圧倒的に早い! 進化する”タクシー配車アプリ”:読む「カンブリア宮殿」

公開: 更新: テレ東プラス

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タクシー王子と呼ばれた男~ 日本交通3代目の大改革

東京のタクシー初乗り料金が730円(2km)から410円(約1km)に値下げされたのは2017年1月のこと。以来、タクシーはグッと身近になり、短い距離を安く移動する、いわゆる「チョイ乗り」客が増えている。

変わったのは料金だけではない。最近、街でよく見かけるのが、タクシー会社各社が導入したワゴン型の「ジャパンタクシー」。現在、東京都内には1900台が配車され、街の中で存在感を示し始めている。

この車両をいち早く導入し、業界の牽引役を果たしているのが、桜に「N」のマークでおなじみの日本交通だ。保有する車両は7500台、乗務員は1万人といずれも日本最大級。売り上げは日本一の960億円を誇るタクシー業界のリーディング・カンパニーだ。

その本社は東京・紀尾井町にある。タクシーの予約・配車を行う部署では、1日に2万件、6秒に1台を配車している計算だ。そんな日本最大のタクシー会社を率いるのが日本交通会長・川鍋一朗(48)だ。
実は川鍋がカンブリア宮殿に出演するのはこれが2回目。前回は今から11年前、36歳の若さで業界最大手企業のトップとして出演した。創業家のイケメン3代目。当時は日本交通を継いでまだ2年という時期だった。日本交通はバブル期の無理な投資で1900億円もの負債を背負っていた。そのどん底にあった会社を立て直した男として登場したのだった。

「あの頃は会社が生き残ってホッとしていたときだったと思います。10年前は会社、現在は産業自体の攻防をかけた戦いだと思っています」(川鍋)

「ジャパンタクシー」が発表された時の映像がある。開発に当たったのはトヨタ。その豊田章男社長の横に川鍋の姿が。現在、川鍋は日本交通では会長に。それに加え、全国ハイヤー・タクシー連合会の会長という職にもつき、業界全体の改革に当たっている。新型車両の導入を決めたのも川鍋だった。

タクシーの利用者数は1970年をピークに右肩下がりが続く。その数は3分の1にまで減少した。業界全体が危機的状況となっているのだ。

「今が一番底という状態じゃないかと思います。長い間、売り上げも落ちています」(川鍋)

川鍋の危機感は強かった。そこで連合会の会長となった川鍋がやったのが、利用者を取り戻すための大改革。これまで上がり続けてきたタクシーの初乗り料金を初めて下げ、しかも410円という思い切った料金設定にしたのだ。これにはニューヨーク(約280円/約320m)やロンドン(約360円/約250m)といった、世界の都市に比べ高すぎた日本の初乗り料金を正す狙いもあった。

さらに川鍋は、もう一つの顔を持つようになった。日本交通に加え、3年前からベンチャー企業の経営も始めていた。それはIT会社で、スマートフォンで呼べるタクシーの配車アプリを開発。スマートフォンのGPS機能を使い、タクシー会社を特定せず、最も近くにいるタクシーを呼ぶことができる。電話で呼ぶより、タクシーが到着するのは圧倒的に早くなる。

このアプリは既に600万ダウンロードを突破。日本交通だけでなく、業界全体の利用者数の底上げに一役買っている。

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高齢者も妊婦も安心~進化する日本のタクシー

こうした状況を自ら作りながら、川鍋は日本交通の生き残り戦略も打ち出す。

「タクシーは『拾う時代』から『選ぶ時代』へ変わっていく。これをキーワードに取り組んでいます」(川鍋)

「選ばれるタクシー」になるために、川鍋はいろいろな手を打った。その一つが「サポートタクシー」だ。

サポートタクシーを待っていたのは山内宏さん(84)。腎臓が悪く、週に3度、病院に通っている。担当乗務員は川名英樹。山内さんの自宅へ送迎に向かうようになって3年になるという。サポートタクシーでは同じ乗務員のサービスが受けられる。気心が知れているだけでなく、乗務員は介護の資格も持っているから安心だ。病院に到着すると、川名はすぐに病院の車椅子を持ってきて、そのまま院内へとサポートする。

