白血病を乗り越え、全国の銘酒を発掘し続ける。革命君が伝える、日本酒の魅力

公開: 更新: テレ東プラス

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小さな酒蔵応援団」を名乗り、全国各地の日本酒を発掘してきた地酒専門店がある。今年10月に5周年を迎えた、東京都・小岩の「革命君」。切り盛りしているのは店主の齋藤哲雄さんだ。

齋藤さんは大学卒業後、地元スーパーに就職。酒売り場に配属されて日本酒について勉強するようになるや、その奥深さにはまっていった。その後、地酒専門店などを経て独立開業する過程において、全国の酒蔵との親交を深めた結果、今や業界にとってなくてはならないキーパーソンとなっている。

しかし、30代で急性骨髄性白血病による闘病を余儀なくされるなど、その半生は並々ならぬものであった。それゆえ、苦難を経ての「革命君」オープンは、日本酒好きにとってはまさに待望のニュースとなったのだ。

「全国の小さな酒蔵を応援したい」。その一心で前を向き続けてきた齋藤さんに、今回、日本酒に携わる者として大切にしている哲学や、日本酒の魅力について聞いてみた。

勇敢な武士のように、一歩も引くこともなく前を向いて人生を歩み続けたい

──日本酒酒屋「革命君」は「小さな酒蔵応援団」を標榜されています。みなさんとの絆を紡いでいく過程において、大変だったこと、励みになったことを教えてください。

「やはり一番辛かったのは闘病生活です。2010年に急性骨髄性白血病が発覚して、5度にわたる抗がん剤治療を受けたものの、完治せず再発しました。その後、骨髄移植を終えてようやく希望の光が見え始めるまでの間は、一緒に治療をがんばっていた仲間の死や、治療による耐えがたい痛みを経験するなど、人生について考えさせられることだらけでしたね」(齋藤さん)

──治療中に応援してくださった酒蔵さんも大勢いらっしゃったそうですね。

「たくさんの酒蔵さんが、『復帰したら絶対に僕の酒屋でお酒を取り扱わせてください』という僕の言葉を信じて、ずっと待っていてくれました。入院先まで駆け付けてくれた酒蔵さんもいましたし、『この人たちのために自分にはまだまだやらなければいけないことがある』と思うと力が漲ってきました」(齋藤さん)

sake_20191105_01.jpg▲20代の頃からお酒にまつわる様々な現場を体験してきたという齋藤さん。写真は英君酒造(静岡県)

「『他力本願で弱い自分を自己革命しないと移植には勝てない』と悟ったことが、『革命君』という店名のルーツ。闘病によって変わってしまった自分の運命を、『自ら変えてやる!』と腹をくくったんです。店には、『革命君』の文字を綴った赤い暖簾を下げていますが、これは戦国時代の勇猛果敢な赤備え──武具を赤色でそろえた、武勇の誉れの高い部隊に倣ったから。勇猛果敢な赤備えの武者たちは、殿様の前で卑怯な真似などできなかったし、一歩も引くことができなかった。『闘病の身であっても、一歩も引くわけにはいかない!』という決意を表現したかったんです」(齋藤さん)

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──現在のお体の具合は大丈夫でしょうか?

「病気の後遺症で左目は完全に視力を失ってしまいました。右目の状態も決してよくはありませんが、応援してくれている酒蔵さんのためにも、おいしい日本酒との一期一会を楽しみにしている人のためにも、初心を忘れず精進し続けたいと思っています」(齋藤さん)

sake_20191105_03.jpg▲骨髄移植成功後に、お見舞いに来ていた若駒酒造の柏瀬さん、飯沼銘醸(栃木県)の飯沼さん、新潟第一酒造の武田さんと

sake_20191105_04.jpg▲右は移植前。入院中の齋藤さんを運転免許更新に連れ出してくれた、大森の居酒屋「和の酒T's Bar」の佐々木さん。左は新潟第一酒造の武田さん。色紙はゆでたまご先生の直筆

「スペックを売りたいのか? 日本酒を売りたいのか?」

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ここで場所を「革命君」のお酒も卸している和食居酒屋「魚たも(うおたも)」に移して、引き続き話を聞くことに。

──「魚たも」さんでは「革命君」のお酒を取り扱っているそうですが、きっかけは何だったのでしょうか?

