他人がつけた点数とか星の数とか、どーでもよくなる。それが「孤独のグルメ」かもしれない 久住昌之インタビュー後編

公開: 更新: テレ東プラス

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深夜の人気グルメドキュメンタリードラマの第8弾、ドラマ24「孤独のグルメ Season 8」(毎週金曜深夜0時12分放送/テレビ大阪のみ翌週月曜深夜0時12分放送)。

主人公・井之頭五郎を演じる松重豊の真摯な姿勢はもとより、実在する"味な店"を自らの足で探すスタッフのこだわり、そして、何より本作の原作者・久住昌之の"食"に対するブレない思い──。

「孤独のグルメ」の世界観を支える久住昌之インタビュー前編では深夜の長寿シリーズの人気ぶりを聞いたが、後編では1994年の原作連載スタート時より標榜する"グルメ観"、"久住流の店選び"、そして、原作で作画を担当された故・谷口ジロー氏が伝えた"孤独イズム"とは何か? ぞんぶんに語っていただこう!

「マズかった」ではなく「ヒドかった~!」は面白い

──インタビュー前編では「僕自身はお店というものにこだわりがなくて。近所のおいしい店、食べやすい店でいいんですよ。昔から新しい店を開拓しようとか、いわゆるグルメみたいなことにあまり興味がない」とおっしゃっていましたが、久住さんご自身はどうやって店を選ぶのでしょうか?

「基本"勘"です(笑)。漫画「孤独のグルメ」では締め切りが近づいてきて、パッと思いついたら行く。"そう言えば○○町って行ったことがないな""あの駅で降りたことがないなあ"と思うと、地図を見て、すぐ出掛ける。周りのことなんて調べない。そして、ひたすら歩く。そうするとお腹が減ってくるから、五郎のように本気になってきて、入るべき店を必死で探す。で、店構えや看板を、穴のあくほど見て、入るお店を決める。入ったら、メニューを1文字逃さず読んで、何を食べるべきかを一生懸命考えるんですよ。

昔っからそうで。その方がドキドキするし、店に入って料理を頼んでからも"本当にココでよかったのかな...?"なんて、困ったり迷ったりするのがおもしろい。勘と想像力と観察力を総動員して、真剣勝負する。それでうまそうだと思って店に入ってマズくても、それはそれ。そこにドラマがあるんだから。極端に言えば、考えに考えて、まずいもの頼んでしまった方が笑える。でもそうもいかない(笑)。大事なのは、物語はオイシイかマズイかではない、ということ。そうやって店を探すと、(1994年の連載スタートから)20何年か経った今でも驚くことがありますから。一人の想像力なんて、現実に比べたら小さいと思わされます」

──最近では、どんなことに驚かれましたか?

「この間、高円寺の中華料理屋さんで、すっごく迷った挙句、焼きそばを頼んだんですけど、すかさず『ソースですか? しょうゆですか?』って聞かれて。どこにも書いてないから、 "えっ!? えーっと......"って面食らっちゃって。そういう時のドギマギがおもしろいんだよね。で、結果、心の中で"ビールも付けたからソース味でよかったかなあ"とか。しょうゆ味が気になりつつも、自分を納得させようとしたりして(笑)」

──同じく前編では「"この店で一体、何を食べればいいんだろう?""あれは何なんだろう?"と、メニューを眺めるところから勝負が始まる。そこがおもしろい」と。

「例えハズレの店に入って"なんだ失敗じゃーん!"と思ったとしても、そこから勝ちに持っていくっていうのが"勝負"の醍醐味で。"ツマんないなあ"と思ったその中から、何かしらおもしろいと思えることを探して持って帰る。変なメニューでもいい、店員さんや常連客のことでもいい。ただ『あの店、マズかった』だと、『あぁ、そーなんだ』となるだけだけど、『聞いてよ、ヒドかった~!』と話せれば、みんな面白くなる。自分で選んだ店だからには、ただ負けにはしない(笑)。

だから、ネットのクチコミサイトとかで検索して行くと、そこが答え合わせになっちゃうからおもしろくないんだよね。悩んだり困ったり、逆にツマんな過ぎておもしろかったとか(笑)。作る方の人間は、何だっていいから実感しないとダメ。要は"自分で選ぶ"ってことが大事なんだ」

──自分で選んで、その中で五郎さんのように自分の好みの店や味を知る。

「情報に頼らず自分で店を選んでっていうのを重ねていくと、おいしい店がわかるようになるのではなく、自分がどういう店や味が好きかがわかる。つまり、店ではなく、自分の好み、自分のことがわかってくる。そうすると、他人がつけた点数とか、星の数とか、どーでもよくなる。そのほうが、楽になっていくと思いませんか? それが『孤独のグルメ』かもしれない」

久住流"なーんか面白い"店の見つけ方

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──勘を頼りに歩くなか、ピンとくる店はどんな店ですか?