他にもガイドの資格を持つ乗務員が名所を回る「観光タクシー」や、付き添いのいない子供達を安全に目的地まで送り届ける「キッズタクシー」など、特定の便利なサービスを打ち出し、選ばれるようにしているのだ。極めつけとも言えるサービスが「陣痛タクシー」だ。
下坂栄里子さんは妊娠10ヵ月。予定日を1週間過ぎても陣痛が来ないため、これから出産する産院に向かうと言う。電話をした先は日本交通の無線配車センター。オペレーターのモニターには「陣痛」の文字が。出産予定日まで書いてある。これは妊婦さんが事前に自宅や入院する産院の情報を登録しておけば、どのお客より優先して配車してくれるというサービスだ。ほどなく下坂さん宅にタクシーが到着。現在、都内の妊婦さんの二人に一人は登録しているという。

こうした「選ばれるサービス」はライバル会社のモデルとなり、全国に広がっている。

「業界のリーダーとして、タクシーの明るい未来、黄金時代に向かって、業界全体を牽引していければいいなと思っています」(川鍋)

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創業家3代目の孤軍奮闘記~倒産危機からのV字回復

ある日、川鍋はとある墓地にいた。そこには日本交通の役員もズラリ。日本交通の創業者、川鍋の祖父・秋蔵の墓参りだった。日本交通は1928年、川鍋秋蔵が1台の車を使ったハイヤーの個人営業から始まった。
3代目の川鍋一朗は1970年生まれ。慶応大学を卒業後、アメリカに留学しMBAを取得。外資系コンサルタント会社、マッキンゼーを経て2000年、30歳で日本交通に入社した。

業界トップを走る大企業で思う存分働こうと思っていたのだが、会社はバブル時代に不動産投資などで失敗。1900億円もの負債を抱えて倒産寸前だった。

川鍋が専務の頃の映像が残っている。当時、役員達に危機感はなく、改革を進める川鍋に対して、怒号のような反対意見が浴びせされる。まさに四面楚歌での戦いだった。

川鍋は観光施設を含む22の関連会社を売却。さらに黒タクと呼ばれる車両に優秀な乗務員を乗せる高級路線や、都内各所に日本交通専用の乗り場を作るなどして、ライバルとの差別化を図った。

赤坂の一等地にあった自宅も売却。我が身を切って、日本交通の再建にあたった。川鍋の手腕で1900億円の負債は消え、会社はV字回復を果たした。

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「選ばれる」タクシーへ~業界No1の人材活用術

川鍋が今後、「選ばれるタクシー」として生き残るための鍵を握ると考えているのは、客と接する「乗務員」だ。

東京・北区の日本交通赤羽営業所で新人研修が行われていた。研修では真っ先に接客を教え込む。日本交通の乗務員の7割は中途採用が占める。接客の徹底は、研修で終わりではない。乗務員歴6ヵ月の柴田彩がロッカーにしまい、いつも確認しているのが、手のひらサイズの小冊子だ。

「『スタンダードマニュアル』です。これでダメなことを確認して実践しています」と言う。

「スタンダードマニュアル」に書かれているのは、お客さんが同じサービスを受けられるように川鍋が作った77の決め事。挨拶の文言に始まり、身だしなみも事細かに決まっている。「運転席周りにペットボトルは置いちゃダメ」「お守りをつけではダメ」というような項目も。

「ネイルをしちゃダメと。女性ならしたいという人もいると思いますが、ナビの操作などでお客様の目につくので、清潔にしないと」(柴田)

乗務員がマニュアルをちゃんと守るようにするための取り組みもある。乗務員がマニュアル通り接客しているか抜き打ちでチェックしているのだ。日本交通はこのチェックのために250人もの覆面調査員を動員。マニュアルの徹底を図っている。

