで9カ所、出口は私鉄も含めて60カ所以上ありますから」と言う。コンビニなどでも見られるドミナント戦略だ。

一方では、小さな看板とともに、駅から離れた目立たない路地にも出店している。

「磁石となるところの近くがいい。磁石というのは、例えば伊勢丹さんとかビックロさんです。駅から伊勢丹やビックロに行く人は、その間に店舗があれば通ることになりますから」(布施)

人が集まる駅前を抑え、さらにピンポイントで客を取り込む。この計算され尽くした出店戦略も売り上げに大きく貢献している。

「ルノアールらしさ、ルノアールの価値とは何かというと、60年間、快適な空間の提供とおもてなしをやり続けていることではないでしょうか」(小宮山)

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ピンチが生んだ「もてなし空間」

ルノアールの一日は掃除から始まる。便器も雑巾を使って手でしっかり磨きあげる。トイレ掃除は1時間に1回。常に清潔を保つ。この掃除へのこだわりは会社の柱にもなっており、店舗スタッフを集めた会議では、そのやり方を小宮山自ら伝えている。

掃除へのこだわりは創業以来のものだ。

銀座ルノアールの創業者は小宮山の祖父、正九郎。元々は東京・中野で煎餅屋を営んでいたが、1957年、将来性を考え喫茶店も作った。

「コーヒーそのものが贅沢な飲み物で、心の豊かさを満たすものだったのではないか。そういう意味では時代の先駆けだったと思います」(小宮山)

そしてオリンピックに東京が沸きかえった1964年、正九郎は本格的に喫茶業に乗り出し、日本橋にルノアール1号店をオープン。外国人客を当て込んだ一流ホテルが次々とできる中で、正九郎はホテルのロビーラウンジに負けない高級喫茶を目指した。

しかし、創業間もない頃の舞台裏では「絨毯にお金をかけ過ぎて、テーブルや椅子の数が足りない」という失敗も。まばらに置いてごまかすことにしたが、その場しのぎの苦肉の策が意外な好結果を生んだ。

「結果的にテーブル間の距離が広がったことで、お客様に受けた。そこから今の喫茶室ルノアールの、個人スペースを楽しんでいただくことが始まりました」(小宮山)

そのゆったりした空間を舞台に、正九郎は徹底的に清潔で、行き届いた接客の店作りを行う。当時、正九郎が幹部に向けて掲げた心得には「1に掃除、2に掃除、3に掃除で、4に接客用語。これが喫茶店経営の基本だ」とあった。

初代社長の時代からルノアールを支える大番頭の猪狩安往副社長は「トイレに入ろうと思ってドアを開けたら、創業者が便器を雑巾で拭いていたんです。そこまでやるんだと背中で示された」と振り返る。

従業員にはとにかく店を清潔にさせ、「いらっしゃいませ」「かしこまりました」など、六つの用語を叩き込んだ。当時、ルノアールでアルバイトしていた女性は「応対についてはすごく訓練されました。待っている時の立ち方まで、だらだらと立っていたら店長に怒られましたから」と話している。

正九郎が作ったくつろぎの喫茶店は世に支持され、都内を中心に100店舗を達成。ルノアールは喫茶業界を代表する一大チェーンに成長した。

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苦難で気づいた「喫茶店の価値」

だが、やがて世はデフレ時代に突入し、状況は一変する。ドトールに代表されるセルフ式の安いカフェや、スターバックスなどの海外のカフェチェーンが一気に台頭。コーヒー1杯600円の店には閑古鳥が鳴き、ルノアールは3年連続で赤字に転落。存続の危機を迎えた。

そんな頃、現社長の小宮山は銀座ルノアールに入社する。すると、危機を脱出するため、小宮山の父で2代目社長の文男は、時代に合わせたセルフ式の店を提案。息子にその店舗の実質的なプロデュースを任せた。

「どんどんお客様のニーズが多様化してきて、時代のニーズに沿っていかなくてはいけない、と」(小宮山)

