大人気ソーシャルゲーム『FGO』の新章の舞台はインド!「創世滅亡輪廻 ユガ・クシェートラ 黒き最後の神」というタイトルからは、古代インドの大叙事詩『マハーバーラタ』との関連が予想されています。
そこで、『マハーバーラタの神話学』などのインド神話に関する著作や連載で知られる神話学者の沖田瑞穂先生にインタビュー。FGOユーザーでもある沖田先生から「ユガ・クシェートラって何?」「マハーバーラタでのアルジュナとクリシュナの関わりは?」などなど、気になるところをまるっと伺いました!
そもそも「ユガ・クシェートラ」という言葉は登場しない!
▲『FGO』の新章の舞台はインドだ!
――まもなく配信されるFGO第2部の第4章の異聞帯の舞台はインドで『創世滅亡輪廻 ユガ・クシェートラ 黒き最後の神』とあります。さっそくですが、「ユガ・クシェートラってどういう意味なんでしょうか?
ユガ・クシェートラ。正直まったくわからないんです。
――謎だらけですよね。年代についても、これまでは「AD.1570」や「BC.1000」などはっきり明記されていたのが、今回は「??.11900」となっていますし......。
その11190は、多分インド神話とは関係ないんじゃないかなと思います。『マハーバーラタ』ではその数字は特に出てきません。
――「ユガ・クシェートラ」という言葉も出てこないのでしょうか?
そもそも「ユガ・クシェートラ」という単語がないんです。まず「ユガ」っていうのが、時代区分のことなんですよ。インド特有の宇宙観というのがあって、それをユガといいます。
ユガは全部で4つあって、最初は「クリタ・ユガ」という黄金時代から始まるんです。そこから「トレーター・ユガ」の時代に入って少し悪くなって、「ドヴァーパラ・ユガ」。で、さらに悪くなって現代は最悪の時代、4番目の「カリ・ユガ」にあたります。マハーバーラタの大戦争は、ドヴァーパラ・ユガとカリ・ユガの境目に起こるんですよ。
そのカリ・ユガの開始を特徴付けるのがクリシュナの死です。クリシュナはヴィシュヌ神の化身で、マハーバーラタの大戦争後に人間として死にます。その死によって暗黒時代「カリ・ユガ」が始まったとされています。
――マハーバーラタの大戦争のころから今までずっとカリ・ユガの時代が続いてるんですか? ものすごく長いですね。
4つのユガを合わせると432万年ありますから。
――432万年! 神話の世界はスケールが桁違いですね......!
カリ・ユガが終わっても、また新しい世界が作られてクリタ・ユガが始まります。これを円環的な世界観といいますね。
創造神であるブラフマーが世界を創造して、次にヴィシュヌがその世界を維持、最後にシヴァが出てきてその世界を破壊します。だからシヴァは破壊神と呼ばれています。
ちなみに、シヴァはそのとき真っ黒な姿をしているといわれているので「マハーカーラ」という別名もあります。「マハー」が「大きい」、「カーラ」が「黒」や「時間」という意味。それで、シヴァが日本に伝わったときには漢字をあてて「大黒さん(大黒天)」になったんです。
▲黒い破壊神「マハーカーラ」が日本に伝来し、大黒さんになった
――黒い破壊神「マハーカーラ」と聞くと恐ろしい響きがありますが、大黒さんだと一気にお馴染み感がでます! では、私たちの世界は遠い未来に真っ黒なシヴァ神が現れて壊されてしまうんですね。
そうですね。一方でほかの説もあって、それが「カルキ」の登場です。カルキはヴィシュヌの最後の化身といわれていますが、まだ実際に現れたことはありません。カルキがカリ・ユガの終わりに現れて悪人たちを成敗し、次の世界を導くという神話もあります。そのときカルキは白馬を連れているといわれています。
じゃあ結局、世界はシヴァが破壊するのか、カルキが助けるのかどっちなんだという話になるんですけど、神話は全ての整合性がとれるわけではないので......。こういう伝承もある一方で、こういう伝承もある。
――カリ・ユガの時代の終わりに現れるのは、真っ黒なシヴァか白馬をつれたカルキか......。では「クシェートラ」の意味は何でしょう?
