お得な「旅クラブ」&こだわりの「駅ナカ」:読む「カンブリア宮殿」

公開: 更新: テレ東プラス

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栃木県大田原市。田舎道の先に、最近、突如として人気となったスポットがある。観光バスから続々と降りてくる客のお目当ては、木立の中にたたずむ美しい寺、雲巌寺。かの松尾芭蕉が「奥の細道」の旅で訪ねたという名刹だ。

一躍人気となったのには理由がある。吉永小百合さんが出演するJR東日本の会員サービス「大人の休日倶楽部」のCMで取り上げられたのだ。

今、この「大人の休日倶楽部」が大人気。会員向けのツアーに客が殺到している。急増する会員数は今や220万人を突破した。最大の魅力は圧倒的な安さだ。男性65歳以上、女性60歳以上なら、201キロ以上乗れば、JR東日本の全路線が3割引になる。

魅力的なツアーとその圧倒的な安さで、客を旅に連れ出し、どんどん鉄道に乗ってもらう。これがJR東日本の「大人の休日作戦」だ。
1987年、国鉄の分割民営化によって誕生したJR東日本。発足した会社の中では、東北の広大なエリアと首都圏を併せ持つ最も大きな規模で出発した。今、JR東日本が運ぶのは年間64億人。世界最大の鉄道会社なのだ。

しかも驚くべきは、民営化後の目を見張るような成長ぶり。当時、1兆5000億円だった年商は現在、3兆円に迫ろうとしている。いったい何で稼ぎを増やしているのか。東京駅の改札内にその秘密があった。東京駅ナカの地下にある「グランスタ」は、デパ地下のような混雑ぶりだ。

競合の多いエリアで、広い売り場に集客できるのには仕掛けがあった。それは人気商品のランキング「グランスタ杯」。売り場に並ぶ何百もの商品の中から客が選んだ本当においしいものをランキングにしてある。

「お客様に投票していただきました。お土産、雑貨など、各部門でランキングを決めています」(JR東日本グループ鉄道会館・平野邦彦社長)

ちなみに「グランスタ杯2018夏」お弁当部門は、第3位「つきぢ松露」の「松露サンド」、第2位「マンゴツリーキッチン ガパオ」の「鶏のガパオ弁当」、第1位は「とんかつ まい泉」の「ヒレカツとたまごのポケットサンド」だった。

ジャンルごとのランキングで買う気を誘う一方、JR東日本が徹底的にこだわるのが東京駅だけの限定商品。「グランスタ」に出店する全ての店に、限定品の開発を依頼しているという。例えば「ザ・メープルマニア」は、常設の店は日本で「グランスタ」にしかない絶品スイーツの店。一番人気の「メープルバームクーヘン」(2268円)は、焼いたザラメの食感が香ばしい、リピーター続出のおいしさだ。

「駅の中を利用される方に限定されるので、"食べやすい"ことや、"限定商品"で新しい味を提供していくことが大事になります」(平野氏)

鉄道会社とは思えない商業部門への攻めの姿勢で、JR東日本は実に年間5150億円を売り上げている。「グランスタ」は2020年を目指し、さらなる拡張工事を行っている。増えるのはテニスコート30面分。これでグランスタの面積は倍増する。

「地下1階にも改札ができるので便利になる。駅の回遊性が高まります」(平野氏)

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鉄道で街を変える~「攻める」世界最大の鉄道会社

そんな世界最大の鉄道会社を率いるのはJR東日本会長・冨田哲郎。その信条は「徹底して客目線に磨きをかければ、まだ鉄道には大きなチャンスがある」だ。

「お客様のご要望、ご期待がどんどんレベルアップしていますから、それに対して我々も現状に満足せずにレベルアップしていく。もっと多くの方に鉄道サービスを利用していただける可能性は十分あると思います」(冨田氏)

実際、JR東日本は本業の鉄道でも大胆に攻め、成功を収めてきた。例えば多摩川沿いに出現した高層マンションの街。この8年で乗降客が10万人近く増えた武蔵小杉だ。ここに引っ越してきた理由を「湘南新宿ラインがあるから便利」と言う人は多い。