さらに川鍋は、乗務員にやる気を出させる制度も作った。それは3段階のキャリアパス制度だ。最初は一般車両から。1年ほどキャリアを積み、会社に認められれば、黒いタクシーに乗る資格を得ることができる。「それだけで売り上げが一割上がります」(川鍋)という。

第2段階の黒タクを経て、キャリアの頂点に位置するのが「エキスパート・ドライバー・サービス」(EDS)。先ほどのサポートタクシーや観光タクシーといった専門的な能力が求められる乗務員だ。

「今、150人くらいでしょうか。全体の1、2%です」(川鍋)

乗務員・和泉行祐もその一人。東京シティガイドの検定に合格した観光タクシーのエキスパート・ドライバーだ。「こちらのビルの屋上は庭園になっていて、そこから東京駅の赤レンガを見ていただくと、非常にきれいに撮影できます」などと、穴場の撮影スポットまで熟知し、お客を楽しませている。
ここまでくれば、当然収入も上がる。やりがいとお金の両面から乗務員のやる気を引き出し、お客を満足させるのだ。

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今や学生に人気の就職先~タクシーの未来は変わる?

日本交通の来年度の新卒採用にエントリーした大学生が、去年の4倍と急増した。乗務員の新卒採用は6年前から。最初は6人だったが、年々、増え続けている。

人事部で新人の採用を担当するのが土屋真吾。実は6年前に新卒で採用された一期生だ。乗務員として現場で働き、4年前から会社の将来を左右する採用担当となった。今、タクシー業界のイメージは大きく変わっていると言う。

「当時からは想像もしなかった世界があるという感覚です。20代の就職先の選択肢にタクシー業界が入ったのが表れてきたと感じます」(土屋)

土屋は日本交通に興味を持ってもらう企画も実施。それは人気の自社サービス、「観光タクシー」の存在をインターンで入った学生に伝え、一緒に観光プランを作成するというもの。学生たちは喜んで考え、プレゼンするという。やる気のある学生が来ていると、手応えを感じている。

「乗務員という仕事に対して、いい方向にイメージが変わったという声を多くいただいています」(土屋)

2018年度の内定式。来年の春から日本交通で働こうという若者は164人。全員が大学生で、そのうちおよそ1割は女性だ。新卒者は乗務員から始め、その後会社の将来を担う仕事に就く。

会場では「女性でもバリバリ活躍できる仕事を探していまして、何かをやらせてくれる会社が日本交通だったので」「タクシー業界はまだまだ伸びしろがあると感じていました。自分が変えていきたいと思います」といった声が聞かれた。

日本交通は「エントリー数ランキング(運輸・倉庫部門)」で10位に挙げられている(「キャリタス就活2019」調べ)。そうそうたる企業が並ぶ中、タクシー会社では日本交通だけがベストテン入りを果たした。


村上龍の編集後記~
豪華列車や客船など、移動が手段ではなくサービスになっていき、カーシェアリングが普及し、トヨタがソフトバンクと組み、さらに自動運転も夢物語ではなくなってきた。

そんな状況で、川鍋さんは協力者・企業のネットワークをちゃんと持っているのだろうが、どういうわけか「孤軍奮闘」しているように見える。おそらく誰よりも、タクシーの可能性・未来を考え抜いているからだろう。

「寝ても覚めてもタクシーのことばかり考えている」 印象的な言葉だった。タクシー王子などと呼ばれていたが、今は伝道者の雰囲気が漂う。

<出演者略歴>
川鍋一朗(かわなべ・いちろう)1970年、東京都生まれ。慶應大学卒業後、アメリカの大学院でMBA取得。2000年、日本交通入社。2005年、代表取締役社長就任。2015年、代表取締役会長就任。2017年、全国タクシー・ハイヤー連合会会長就任。

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