SNSで話題騒然となっているギャル「きらめく星のなったん」をご存知だろうか? Instagram、twitterともにフォロワー数は10万人超え。美しいルックスとは裏腹に、現代人の悩みを侍のごとくバッサバッサと斬りまくり、時には芸人顔負けのギャグセンスで笑わせている。
今年7月には、自身初の著書となる『待ち人来ずってなんなの 私から会いに行くからお前が待ってろよ』を上梓。これをきっかけに、夢だったライターの仕事オファーも増え始めているとか。今回はそんな注目を集めているなったんとは一体どんな人物なのか、実際にお会いしてその素顔に迫ってみた。
「照れ屋なので、面白おかしく書いてみた」
──巷ではなったんの名言に痺れる人続出中ですが、そもそもSNSを始めたきっかけってなんだったのですか?
「わたしが小学校高学年から中学校くらいのときにはSNSが全盛期を迎えていたので、みんな当たり前のようにやってたんです。その日あったこととか、他愛もないことをみんな短文でポンポンポンってあげてて、わたしも日記感覚でやってました」
──その当時から反響があったんですか?
「そうですね。単に日常で起きたことを書いていただけなんですけど、嫌なこととかがあっても照れ屋なので、ストレートに『嫌だった』と書くのではなく、おもしろおかしく書いちゃうんですよ。反響があったときは、『笑ってもらえるならうれしい』みたいな気持ちはありましたね。面と向かってしゃべるのではなく、文章して伝えるほうが、自分には向いてるのかなという感覚もありました。頭の中を整理してから言葉にできるからですかね」
──フォロワー数がぐんぐん伸びて、遂には書籍まで発売となったわけですが、出版のオファーがきたときどんな気持ちでしたか?
「うれしかったです。10代後半くらいから、ずっと物書きになりたかったから。でも、当時はどうすれば物書きになれるのかわからなかったし、ひたすらSNSに書くくらいしかしてなくて、ぼんやりと『普段やってることがお金になったらいいな』と思っていたくらいでした」
大好きだったさくらももこ先生の死、夢は妄想するのではなく叶える
──現在連載中の媒体で、「夢を叶えるコツは、とにかくその夢を言葉にして発信すると同時に、行動に移すこと」と書かれていましたが、昔はそうではなかったのですね。
「そうなんです。何も発信していなかったわたしがなぜ変わったかというと、きっかけは、昨年の8月に大好きなさくらももこ先生が亡くなったことでした。訃報の衝撃があまりにも大きく、『わたしが物書きになれた暁には、お会いすることができたかもしれなかったのに』、『一緒に仕事する機会も持てたかもしれないのに』としばらく塞ぎこんだくらい。それまでは、毎晩寝る前に、物書きになった自分の姿を妄想するだけで満足していたんですが、彼女の死が自分にとって大きすぎて、夢を叶えるための一歩を踏み出すに至ったんです」
──具体的にはどういう行動をとったんですか?
「さくら先生死去のショックから立ち直った頃にはインスタのフォロワーが1万人を超えていたんですが、1万人もいるってことは、この中に出版関係の仕事をしている人がいるのでは? と思ったんです。その人たちの耳に届いてほしい一心で、『物書きになりたい』と初めて公言しました。同時に『ライター、コラム、募集』などのキーワードで検索して、引っかかった媒体の中で気になったものがあれば、そこの社員でSNSに登録している人全員に、めちゃくちゃしつこくメールを送りました。『わたしを使ってください!』って。本当にしつこかったと思います。返事が来なくても諦めなくて、申し訳ないくらい何度も送り続けました」
──すごい根性ですね。
「あとは、webで募集されてる1記事500円とかのライター仕事にも応募しまくりましたし、『採用されたらギャラが発生』というものにも送りましたね。もちろん採用されない場合もあるんですけど、とにかくバンバン応募しまくりました」
──その結果として、今ではいろんな媒体からオファーがある状態なのですね。
「そうですね。ありがたいことにオファーもいただけるようになったし、夢だった本も出せました。でも、生活維持のためにはまだまだ医療事務の仕事も辞められそうにないので、次にステップアップできるように試行錯誤を続けていきたいですね」