謎に包まれた「ハッカー」と呼ばれる人々。映画やドラマの世界では、政府や企業の機密を抜き取ってしまう悪人というイメージだが、果たして彼らは何者なのか......。
今回は実際にハッカーに出会えるバー「Hackers Bar」に潜入し、知られざる彼らの実態について聞いてきた。
誰もが「ハッカー」になる可能性を秘めている
東京ミッドタウンの近くある「Hackers Bar」は、文字通りハッカーが接客するバー。ハッカーを連想させるオリジナルドリンクを提供しながら、お客さんと話したり、プログラミングを披露したりしている。今回話を聞くマスターの浜辺さんも、もちろんハッカー。名刺の肩書きにもしっかりそう書かれていた。
――そもそもハッカーとはどんな人のことを指すのでしょうか。
「ハッカーとは、深い知識やスキルを用いて、思いもよらない方法で課題を解決してしまう人のことです。でも、このバーでの使い方は結構ゆるくて、たとえばお客さんが想定外のアイデアを返してきたら『ハッカーですね』とか言っちゃいます。『その発想はなかった』ってときに褒め言葉として気軽に使います(笑)」
――思ったより範囲の広い言葉ですね。天才エンジニアやプログラマーを指す言葉なのかと想像していました。
「もちろんそういう意味合いも強いんですが、IT領域に限らず使っていい言葉だと思います。語源になっている『ハック』には『解決する』という意味が含まれていて、たとえば最近だと『ライフハック』という言葉が、仕事や人生を効率化するための工夫のことを指したりしますよね。おそらくIT領域は、多くの人にとって未知の領域であったり、少しの工夫で大きな課題解決ができたりする場合が多いので、ハックが生まれやすいんだと思います」
――なるほど。では、情報に不正アクセスして盗み出してしまう悪人は、なぜハッカーと呼ばれるのでしょうか。
「通常では侵入できないように考えて作られたシステムの抜け道を見つけ出す行為は、まさしくハックと呼べるでしょう。そのような悪いハッカーと良いハッカーを区別したい文脈では、前者をクラッカーやブラックハッカー、後者をホワイトハッカーなんて呼び分けたりします。他にもライフハッカーやグロースハッカーなど、ハックの対象となる領域で呼び分ける場合もあります」
浜辺さんの普段のお仕事と、ハッカーに求められる能力について
――ハッカーである浜辺さんの、普段のお仕事について教えてください。
「夜はハッカーズバーに立ってお客さまの話し相手やお悩み相談、お昼は主にウェブ開発のお仕事をしています。初期段階のぼんやりとしたお題に対して、早く・安く・最適な成果物を提供して形にするのがモットー。バーでのライブコーディングは、それらを簡略化して披露しているイメージです。普通のエンジニアとしての業務もしますが、純粋な技術力というよりは、課題解決力のほうに自信があります」
――お話を聞いていると、ハッカーには知識やスキルだけでなく閃きも求められそうです。ハッカーの能力を保つために気をつけていることはありますか?
「先入観を捨てることです。エンジニアは慣れてくると過去の経験から、与えられたお題に対して瞬間的に解決策を思いついてしまいます。しかし大抵の場合、それは最適解ではありません。とくに自分ではなく他人が抱えている課題については、課題の本質を間違えて捉えがちです。経験を蓄積して閃きが生まれる土壌を作りつつ、まっさらな気持ちでベストな解決策を導き出す必要があります」
――なるほど。しかし、先入観を捨てるのは言葉以上に難しそうです。
「先入観にとらわれてしまうこともありますよ。最近だと『友だちの結婚式の動画を作りたいけど、パソコン音痴だから教えてほしい』というお客さまがいて。私は最適なハックだと思い、Adobeの動画編集ソフトで動画をつなげる方法や、テロップを入れる方法などを教えました。ソフトは月額課金制なので、先に素材となる動画を撮り終えてから作業を初月で終えてしまえば、お金はほとんどかかりません。3名のお客さまだったので、1週間の無料体験枠をそれぞれ活用することも可能です」
――そんな相談も受けるんですね。素晴らしい対応であるように思いますが。
「確かにお客さまの要求には答えられています。でも、彼女たちは想像以上にパソコン初心者だったので、いま思えば『スマホでできるよ』と教えてあげるほうが、よりベターな対応でした。過去にAdobeを使った経験や、結婚式の動画はパソコンで作るものだという固定観念が、スマホという選択肢を曇らせてしまった事例です。先入観をなくして考えれば、たどり着けるハックでした。逆にこの経験が、似たような別の局面で『スマホでやってみる』という閃きを生みやすくしてくれます」
ハッキングは無くなる?近年のハッカー事情とは
――近年のハッキング事情についても教えてください。
「よく聞かれるんですけど、そんなに詳しくないです(笑)。最近はスマート家電やIoT家電といって、スマホやインターネットとつながる家電が増えてきましたが、この領域はセキュリティ関連の話題に上がることが多いように思います。家の鍵であったり防犯カメラの映像であったり、身近なものがハッキングされるのはイメージしやすくて怖いですよね。個人的にはスマホをハッキングされるほうがよっぽど怖いですが」
――ハッキングって無くならないんでしょうか?
「無くすのは難しいですね。ただ、近年では『セキュリティの欠陥を指摘してくれたら報酬をお支払いします』という企業も増えていて、この仕組みがとても機能しています。ハッカーは攻撃方法を見つけたときに、情報を盗み出して犯罪者になるリスクを負うことなく、それを指摘するだけで報酬が手に入るんです。企業側としても、情報が盗まれるぐらいなら報酬を渡したほうがダメージも少ないので、Win-Winな関係となります。この仕組みを考えたこと自体が、非常に画期的な『ハック』だったと思います」
――ナイスハックですね。それでもハッキングが無くならないのはなぜでしょうか?
「まず、お金が目的ではない『愉快犯』にとっては、先ほどの仕組みは無意味ですよね。あとは最近多発している仮想通貨の盗難のように『お金に直結しているハッキング』に関しては、得られるリターンの桁が違う可能性がある。こうなると、企業の支払う報酬では抑止力にならないケースも出てきます」
――なるほど、一筋縄ではいかない世界ですね。最後に、今後のハッカーとしての抱負を教えてください。
「自分の周りには、コンピュータの知識やスキルを使って課題を解決できるエンジニアがたくさんいます。一方で、世の中には課題を抱えながらもどうしていいかわからず悩んでいる人たちがたくさんいます。Hackers Barでは『ハッカー』と『お酒』の力よって両者の接点となる空間を提供し、解決されるべきたくさんの課題が正しく解決される未来を目指しています。あと、単純に僕はお酒とエンジニアが好きなんです(笑)。どなたでもお気軽にお立ち寄りください」