野菜の価格が将来、下がるかも!? 「自動収穫」で農業を変える

公開: 更新: テレ東プラス

ワールドビジネスサテライト」 (毎週月曜~金曜 夜11時)のシリーズ特集「イノベンチャーズ列伝」では、社会にイノベーションを生み出そうとするベンチャー企業に焦点をあてる。「テレ東プラス」では、気になる第21回の放送をピックアップ。

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有明海に面した、佐賀県南部の太良町。山の上に並ぶビニールハウスの一角で、8月、農業を大きく変えるかもしれない実験が「最終段階」を迎えていた。

取材班の目にまず飛び込んだのは、ハウスへ入っていく小さな機械。本体は人の背丈の半分以下だが、クレーンのようなアームが付いている。タイヤの代わりに、ブルドーザーのようなクローラーで移動している。誰も操作しておらず、自動で動いているようだ。

innoben_20190916_01.jpg※ 小さな機械が、自動でビニールハウスの中へ...

ハウスの入り口をくぐると、機械は生い茂る「林」へと分け入っていく。ここで育てられているのはアスパラガス。大きく育ったものの間に、売り物となる短い「芽」の部分が生えている。ふと、機械が移動をやめてアームが動き出した。その先端は何かをつかむ形になっており、パカッと開いた状態で、「芽」へとまっしぐらに向かっていく。

「ウイーン、サクッ」。アームの先端はアスパラの根元をつかみ、そのままきれいに切り取った。機械の前に付いているカゴにゆっくり入れると、また次の"獲物"へと動きだした。

これは世界でもまだ珍しい、野菜の「自動収穫ロボット」。コメやトウモロコシ、ジャガイモのように均一に育つものと違い、個体ごとに育ち方がバラバラで「選んで収穫」しなければならない野菜を、人の手を介さず収穫できるという。

このロボットの実験に協力する農業法人「A−noker」の安東浩太郎さんは、「100%とはいかなくても、50%以上でも自動で収穫してくれたらすごく助かる」と話す。それだけ人の手で収穫する作業は大変で、生産者たちの足かせとなってきたのだ。

innoben_20190916_02.jpg※ 適度に育ったものだけ「選ぶ」必要がある野菜の収穫には、人手が必要だった

例えば地面に生えるアスパラは、かがんだ体勢で1本1本収穫しなければならず、生産者にとっては重労働。短すぎても、育ちすぎても商品にならず、適度に育ったものだけを収穫する必要があるため、人間がやるしか手段がなかった。しかも、アスパラの場合は「芽」だけに生長が早く、1日2回も収穫しなければならない。人手不足の中、生産規模の拡大は容易ではなく、生産者が高齢化すると継続すら難しくなる。「自動で選んで収穫する」ロボットは、そうした野菜生産の問題を根本から解決しようとしているのだ。

では、このロボットはどうやって、「収穫するべき対象」を見分け、それだけを刈り取ることができるのか。

秘密は「カメラ」と「赤外線センサー」、そして「AI(人工知能)」にある。カメラが撮影した「画像」と、赤外線センサーによって分かる「距離」の情報などをAIが分析することで、「映っているものがアスパラかどうか」「そのアスパラはどれだけ長いか(十分に育っているか)」「そのアスパラに到達するするにはどうアームを動かせばよいか」を判断できる。これを、移動しながら瞬時に行うのだ。

innoben_20190916_03.jpg※ カメラ画像と赤外線センサー、AIで「収穫すべきアスパラ」を瞬時に見つけ出す

この技術を開発したのが、ベンチャー企業の「inaho」。創業者の1人、大山宗哉共同代表は「良い栽培技術を持つ生産者が、人手不足が理由で規模を広げられないのは不健全だと思った」と、ロボット開発の動機を語る。

もっとも、育った野菜だけを選んで収穫するロボットが実用化された例は見当たらなかったため、開発は困難を極めた。大山氏は「当初は別の業界向けのロボット技術を使っていたが、実際、去年ここの畑で動かしてみたら、屋外で動かす技術ではなかった」と振り返る。それは「inaho」にとって最大のピンチだった。

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大山氏らを危機から救ったのは、入社から1ヵ月も経っていない新人エンジニアの外波山晋平氏。新人といっても、以前は宇宙から降り注ぐ素粒子に関する研究施設「スーパーカミオカンデ」で働いていた、優秀な技術者だ。"借り物"の技術で苦戦する大山氏らを横目に、ゼロから作った方が「一番欲しいもの」を得やすいと思い、隠れて開発を進めていたという。外波山氏は当時のことを、「自分で調べてやってみるのが好きで...」と、少し照れくさそうに話す。

innoben_20190916_04.jpg※「inaho」大山共同代表(奥)と、会社のピンチを救った外波山氏(手前)

彼らの拠点は、神奈川県鎌倉市。古民家を改修した建物でソフトウェア開発などを行い、「庭」がロボットの実験スペースとなっている。ここで大山氏が、彼らのロボットについて「驚きの事実」を明かしてくれた。

innoben_20190916_05.jpg※ 「inaho」の拠点は鎌倉市の古民家。その中庭が「実験場」だ。

「この刃は、文房具のカッターです」。大山氏はアスパラを切り取る、あのアームの先端を指さし、こう説明した。近くで見ると、確かに、誰もが長年使ってきたあの「ポキポキ折れるカッターの刃」だ。そして、切る前にアスパラを「つかむ」部分は、子供の教育用ロボットの手。いずれもネット通販で安く入手したという。

innoben_20190916_06.jpg※ アームの先端。刃はまさかの「文房具のカッター」...

さらに、アームに使うパイプも、間接に使うモーターも、市販のもの。移動の足となる「クローラー」の部分は、電動車いすに使われているものだという。つまりこのロボット、ほぼ全て「汎用品」で作られているのだ。この性能のロボットとしては格安な製作費に抑えることができたという。

innoben_20190916_07.jpg※ このロボット、実はほぼ「汎用品」だけを使った手作り...

あえて「汎用品で手作り」にこだわる理由は、ロボットを「売らずに貸し出す」ビジネスモデルにある。「今ある部品は来年になるとコストが半分、性能が倍、ということもある」(大山氏)。価格が下がりやすい汎用品ならコストは抑えられるし、どれも手に入りやすいだけにメンテナンスや性能アップも容易になる。それを、ある時点で売り切るのではなく「貸し出す」ことで、最適なロボットを安く農家に提供できると考えたのだ。

その「inaho」は9月、ついに野菜収穫ロボットを貸し出すサービスの開始にこぎ着けた。アスパラだけでなく、すでにキュウリも収穫可能。さらに今後、ナスやトマトにも順次対応させていくという。

innoben_20190916_08.jpg※ 9月サービス開始。アスパラのほか、今後はトマト・キュウリ・ナス・イチゴなども対応へ

野菜農家の負担を大きく減らし、規模拡大にも貢献しそうな収穫ロボット。将来これを広げることで、大山氏らは、世の中の野菜全体の「価格を下げる」ことを思い描いている。「人間が生存するのに必要なコストが、なるべく下がればいいと思っている。食料のコストが下がれば、週3回働いて4日好きなことをできる。その方が人間、幸せじゃないか」(大山氏)。

innoben_20190916_09.jpg※ 「inaho」の大山共同代表。将来への野望は「人が生きるコストを下げる」

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