「ジャンルの聴き分けは必要はない」違和感こそが音楽の手触りを知るきっかけに。ジャズ評論家・柳樂光隆さんかく語りき

公開: 更新: テレ東プラス

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「音楽を聴くなかで感じた違和感こそが重要」と述べる、ジャズ評論家・柳樂光隆さん。前回に引き続き、音楽の聴き方のレクチャーしてもらうなかで、機材の進化によって現在の音楽自体が高度化していることが「音を聴く」難しさにつながっていると言います。ライトな音楽好きが、もう少しだけ音楽の深度に浸るための本レクチャー、注目の音楽家などもあわせて伺いました。

ノイズが入っていたり、ぼやけている音楽がなぜ気持ちいいと感じるのか。それがスイッチになる

MISIAJUJU、Chara、星野源というJ-POPの世界で国民的に知られるミュージシャンや、メジャーレーベルからデビューしたアーティストなど最近の若手に含めて顕著ですが、ジャズ的な要素を取り入れた人たちが出てきています。でも、多くのリスナーは気づいていないと思うんですね。漠然と「なんとなく好きかも」をどう分解して、言語化までつなげるか。

柳樂:僕が大学生の1999年にサニーデイ・サービスが『MUGEN』というアルバムをリリースされました。このアルバムは、一見、音が悪いのが特徴なんですよ。全体的にぼやっとした音で。当時はなんとなく聴いていたのですが、違和感がやはりあった。それから少し経ってヒップホップを聴いていて、わざと汚した音やクリアじゃない音を意識的に使っている音楽があることに気が付きました。

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普通に考えたら、それぞれの楽器が鮮明に聴き取れて、きれいな音で録音された音楽の方が良いのが当たり前じゃないですか。そうではなく、あえて汚したり、ぼかしたりした質感がかっこいいということを、マッドリブというヒップホップのプロデューサーを聴くようになってから気付いたんです。ヒップホップが日本のロックの聴き方を教えてくれたんですね。

―最初聴いてピンとこなかった音楽や、違和感があった音楽も、そこには理由があって、別のジャンルの音楽を聴いた時につながる可能性がありうるということですよね。

柳樂:まさに。当然ですが聴き方はいろいろあって、他に聴き方を教えてくれた作品だとCorneliusの『FANTASMA』という1997年のアルバムですね。これは初回限定盤にステレオのイヤホンが付いてたんです。

『FANTASMA』の1曲目の「MIC CHECK」はバイノーラル録音と呼ばれる方法が使われていて、人間の頭と耳の形を模したマイクが使われているんです。そのマイクで録音された音をステレオのイヤホンで聴くと、録音時に音がマイクに対してどこで位置が鳴ったのかを擬似的に再現できるんです。例えば、そのマイクの周りを足音を出しながら歩くいたものを録音したものを聴くと、誰かが自分の周りを歩いているような疑似体験ができるんです。それは音楽を音楽としてだけではなく、「音そのもの」として楽しんでいるわけですね。本当だったら、ただ人が歩いている音なのだけれど、どういうふうに録音しているかだけで、全然違って聴こえるということはよくあるんですよ。2000年代にポスト・ロックとか音響系と呼ばれる音楽が出てきた時に、ものすごく遠くで演奏しているように聴こえるだとか、目の前に空間があってその空間の斜め上のほうで鳴っている音が真ん中で鳴っているように移動してるように聴こえるとか、そういう「音そのもの」の面白さをすぐに楽しめたのは、Corneliusを聴いていたおかげかなと思っています。

音楽って意識的に聴かないと分からない面白さが埋まっていることも多いんだけど、意識的になるためには、一度スイッチが入らないといけない。僕の場合、そのスイッチがCorneliusだったり、サニーデイサービスだったんだと思います。「こういうアルバムを聴いて、こういう聴き方を得た」という経験がまた別の音楽の面白さを連れてきてくれる。その積み重ねですね。

―教えられないと得られない感覚でもありますよね。

柳樂:ですね。きっかけを与えてくれるテキストに触れるのはいいかもしれないですね。そして、さっき言った体験をすること。今はYouTuberでも動画の下に解説が出てきたり、教本的な動画もたくさんあるんです。


昔の方がジャンルを聴き分けられていたのは当然の話

―音楽を気軽に聴ける時代になりましたけど、その分音の聴き分けができなくなった、リスナーのレベルが下がったと思いますか?

柳樂:何十年も前、例えばジャズ喫茶で音楽を知る、みたいな黄金期があったと思うのですが、僕は昔のジャズ喫茶に行っていたおじさんたちがちゃんとジャズを聴けていたとは思わないんですよ。なぜかと言うと、昔のジャズの本とか読むと、結構役に立たなくて(笑)。例えば、ジャズでビバップというスタイルが始まったのが40年代。そこからジャズが一気に盛り上がっていくのが50年代から60年代です。そのころのスタイルはまだ真新しいもので、ちょうどアイコンになるプレイヤーが雛型を作って、そこを出発点に枝分かれして、さらにさまざまな別のスタイルができていった。まだ原始的な状態とも言えるわけで、聴き分けるのは楽だと思うんですよ。

ビバップの始祖のバド・パウエル、クラシック要素の入ったビル・エヴァンス、コルトレーンのバンドにいたマッコイ・タイナーあたりのスタイルが有名なんだけど、その人たちって何もないところから新しいスタイルを作りました。彼らはあまりに特徴的なので誰が聴いて聴き分けられるんです。でも、そこから60年とか70年とか経った今はそういったアイコン的なスタイルがものすごく進化していたり、他のスタイルと混ざったりもしているし、その間に新しいアイコンもたくさん出ているし、さらにジャズ以外のジャンルとも混ざったりしているので、どこに何が入っているのかを当てるのは大変です。スープを飲んで、そこに使われている材料や調味料を当てるようなものですね。

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―より細分化、緻密化されているということですね?