「地方に行くと、古くから地元で愛されている店に行きたくなるんです。30年なら30年間、そこで愛された理由が何かあるわけで。いくら外観が古くても怪しくても、きっと何かあるんだろうなって思うから。でも、建て替えたところもあって。パッと見わからないことも多い。そこが難しいところ。だからよく見て、勘を働かせて、想像するんですよ。どこかに小さなヒントが見つかる。

この間も九州に行った時に、佐賀で牡蠣焼きを食べようと車ででかけたものの、ま~見つからないんですよね、店が。周りは畑ばっかりだし。ようやく見つけたと思ったら、ビニールハウスみたいな建物(笑)。でも、なーんか面白いんですよ。大真面目なんだけど、どこか笑っちゃうような雰囲気がある」

──なんだかイヤ~な予感も......(笑)

「実際、そんな予感もしたんだけど(笑)、食べたらすごくおいしいんです。で、"せっかく苦労して来たんだから牡蠣のほかにも何か食べよう"と思って、"イカでも焼くか"っていったら、メニューのイカの下に小さく(呼子)って書いてあるんです。"呼子ってテレビでイカ刺しが話題の?"を頼んだら......これが、ものすごくうまい! "こんなにおいしいイカ焼きを食べたことがない!"っていうくらい、うまい。呼子のイカは動いてるイカ刺しより、焼いた方が数段うまい、と知った」

最初に軍手を渡されて、自分でやれって感じの店で。だだっ広い建物に男二人、ぽつーんと座って(笑)。おばちゃんは、つっけんどんな感じでね。でも、牡蠣はおいしいし、頼んだイカもべらぼうにおいしい。驚いて、うまいうまい言ってたら、おばちゃんもだんだん話し始めて。これって『孤独のグルメ』っぽいな~と。牡蠣焼きを食べに行ったのに、道に迷って、客は自分たち男二人、寒々しいし、不安だし、やさしくされないし(笑)。でも意外なものが意外においしくて、驚いて"終わってみたら味も雰囲気もサイコーの店だったね"っていう。こういうのを僕は作りたいんですよ、漫画でもドラマでも」

kodoku_20191024_03.jpg「孤独のグルメ Season 8」第4話より

──「孤独のグルメ」のスタッフも、プロデューサーをはじめ脚本家までが実際に食べ歩き、店を探しているんですよね。

「僕は基本店選びにはノータッチだけど、プロデューサー以下、スタッフ全員が漫画を読み込んで、世界観を大事にしてくれているので、すごく信頼していて。店を探している最中でも、必ず漫画という原点に立ち返って"五郎なら行くか行かないか"を基準に考えてくれる。松重さんがちゃんと全部、食べ切れるのか? スタッフの誰かしらが必ず全てを食べていますね。

先ほどの佐賀でも、地元で海苔漁をしてるおじいさんに『あの番組(孤独のグルメ)はいいよ。だって全部、食べてるだろ?』って言われたんですよ。聞けば知り合いのところにグルメ番組のロケがやって来て、ほんのちょっとしか食べないで帰ったと。そこの家の人は、都会から来てくれるって前の晩から一生懸命、料理を作ったのに、スタッフも手をつけずに帰ったって。『それなのに、あの番組(孤独のグルメ)は全部うまそうに食べるし、ちゃんとごちそうさまも言うだろ? だからいい!』って力説されて。やり逃げでなく、周到な準備と体を張って時間をかけてるのが、そう見えるのかな、と思ってありがたかったです」