武蔵小杉をJR東日本のドル箱に変えた湘南新宿ライン。それは北関東からの高崎線と宇都宮線を、新宿経由で湘南方面からの路線とつないだ全く新しいネットワーク。南武線と交差していた武蔵小杉に新たな湘南新宿ラインの駅を作ることで、どの方向にも便利な街へと一変させた。
しかし、湘南新宿ラインの開通には様々な壁があった。最大の難関は池袋駅の北側。当時、平面交差していた線路を、スムーズに運行できるよう変える必要があった。

「大規模な線路の切り替えは、ミスすると輸送障害につながりかねない。工事の中でも難易度は最高レベルだったと思います。チャレンジというより、必死でした」(当時の工事担当者・縄田晃樹)

隣を走る山手線などの路線の運行はそのままに、一つの事故もなく大規模な立体交差を作り上げるのは至難の技。結局、3年8ヵ月もの大工事を経て立体化を完成させた。便利な鉄道作りで新たな乗客をつかんだのは、北陸新幹線も同様だ。2015年の開業から3年。金沢駅には、毎日2万人の乗降客が新幹線で押し寄せている。

新たな人の動きで地元金沢にも変化があった。通りを入った路地にまで店ができ、観光客の姿が。甘味処「カフェ&ギャラリー三味」も最近出来た店。連日、客で大賑わいの店内では、「おちらし黒糖ゼリー」(400円)など、地元の産物を使ったオリジナルのスイーツで客をもてなしていた。

実家の町屋を改装して店を始めた店主の中屋幸子さんは「新幹線ができて、お客さんが嵐のように増えました。感謝です」と言う。

そして今、JR東日本が攻めるのが、2020年開業予定の山手線の新駅だ。隈研吾がデザインを手がける、世界への玄関口と位置付ける巨大開発。民営化から30年、攻めに攻め続けてきた冨田の、未来への一手だ。

「いよいよ新しい駅ができ、駅を中心に新しい街が発展する。どきどきします」(冨田)

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革新サービス続々~最悪鉄道会社の逆転劇

明石海峡で生まれたヒット商品がある。手がけるのは神戸市の「淡路屋」。おいしそうに煮ていたのは、明石海峡産のプリプリに身の引き締まったタコだ。醤油ベースの特製炊き込みご飯を陶器の容器に詰め、その上に様々な具材とともに自慢のタコを載せていく。明石名物の駅弁、「ひっぱりだこ飯」(1080円)だ。これが毎日のように空輸されていく先がJR東京駅。早朝5時半にオープンするJR東日本グループの「駅弁屋 祭」だ。

店が開くと同時に待っていた客が店内になだれ込む。全国津々浦々の200種類を扱う、 JR東日本が誇る駅弁の百貨店だ。ひっぱりだこ飯が飛ぶように売れていく。常に新しい駅弁を仕入れるなど、客が喜ぶ店作りにこだわり抜き、今や「祭」は1日1万食を売るまでになった。

そんなJR東日本が手がける客目線のサービスは他にもある。例えば新幹線の車内清掃。新幹線が折り返すわずかな時間で驚きの車内清掃を繰り広げる。世界的に知られる清掃チーム「テッセイ」だ。

顧客目線のサービスを徹底するJR東日本。しかし、かつてはその対極にあった。国鉄時代、毎年のように繰り返されたのは、労働組合が待遇改善のために行った大規模なストライキ。その結果、国鉄は、何万人もの利用者を置き去りにした。そんな光景を見つめていた一人が、入社したばかりの冨田だった。

「ストライキがあることでお客様の信頼を失い、お客様の数も減ってしまう。するとますます赤字も大きくなる。本当に悪循環だったと思います」

そんな国鉄が積み上げた莫大な債務はついに37兆円に。その一方で犠牲となったのが、地方の人々の足を支えてきたローカル線。採算が取れないと次々に廃止されていった。

当時、冨田が勤務していた九州の鳥栖駅では、九州各地から集まってきた貨物列車が、ストのせいで何日も足止めを食っていた。このままでは膨大な量のミカンが傷んでしまう。気が気ではなかった冨田。しかしその心配は無用だった。トラックが運んで行ったのだ。

「モータリゼーションが進んで、鉄道に頼らなくても物は運べるし、人の輸送も車や飛行機の時代になりつつあった。ショックを受けました。『こんなことではやっていけない』と」(冨田)