「きっかけは『魚たも』さんから、『花陽浴(はなあび)』(南陽醸造/埼玉県)を仕入れられる酒屋を探していると、お問合せいただいたことでした。店長の清永さんとお話したところ、銘柄やスペックにとらわれることなく、こちらの勧める日本酒にも興味を持ってくれたことに好感を抱きました。しかも、お酒を美味しくいただけるメニューも充実していたので、多くのお客さんに日本酒を楽しんでいただけると確信して、お付き合いさせていただくことを決めたんです」(齋藤さん)

sake_20191105_06.jpg▲今の季節は鍋もおいしい「魚たも」。写真はクエ鍋と「十ロ万」(花泉酒造/福島県)

──「銘柄やスペックにとらわれない」というのは齋藤さんにとっても大切なことだったのですか?

「これは僕が常々大切にしていることですが、実は、僕の人生に大きな影響を与えてくれた村祐酒造(新潟県)の社長さんからいただいた金言なんです。『村祐』との出逢いは、僕が業務用の酒類卸問屋で働いていたころ。ある地酒屋さんで購入したところ、その衝撃的な味覚に感化され、世の中には僕の知らない名酒がまだあるのだと悟らされたんです。それから数年後に蔵に見学に行ったところ、『齋藤君はスペックを売りたいのか?日本酒を売りたいのか?』と突っ込まれてはっとさせられました」(齋藤さん)

sake_20191105_07.jpg▲秋あがり(村祐酒造)を飲みながら......

「日本酒が好きな人は専門用語に走りがちで、カプエチ(カプロン酸エチル)がどうだとか、日本酒度だとか、スペックについて語りたがります。でも、味わいやおいしさって、決して数字で測れるものじゃない。だから、僕はお客さんにお酒の説明をするとき、相手がイメージしやすいよう、香りや味を身近なものにたとえてお話させていただいています」(齋藤さん)

──清永さんは齋藤さんのお酒の説明に、どんな印象抱かれていますか?

「実は齋藤さんに問い合わせした時点では、『花陽浴』を飲んだことがなかったんです。齋藤さんのインスタの投稿を見たときに、このお酒の魅力を語彙力豊富に伝えているのを見て、『飲んでみたい!』と思いました。齋藤さんの言葉には押しつけがましさがなく、あくまで一個人の意見として発信されていました。今でも通院されていて大変なこともあると思うんですけど、いつでも自分より他人のことを考えて、みんなに喜んでもらえるお酒を紹介し続けているところが、齋藤さんの魅力ですね」(清永さん)

sake_20191105_08.jpg▲店長の清永さんとは趣味の話でも盛り上がるという

──齋藤さんにとっては、小岩で美味しいお酒の魅力を伝えていける、いい出会いになりましたね。

「本当にそうなんです。僕のモットーは"日本酒のすそ野を広げること"で、お酒を入荷する時はいつも、『この1本をどこのお店にお出しすれば、より多くの人が幸せになれるのか?』を考えています。美味しい魚、旬の食材を使ったメニューが豊富にそろう『魚たも』さんなら、絶対みんなに楽しんでもらえるので。特に『花陽浴』の入荷時には、必ず『魚たも』さんの分は、楽しみにされているお客さまのためにも確保しています。他にも『革命君』イチオシのお酒をお届けさせてもらっていますよ」(齋藤さん)

この日は、齋藤さんがチョイスしてくれた数種類の日本酒とともに、興味深い話で堪能させていただいた。しかも、「魚たも」の旬を活かした料理は、日本酒の魅力を高めてくれるものばかり。「革命君」イチオシのお酒を味わいたいなら、まず足を運んでほしいお店だ。

日本酒は好きだけど、好みを語れるほど詳しくないし、注文するのは名の知れた酒ばかり......。という人はぜひ一度、同店に足を運んでみてほしい。好みの一本が見つかれば、日本酒への印象がきっとがらりと変わるはずだ。

【取材協力】
「革命君」
住所:江戸川区西小岩3ー35ー7
定休日:日曜日(※日曜日以外は不定休)

※この情報は、2019年11月時点のものです。最新情報をご確認の上、お出かけください

「魚たも」
主な日本酒銘柄:花陽浴、射美、流輝、ロ万、村祐 ほか

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