セルフ式の店は6店舗のルノアールがあった高田馬場に作ることになった。赤字続きだった不採算店を改装。これまでとは違う流行りのカフェスタイルの店舗に変え「ニューヨーカーズカフェ」と名付けた。

商品価格はルノアールの半分以下。いざ開店してみると、女性や若い学生などルノアール時代には来なかった客も押し寄せ、売り上げはそれまでの3倍に跳ね上がった。

ところが、その勢いは長くは続かない。似たようなカフェが乱立し「ニューヨーカーズカフェ」はどこにでもある店となり、多店舗化を断念。小宮山は何処を目指して進めばいいのか分からなくなる。

そんな時、ある人物から父と共に呼び出しを受けた。相手は、元々喫茶店をともに開いてきた仕事仲間、談話室「滝沢」と言う店の経営者の一人だった。コーヒー1杯1000円と言う高級店だったが、時代の波には逆らえず、泣く泣く廃業(2005年)を決めていた。

その経営者が口にした言葉は「うちは店を閉じることになったけど、もてなしの心を持った喫茶店を絶やしちゃいけない。ルノアールは守ってくれよ」だった。

「滝沢さんの話でハッとさせられました。ルノアールの価値、喫茶店の価値。それで原点に戻ることになったんです」(小宮山)

その後、小宮山は2015年、40歳の若さで3代目社長に就任。「もてなしの空間」に磨きをかけるべく社員の接客研修に力を入れ、店舗を回ってきた。

さらに社員のやる気を引き出すための社内イベントも開催する。この日、開かれたのは新作メニューのコンテスト。3年前から始め、今年も各エリアのチームが知恵を絞った新メニューをプレゼンテーションした。今回、優勝したのは「紫いもとエスプレッソのクリーミーラテ」優勝チームにはトロフィーと共に賞金も贈呈。こんな取り組みで前向きに働く社員を育てている。

「チームワークを醸成するきっかになり、会社の力になればいいと思っています」(小宮山)

店で学べる~地域密着型コーヒー店

都心を中心に展開しているルノアールが、郊外にも新業態の店舗を作った。それが「ミヤマ珈琲」だ。

練馬春日町店の店内には、新聞だけでなく雑誌まで置いてあり、自由に読める。ルノアールよりもカジュアルな印象だ。客は地域の人たち。「都心で働き、定年を迎えた会社員に、地元で通える店を」という狙いもあって作ったと言う。

ファミリー向けの食事メニューにも力を入れていて、パスタやスイーツも充実。「ナポリ&ハンバーグプレート」は950円。カスタードとホイップ、二つのクリームが味わえるフワフワの「ふわとろシフォン」は660円だ。

この店の大きな特徴が店内の一角に見られた。そこで始まっていたのはフラワーアレンジメントの教室だった。

実はこの店はコミュニティ・サークルの活動の場となっている。子育てママのためのマネー講座や、ペン字教室、英語教室など、やってみたい人が掲示板を借りて参加者を募集。店に払うのは飲み物代だけ。地域の人の交流に一役買っている。

~編集後記~
喫茶室ルノアールは、大切で繊細な何かを象徴している。つまり、自分の居場所が確保されているが、周囲には適度な距離を保つ他者がいて、孤立はしていないということだ。大都市でそんなところを探すのはむずかしい。仲間と喋って楽しく騒ぐか、周囲を遮断して一人を選ぶか、どちらかしかない気がする。
砂漠のオアシスは水が確保できる貴重なスポットだ。ルノアールは今でも「都会のオアシス」と呼ばれている。単なる比喩ではなく、正確な表現である。シアトル系、サードウェーブといったカフェの時代性を超越している。

<出演者略歴>
小宮山誠(こみやま・まこと)1974年、東京都生まれ。1997年、國學院大學経済学部卒業。1998年、銀座ルノアール入社。2012年、取締役就任。2014年、常務取締役就任。2015年、代表取締役社長就任。

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