楽天ランキング1位を獲得し、あらゆるメディアで話題を席巻した「真っ黒チーズケーキ」、2018年夏に発売して注目を浴びる「世界初の音の出るバウムクーヘン」こと「バウムレコード」など、ヒット商品を生み出し続ける千切谷(ちきりや)耕一郎さん。
昭和23年に創業した老舗洋菓子・パン製造会社を経営する家に生まれた彼は、高校卒業後に地元を離れ、東京の大学に進学。さらに老舗百貨店「銀座和光」に就職しました。約8年に渡る東京生活と2年間アメリカ留学を経てパティシエになった、洋菓子界の異端児ともいえる存在です。現在は出身地の香川県でパティスリー「ラ・ファミーユ」を経営する千切谷さんに、これまでの経歴をはじめ、ヒット商品を生み出したきっかけや発想の源について伺い、「ヒット商品を生み出す社長の頭の中」を教えてもらいました。
「銀座和光」で学んだブランド力
――大学卒業後、銀座和光では、どんなお仕事をされていたんですか?
当時新設された食品館勤務を希望していたのですが、実際に配属されたのは時計売り場でした。時計の販売が中心でしたが、退職するまでには仕入れも担当させていただきました。
――パティシエとして働いていたわけではなかったんですね!ちょっとびっくりしました。銀座和光で学んだことは?
ブランド力です。ブランド力とは一朝一夕にできるものではないということ、ブランド力を高めるための努力が必要だということ、そのためには日々のちょっとした積み重ねが必要だということを学びました。お客様の言いなりになればいいというわけではなく、無理なことはNOということも大切です。しかしできる限り「そこまでやってくれるの!?」とお客様が驚くようなことをすると、お客様が信頼を寄せてくださると気づきました。
――千切谷さんが作ったパティスリー「ラ・ファミーユ」は創業してもう18年ですね。十分にブランド力があるのでは?
いえいえ、それはお客様が決めることなので...。あればいいな、とは思いますが(笑)。
▲ラ・ファミーユ高松本店。バウムクーヘンを半分に切ったような形をしている
「柔軟なひらめき」と「周囲の言葉を聞く素直さ」が生んだヒット商品
――2018年発売された「バウムレコード」は、「世界初の音の出るバウムクーヘン」というアイデアが注目されました。この商品を考えたきっかけは?
2018年のバレンタインシーズンに売り出す商品を考えていた時、レコード人気が再燃していることを知って。それで「レコード型のお菓子を作って売りだしたらおもしろいんじゃないか? あっ、バウムクーヘンを使ってみるといいかも?」とひらめいたのが、商品開発のスタートでした。
そこで、元々お店にあったブラックココアなどの材料を使ってバウムクーヘンを作ると、本当に見た目がレコードっぽくなって。それならパッケージもレコードジャケットみたいにしたらおもしろいんじゃないかと考えました。そんな時、スタッフと話す中で、「実際に音楽が流れたらおもしろいよね」という話になったんです。はじめはQRコードを使って音楽が流れる仕組みを作ろうかと考えていました。そんな折に参加した異業種交流会で、ARのことを知り、商品に採用しました。
――はじめから「音の鳴るバウムクーヘンを作ろう」と考えていたわけじゃなかったんですね。
はい。真っ黒チーズケーキも、最初から「真っ黒なチーズケーキを作ろう」と思ったわけじゃなくて、商品開発自体は偶発的なものでした。
▲まっ黒チーズケーキ
ブラックココアでビスケットを作ってみたら、苦みが少なくてほろほろとした食感のものができて。これをチーズケーキの土台にしたらおいしいんじゃないかな?と思ったのが始まりです。試作すると、味はおいしいけどチーズケーキ部分と土台のビスケットの収縮率が違うため、見た目がいまいちに...。
そうこうしてたら、家内から「フランスには黒いチーズケーキがある」と聞いて。そこからヒントを得て、「じゃあチーズケーキをビスケット生地で包んで真っ黒にしてみようと」と考えた結果、今のまっ黒チーズケーキが誕生しました。
シチュエーションにプラスアルファできるスイーツを
――変わったスイーツを作るのが目的ではなく、結果的に発想力豊かなスイーツができあがっているんですね。その発想力の源は一体どこにあると思いますか?
私が純粋なパティシエでないというのが大きいと思います。私は、製菓学校を出て現場で修行して...といったタイプのパティシエではなく、全く違う仕事を経験してから製菓の勉強と仕事をしてきました。だからこそ、まだ素人目線が残っているというか、「楽しいもの探し」をずっとしているという感覚が残っているんだと思います。
――どんな時に商品を思いつきますか?
商品を思いつく瞬間は、いろんなシチュエーションがありますね。何かひとつのことを考え始めるとずっとそればっかり考えてしまうので、普段から仕事のこと、例えば陳列やパッケージのことを四六時中考えています。それは私が元々「考える」ということ自体が好きな人間だからかもしれません。
しかしずっと一人で悶々と考えているというよりは、何か別のことをしていてふっと思いつくといったこともあります。バウムレコードの時のように、人と話しているうちにアイデアが湧き出ることもあります。
――本などからアイデアを拾ったりも?
本は好きで、推理小説やビジネス本、自己啓発本なども読みますが、どうかなあ。何かしらのヒントにはなっているのかもしれません。
――商品開発で気をつけていること、心がけていることは?
お菓子はおいしくて見た目もきれい。でも、それだけでなく、食べるシチュエーションを考えて商品開発をしています。お客様が自社の商品を食べるシチュエーションにプラスアルファできるものをこれからも提供していきたいですね。
【プロフィール】
千切谷耕一郎
慶応義塾大学商学部卒業後、銀座和光に就職。時計売り場で販売・接客・仕入れなどを担当。4年勤めた後に2年間のアメリカ留学を経て地元・香川県に戻り、実家の「(株)春風堂」の工場を手伝う傍ら製菓を学ぶ。2001年に「フランス菓子工房 ラ・ファミーユ」を創業。現在は「(株)ちきりや」代表取締役社長。座右の銘は京セラの創業者・稲森和夫氏の言葉「人生・仕事の結果は、考え方×熱意×能力」。