「名将」エディー氏も頼った!?”肉体改造”アプリ

公開: 更新: テレ東プラス

ワールドビジネスサテライト」 (毎週月曜~金曜 夜11時)のシリーズ特集「イノベンチャーズ列伝」では、社会にイノベーションを生み出そうとするベンチャー企業に焦点をあてる。「テレ東プラス」では、気になる第19回の放送をピックアップ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

2015年のラグビーワールドカップ。日本代表チームは優勝候補の南アフリカ代表を撃破し、世界の度肝を抜いた。実は、その大番狂わせの裏には、体格で勝る海外勢に押し負けないよう、周到な計画の下で行われた"肉体改造"があったとされる。

いま、それと同じ肉体改造に取り組んでいるチームがある。名門「早稲田大学ラグビー部」だ。

innoben_20190408_01.jpg※早稲田大学ラグビー部のグラウンド(東京・杉並区)

トレーニングルームをのぞくと目に飛び込んでくるのは、ズラリと並んだダンベルと、激しい筋力トレーニングに励む選手たち。ところが、すぐ隣の部屋では数人の部員が座って一生懸命スマホを操作している。一見、サボっているようにも見えるが...、「トレーニングのデータを記録しています」(部員の1人)。

innoben_20190408_02.jpg※トレーニング室の横でスマホを...。いったい何を入力?

彼らが使っていたのは、スマートフォンアプリ「ワンタップスポーツ」。これがラグビー日本代表の肉体強化を、裏で支えていたのだという。部員たちが入力するのは、体重や体脂肪率、睡眠時間といった「客観的」な数値データに加え、筋肉の張りや関節のコンディションなど自らが「主観的」に感じる情報だ。

innoben_20190408_03.jpg※ラグビー日本代表の強化にも役立ったという「ワンタップスポーツ」

このアプリを3年前、早稲田ラグビー部に持ち込んだのが、村上貴弘フィジカルトレーニングコーチ。かつて日本代表でもコーチを務め、まさにあの肉体強化を推進した1人だ。村上コーチによれば、このアプリの効用は「けがを防ぐことができる」。選手はトレーニングに取り組むと、計画的にやっているつもりでも、つい勝つために頑張りすぎてしまう。それが肉体に過度な負担をかけ、ケガや体調不良を招いてしまうというのだ。「限界が100%なら、150%くらいやることもよくある。それを定量化し、数値化して(トレーニング内容を)調整することが大事」(村上氏)だという。

innoben_20190408_04.jpg※早稲田ラグビー部の村上コーチ。かつて日本代表の強化にも取り組んだ

ある選手の例を見てみよう。今年3月8日と9日、体調不良で練習を休んだ。彼のデータを見ると「休む前日から起床時の心拍数が少しずつ高くなってきた。本人の主観的なコンディションも落ちていた」(村上氏)という。確かに、選手が「ワンタップスポーツ」に毎日入力していたデータをグラフ化すると、休み始める直前の「起床時の心拍」(客観データ)が上昇し、選手が感じる「コンディション」(主観データ)が下降している。この「客観」と「主観」のデータに「ギャップ」が生まれることが、体を壊すサインなのだという。

innoben_20190408_05.jpg※2つのデータに生まれた「ギャップ」が故障のサイン

そうした状況が生まれると、コーチのパソコン上には「警告」が表示される。コーチはこれによって、体の故障を事前に予測し、練習メニューを調整することができるのだ。「故障を防げる」ということは、逆に言えば「故障しない程度の"限界"まで鍛える」ことができる。これこそが、ラグビー日本代表の"肉体改造"の秘密だったのだ。

この「ワンタップスポーツ」を生んだのは、ベンチャー企業の「ユーフォリア」。従業員20人程度と所帯は小さく、オフィスはシェアオフィスの一角だが、その壁にはプロ野球、サッカー、そしてラグビーと、幅広いジャンルのトップチームのユニフォームが並ぶ。いずれも、ワンタップスポーツのユーザーだという。

創業者はコンサルタント出身の、橋口寛CEOと、宮田誠COO。もともと、スポーツ関連のビジネスを志していたわけではない。当初は「この2人で起業すること」自体が目的で、企業の問題を可視化するソフトウェアの開発などを手掛けていたという。

innoben_20190408_06.jpg※創業者の2人、橋口CEO(左)と宮田COO(右)。

ところが2012年、友人から「転機」となる1本の電話が掛かってくる。「日本代表にエディー・ジョーンズというヘッドコーチが来て、とんでもない改革をする。そのためにシステムが必要だから、お前らできる?と」(宮田COO)。

innoben_20190408_07.jpg※ユーフォリアに"転機"を与えたエディー・ジョーンズ氏

依頼主は、ラグビー日本代表が南アフリカを破ったときのヘッドコーチ、エディー・ジョーンズ氏だった。彼は就任時、ある目標を打ち立てていた。

innoben_20190408_mannga.jpg

開発過程で、ユーフォリアの2人はあらゆる機能を盛り込み「何でもできるアプリ」を目指そうとした時もあった。だがエディー氏の要求は違った。「ワールドカップやオリンピックは、すごく限られた時間で結果を出さなければいけない。限られた時間の中できちんと状態を把握するには、増やすのではなく、絞ったものでシンプルに」(宮田COO)。

選手の負担が少なく、かつ高い精度で状態を把握できるとして、ワンタップスポーツは急速に普及。今では30競技、300チーム以上、1万人のトップアスリートに使われるようになった。

さらに、彼らのアプリは「スポーツ」の枠を飛び出そうとしている。舞台はグループに約5万人を抱える大手印刷会社「凸版印刷」。ここでいま、ワンタップを使った「ある実験」が行われている。

innoben_20190408_08.jpg※スポーツ向けのアプリを大企業オフィスでどう活用...?

オフィスの隅に、スマホで「ワンタップ」を打ち込む社員を見つけた。何を入力しているのか聞くと、「自分が感じている感情や今の心情」だという。例えば「イライラしている」「無気力である」といった項目だ。

実は、凸版がワンタップを使って把握しようとしているのは、肉体ではなく「メンタル」。つまり心の状態だ。会社側は異変を早い段階で察知することで、改善策を打つことができる。ひいては、全体の生産性アップにつなげることができるという。

「ビジネスマンも一種のアスリート。大事なプレゼンや商談など、1年の中にはたくさん"山"がある。そこにしっかりピークを合わせていくという考え方は、スポーツ界から応用できる」(宮田COO)。ワンタップがトップアスリートだけでなく、「働く人すべて」のコンディションを整える――。彼らはそんな未来像を描いている。

innoben_20190408_09.jpg※「スポーツマンからビジネスマンへ」。ワンタップ活用の場は広がるか

PICK UP