クシェートラは明らかに、マハーバーラタの戦争が行われる「クル・クシェートラ」のことを指していると思われます。「クル」は固有名詞で、クル族という意味でもあるし、クルという大きな王家のことも指します。「クシェートラ」は「野原」とか、「広大な場所」ぐらいの意味。広大なクルの野で18日間にわたって行われたマハーバーラタ最後の決戦を「クル・クシェートラの戦い」というんです。
――では「ユガ・クシェートラ」だと......?
「ユガ」が時代、「クシェートラ」が土地を指しますから、イメージが合わないんですよ。だから『FGO』の新章がどうなるのか楽しみにしています。『マハーバーラタ』の何かを指しているのだろうなということは、たぶん当たっているとは思うんですけれど。
「黒き最後の神」はシヴァ? カルキ? クリシュナ?
▲ヒンドゥー教の神の一人「シヴァ」
――タイトルに登場する「黒き最後の神」。ここまでの話を聞くとこれはマハーカーラ、つまりシヴァを指していると考えてほぼ間違いないように思えますが......?
そうなりそうですが、一方でカリ・ユガの始まりに死んでいったクリシュナも黒という意味があるんですよ。そうなると、黒き最後の神というのはクリシュナである可能性もあると思っています。ちなみに、図版なんかを見るとカルキは黒い肌をしてますね。
――黒き最後の神の該当者が3人も!
何重の意味も考えられて、非常に想像力をかき立てられます!
クリシュナとアルジュナは一対の存在
▲戦車の中央に立つクリシュナ
――クリシュナはヴィシュヌの化身ということですが、実際どんな人物なんですか?
トリックスターですね。いたずら者の神のことをトリックスターといいますが、クリシュナはマハーバーラタのなかで、策略によって多くの将軍たちを倒していきます。
クリシュナという名前には「黒」という意味もありますが、特徴は武器です。「チャクラ」という名前の円盤で、ヴィシュヌの持つ武器でもありますが化身であるクリシュナも持っています。
またクリシュナはアルジュナの盟友として、戦争ではアルジュナの戦車の御者を務めます。アルジュナとはすごく仲が良くて、ほとんど一対のようなものなんですよ。
――どうしてふたりにはそんなに深いつながりが?
クリシュナとアルジュナのあいだには不思議な関係があって、生まれる前から親友なんです。かつてナラとナーラーヤナという聖仙がいて、ふたりは何度生まれ変わっても出会って親友になるという神話があります。そしてアルジュナはナラの、クリシュナはナーラーヤナの生まれ変わりなんです。
アルジュナはインドラ神の化身ですが、インドラとヴィシュヌも親友の関係。『リグ・ヴェーダ』(紀元前1200年頃に編まれた古代インドの聖典)のなかで登場します。
『マハーバーラタ』の一番有名な場面は、このクリシュナとアルジュナのふたりが対話する「バガヴァッド・ギーター」です。
――「バガヴァッド・ギーター」?
バガヴァッド・ギーターは、マハーバーラタ最後の決戦「クル・クシェートラの戦い」のなかで、戦いをためらったアルジュナにクリシュナが説いたものになります。解釈がすごく難しくて、専門の研究者が何人もいるほどです。独立した聖典になっていますが、ここだけ読んでも難しすぎてピンとこないんですよ。
マハーバーラタは親族同士の争いで、しかも自分を育ててさまざまな武芸を教えてくれた師匠と戦わなければならない。アルジュナはそういった戦いに意味を見いだせなくなって、戦場で戦うのをやめてしまいます。このときにクリシュナが、「この戦争はアルジュナの義務であり、業(ダルマ)である」と説いてアルジュナを戦いに向かわせます。
「戦争を奨励している」と言われることもあるんですが決してそういうわけではありません。全ての人が人生の義務を持っていて、それをそれぞれの形で果たすことが重要であるという、現実の私たちに通じる生き方の問題が説かれています。
【プロフィール】
沖田瑞穂
神話学者、文学博士、大学非常任講師。主な著書に『マハーバーラタの神話学』(弘文堂)、「マハーバーラタ入門」(勉誠出版、2019年4月発売)、翻訳を担当した「勝利の詩 マハーバーラタ」(上下、原書房、2019年4月25日発売)など。
Twitter:@amrtamanthana
【トップ画像出典】
The Mahabharata, 19vols. for the first time critically edited by V. S. Sukthankar. Bhandarkar Oriental Research Institute (Poona), 1933-1966.