柳樂:まさに。ある意味、音楽を聴き分けることのハードルが高い時代とも言えますよね。ジャズに限らず、どのジャンルも単純にスタイルで切り分けられない。取り入れている音楽が19世紀のものから現代のものまで100年分とかあって、色んな要素の複合体なうえに、複合体同士の掛け合わせとかもあるわけで、聴き分けるのは非常に難しい。

ラーメンのスープの材料や、ワインの産地を当てるゲームの同じなので、それはマニアとプロに任せればいい話で、普通のリスナーはそこまで気にせずに、その音楽を楽しめばいいと思います。でも、違和感を覚えるのは大事で、その違和感の正体が1930年の音楽だったら、すごく面白いですよね。

―好きなものを聴いていれば何かには当たると。

柳樂:録音という行為が始まってかなり経っていますよね。最初に録音されたジャズといわれているオリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンドのレコードでさえ、1917年のものなので100年を越えてます。今のジャズにはその100年の間に出てきた様々なジャズの要素が入っているはずなので、その要素が何なのかがわかると更に楽しくなると思います。「今の音楽なのに、どこか懐かしい気がする」とか「ジャズっぽくない音が入っている」とかそういう違和感を感じたら、調べてみるといいと思います。

BIGYUKIという鍵盤奏者がいるんですけど、彼のバンドにはベーシストがいなくて、その代わりにBIGYUKIが右手でメロディーを弾いたりしながら、左手では超低音が出るシンセサイザーでベースラインを奏でてベーシストの役割も兼任してるんです。2人分の音を一人で担当するので驚異的なテクニックがないとできないことです。でも、鍵盤奏者が左手でベースラインを弾くスタイルって1930年代のストライドピアノとか、1950年代のオルガン・ジャズとか、過去にもあったものなんです。ベースがないと思ったら、鍵盤奏者がベースも兼任してるって違和感を辿ると過去の歴史と繋がるんですよ。

リスナーがやるべきは、小さな違和感を持つことだと思います。あと、演奏ってスポーツと一緒で進化しているんですよ。面白いでしょ?

―演奏も時代ともに進化するものなのですか?

柳樂:例えば、ジャズによく使われる楽器のサックスだと、「フラジオ」と呼ばれる普通に演奏して出せる最も高い音よりもさらに高い音を特殊な奏法によって出すことができるんですよ。今だと、バークリー音大とかでジャズ教育を受けた人は、必ずと言っていいくらいにその特殊奏法ができるようになっている。それって特殊な奏法だから音を出すことさえ難しいのだけど、今はミュージシャンの技術が向上しているので、演奏の中にフラジオを混ぜてもスムーズすぎてわからなかったりする。上から下まで、特殊奏法から普通の奏法を全部滑らかに、誰にも気付かれないようにやることができるサックス奏者がたくさんいます。

―音楽的な部分以外も進化を遂げていると。

柳樂:もちろん作曲も音楽理論も進化しているわけで、レベルが上がってきた演奏技術が組み合わさることで、全く新しい響きが生まれています。そこに興味を持ったのが晩年のデヴィッド・ボウイで、彼の遺作となるアルバムの前に「Sue」ってシングル曲を出したんだけれど、マリア・シュナイダーっていうビッグバンドの神みたいな人を使っている。


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柳樂:さまざまな楽器が複雑なパズルのように組み合わさったアンサンブルが、今までにない響きを生んでいるので、今、ビッグ・バンドってもすごく面白いんですよ。そのシーンには挾間美帆って日本人もいて、NYタイムスに取り上げられたりもしているので、要注目です。

―そういう情報はあまり知られていないですね。他に今注目すべき人がいたら教えていただけたら幸いです。

柳樂:最近だったら、ジェイコブ・コリアーって人がいるんだけど、MIT(マサチューセッツ工科大学)のベンジャミン・ブルームバーグって研究者が開発した特殊なハーモナイザーを使っていて。マイクに向かって声を出して、それと同時に鍵盤を押すと、鍵盤に合わせた音階で声が変わるボーカルエフェクトなんです。声を出しながら、きれいなハーモニーを鍵盤で弾くと、その通りに声が重なってくれる。

その精度が高いハーモナイザーをベンジャミンが作っているんですけど、民族音楽で使われる微分音(マイクロトーン)といわれるものまで機械で正確にコントロールしてハーモニーを作ることができるので、音程が少しずれているような違和感を持った、それと同時に誰も聴いたこともないような響きの音楽を奏でているんです。それは科学が進化して、新しいハーモナイザーが存在しないとできない音楽。それとあわせて音楽理論を完璧に把握していないとそんなハーモニーを狙って出すことはできないし、そもそも音程の細かい違いを音楽に組み込めない。僕は今のところジェイコブ・コリアーは世界で一番新しいことをやっている音楽家のひとりだと思うので、ぜひ聴いてみてください。


撮影協力:KAKULULU

プロフィール:
柳樂光隆 /1979年島根県出雲生まれ。音楽評論家。『MILES:Reimagined』、21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本「Jazz The New Chapter」シリーズ監修者。共著に後藤雅洋、村井康司との鼎談集『100年のジャズを聴く』など。

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