そんな危機感が、徹底した顧客目線のサービスを生むことになった。

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鉄道会社が起こした革命~6900万枚Suicaの秘密

鉄道会社のJR東日本が世の中を一変させたサービスがある。マクドナルドでも支払いに使われているSuica(スイカ)。今や多くの人が財布代わりに使う必需品となっている。
2001年、JR東日本がサービスを開始したSuica。当初は切符を買わずに電車に乗れるICカード乗車券として登場したが、今ではバスに乗れるのが当たり前なら、自動販売機で飲み物だって買える。

使える場所の広がりは尋常ではない。Suicaのサイトを見てみると、コンビニ各社、「ヨーカドー」に「イオン」、「ドン・キホーテ」に「ららぽーと」、ドラッグストアに様々な外食チェーン...日光東照宮でも使えるという。

今や6900万枚が流通し、生活に欠かせないカードとなっているSuica。実は、その躍進を支えたのが冨田だった。冨田は当時のことをスタジオでこう振り返っている。

「ICカードを乗車券として使う発想自体はかなり前から研究されていたのですが、お客様が改札を通るスピードは非常に速い。0.8秒以内に情報を読み取って新たな情報を書き込む技術が必要でした。電子マネーとしては、私が担当部長だったので、いろいろな企業に売り込みに行ったのですが、なかなかその利点が分からず、導入をためらう方が多かった。一番最初にSuicaに興味を持っていただけたのは、ファミリーマートの当時の社長で『話を聞きたい』と。そこからスタートしました」

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中央線の高架下で異変~おいしい店急増の理由

東京・武蔵野市。今、JR東日本が客の心をつかんでいるのが中央線の高架下。続々と魅力的な店をオープンさせているのだ。

例えば、客で賑わうちょっと変わったお好み焼きの店「六甲山」。「お好み焼きミックス」は1000円。ふわっとした食感を生むのはユニークな焼き方。生地で四方から具材を包み込み長方形に焼き上げる。これで中が、ふわふわになるのだ。

一方、家族連れに人気の、食事が評判の「カフェサカイ」。一度は食べたいのが「BLTEサンドイッチ」(972円)。地元で有名なパン屋に焼かせた、雑穀入りバゲットが絶妙なのだそう。

このモールの名は「ノノワ」。魅力的な店で、高架下を賑わいの通りに変貌させた。
「ノノワ」東小金井を作ってきたのが、客目線で日々店舗をまわる支配人の奥冨七重だ。ところが奥富は部屋に戻ると、今度は帽子をかぶって駅のホームへ。実は支配人の奥冨は一人二役。JR東小金井駅の駅長も務めているのだ。

「朝の通勤時間帯にはホームに立ちます。ショップが開店する10時ごろからはショップの巡回を行います」(奥冨)

奥冨が所属するのは、JR東日本が作った「中央ラインモール」という会社。8年前、中央線の三鷹~立川間を高架にしたのを機に設立。商業施設「ノノワ」と駅の運営を一体化して行うことで、今までにない客目線の駅を作るという試みだ。

JR武蔵境駅で「中央ラインモール」のイベント担当・出田直彦が仕掛けていたのは、地域の住民に駅のファンとなってもらうための取り組み。沿線のクラフトビールの醸造所10社を集めた飲み比べイベントだ。

「会場に来てくれた方に、次は奥多摩や高円寺の実際の店舗を訪れていただければ、沿線の活性化につながると思います」(出田)

駅全体が一丸となり、地元に愛される鉄道を作り出す。民営化30年、JR東日本の新たな挑戦だ。


~編集後記~
分割民営化後、各JRは鉄道以外の事業への取り組みを開始した。「駅を単なる乗降の場ではなく、いろいろなサービスの提供施設に」というのは共通していたが、世界最大の鉄道会社であるJR東日本の戦略は先端的で、スイカがそのことを象徴している。

非常に身近になり、知らない人はいないが、その開発とネットワーク化は、簡単ではなかった。切符を買う必要がないという利便性に加え、他企業とのネットワークが閾値を超えて拡大したとき、社会全体に革命的な変化が起こった。民営化がもたらした、真の、イノベーションだった。

<出演者略歴>
冨田哲郎(とみた・てつろう)1951年、東京都生まれ。1974年、東京大学卒業後、国鉄に入社。1987年、国鉄分割民営化、JR東日本入社。2012年、代表取締役社長に就任。2018年、取締役会長に就任。

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