──シーズン8まで続いたのは、そういう実直なもの作りの積み重ねなんでしょうね。

「撮影に入っても、実在する店でロケをやって。そこに店主と似た雰囲気の役者さんをわざわざ呼んで。五郎のモノローグを別に録音して。その回のための音楽作って。そういう二重三重の面倒くさいことを丁寧にやってくれるスタッフなので、安心して任せられます。

僕は脚本の五郎のセリフだけ、修正させてもらっています。漫画と決定的に違うのは、セリフは松重さんに当てて書いていること。あの声、あの言い回しで言うと、おもしろそうだなっていうことを書いている。脚本家も僕が直すのをわかってて、例えば<ここ世田谷で誰も知らない○○という料理に出会った>みたいな五郎なら言わないようなまとめの言葉を入れてくるので、ぜ~んぶ赤で消しちゃいますが(笑)。せっかく書いてくれたのに、悪いんですが」

谷口イズムがスタッフにも受け継がれている

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──久住さんご自身は、一昨年に亡くなられた谷口ジローさんにもの作りの姿勢を教わったとか?

「亡くなった谷口さんが教えてくれた大切なことは、丁寧に時間をかけて作ったものは、いつまでも、何度でも見られる、ということです。毎回たった8ページの漫画を1週間くらいかけてやっていたんです。谷口さんはアシスタントを2人つけていたので完全に赤字なんです。単行本が売れて、やっと元が取れる。そんな仕事の仕方する漫画家、いません。でも、だからこそ、何度も読んでもらえる漫画になった。

谷口さんの遺言のような鉛筆の走り書きがあって。<何度も何度もボロボロになるまで読んでもらえるような漫画を描きたい。それだけがボクの願いです>と書いてあったのですが、『先生、みなさん読んでます! 世界中で』と言いたいですね。決して手を抜かず、おもしろいものを作る。その姿勢はドラマのスタッフにも受け継がれていると思います」

kodoku_20191024_05.jpg「孤独のグルメ Season 8」第4話より

──ちなみに、原作を作るとき最初に久住さんの頭の中にあった五郎像というのは?

「ないです。スーツで、いっぱい食べられるがっしりした体つきの人、っていうくらい。自分の憧れも込めて。青びょうたんは、スーパーヒーローを描くものなんですよ。その代わり、酒を飲めないように弱点を作って(笑)。あとは全部、谷口さんの描かれた五郎を見てから、こんなことをさせよう、言わせよう、と考えました。

ただ、ドラマが始まってから2015年まで、十数年ぶりの続編漫画原作を書いたのですが、話を考えているとどうしても松重さんの声が聞こえてきちゃうんですよ(笑)。漫画がドラマに引っ張られちゃって、ずいぶん困りましたね」

──では最後に、全国の「孤独のグルメ」ファンにメッセージをお願いします。

「僕自身、まだまだだなと思います。旅するたびに、小さな日常に驚かされ、もっと面白いものが作れるはずだって思いしらされます。

実は、漫画の「孤独のグルメ」には、描かれなかった幻の最終話があるんです。そんまま谷口さんは逝ってしまったのだけど、これを僕は谷口さんのメッセージだと勝手に受け取っているんですね。どんなすごい人でも、途中で終わるんだよ、と。だから『孤独のグルメ』も、いつ終わってもいいように、毎回全力で、腹ペコになって右往左往する五郎を描きたいです。

シーズン8も、いつもどおりオチもなく、何も変わらず(笑)作っていくので、そのワンパターンの美学をお楽しみください」

【プロフィール】
久住昌之(くすみ・まさゆき)
1958年7月15日生まれ。東京都出身。1981年、和泉晴紀とのコンビ・泉昌之の「夜行」で漫画家デビュー。実弟の久住卓也とのユニット「Q.B.B.」の『中学生日記』で文藝春秋漫画賞を受賞。ベストセラー「孤独のグルメ」、「孤独のグルメ2」(作画・谷口ジロー)、「花のズボラ飯」(作画・水沢悦子)、「野武士のグルメ」(作画・土山しげる)の原作を担当。その他、エッセイ、切り絵、童話のみならずミュージシャンとしても活躍を続けている。
オフィシャルサイト

(取材・文/橋本達典)

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次回10月25日(金)深夜0時12分放送のドラマ24「孤独のグルメ Season8」第4話は、「埼玉県新座市の肉汁うどんと西東京市ひばりが丘のカステラパンケーキ」。予告動画をチェック!

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