スタバ1強時代に立ち向かう~猿田彦珈琲、新戦略の舞台裏!~:読んで分かる「カンブリア宮殿」

公開: 更新: テレ東プラス

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他の店とはまったく違う~客絶賛!人気カフェの秘密

東京・調布市。調布駅のそばにある猿田彦珈琲調布店。急拡大中のカフェチェーンで、店内はさまざまな世代の客でにぎわっている。

メニューには変わったものも。マロンクリームやリンゴのゼリーが積み重なったスイーツ「ジェラッテ」(830円)。シェイクすると「飲むパフェ」になる。「獺祭」が入ったアイスクリーム「日本酒 獺祭」(350円)も。口どけの後に日本酒が香る。

ただし、カフェの最大の特徴はコーヒーにある。客が「おいしい」と口をそろえるこの店のコーヒーは、入れ方からして他のチェーン店とまったく違う。

注文が入ると、まず1杯分のコーヒー豆を測り直前にひいて粉にする。「コーヒー豆はひいた瞬間から劣化が始まるので、一番いい状態でコーヒーを抽出するため」だと言う。

続いてドリップ。普通のチェーン店は機械でまとめて落とすが、猿田彦ではスタッフが湯を一杯ずつ手で注ぐ、「ハンドドリップ」。しかも湯はちょっとずつ「点滴抽出」と呼ぶやり方で、1杯に3分40秒もかけている。これで雑味が減るのだという。

仕上げはバリスタが味をチェック。気になったら「入れ直します。お客様に説明して時間をいただき、納得できない味のコーヒーは出さないようにしている」と言うのだ。

手間をたっぷりかけた「猿田彦フレンチ」は1杯500円。客は注文してから5分以上待つことになるが、満足度は高いという。

さらに大きなこだわりが、調布店の店舗の奥に見える焙煎室だ。コーヒーは豆の焼き具合で味がガラッと変わるため、猿田彦では全ての豆を自社焙煎している。

「繊細な香りの豆はその香りを生かしたいですし、コーヒー豆の持ち味を生かすことが大事だと思います」(焙煎責任者・都築尚徳)

猿田彦珈琲が扱う豆はおよそ300種類。その豆に合わせて焼き時間を1秒単位で変えて、個性を際立たせている。特に力を入れているのが、豆の焼き色が薄い浅煎りのコーヒー。焼き時間を短くすると苦味が抑えられ、その豆特有の香りなどが引き立つという。

取材中、店の味を左右する重要な瞬間にも立ちあった。今後1年間使っていくコーヒー豆の審査会だ。そこに並んだのは、仕入れ担当が買い付けた24種類のコーヒー豆。この中からブレンドせずに単一品種で提供する豆、いわゆるシングルコーヒーを選ぶのだ。

試飲ではドリップせず、湯を直接コーヒーの粉にかけ、上澄みを取り除く。このやり方のほうが香りや味わいを正確に比べられるという。選定に当たるのは、仕入れ、焙煎、バリスタ、それぞれの責任者3名だ。グレードの高い豆ばかりで、中には仕入れ価格で100グラム5000円などという代物も入っている。

審査会でバリスタの責任者を務めていたのが猿田彦珈琲代表・大塚朝之(40)だ。

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赤字経営からの逆転劇~人生を変えた異例の大抜擢

大塚が自分のチェーン店で目指すものは明確だ。

「『スターバックスコーヒー』の大ファンだからスターバックス1強、スターバックス帝国のようになったら嫌だなと思っていたから」(大塚)

大塚はシングルの浅煎りなど、いろいろな味わいのコーヒーを世に広めたいと猿田彦珈琲をつくった。始まりは10年前、JR恵比寿駅からほど近い小さな店舗だった。わずか8坪のこの店で理想を追い求めたが、オープン当初は大苦戦。毎月赤字で資金繰りに奔走する日々が続いた。

「恵比寿駅の改札を通るとおなかが痛くなるとか、最初の1年は本当にきつかった」(大塚)

だが、オープンから2年後、本人も驚く転機が訪れる。飲料界の大企業「日本コカ・コーラ」から大塚に名指しで声がかかった。缶コーヒーのリニューアルを手伝ってほしいと言うのだ。担当者の島岡芳和さんが猿田彦珈琲を飲んだのがきかっけだった。

「フローラルでやわらかいのに、味もしっかりしているのがとても新鮮な驚きで、こういうコーヒーを作れるといいなと思いました」(島岡さん)

大塚は当時、日本の清涼飲料ブランドでトップに君臨していた「ジョージア」の一つ、ヨーロピアンの監修を任されたのだ。リニューアルした缶コーヒーは大ヒット。その後「ヨーロピアン」は「香るシリーズ」と名前を変えたが、大塚の監修は続き、猿田彦珈琲の知名度は一躍アップした。

さらに大塚は、それまでとはまったく違う新しい店もつくった。東京・豊島区の猿田彦珈琲池袋店。大行列に並んでいる客のお目当ては自家製のパンだ。

パンを置いているカフェは珍しくないが、ここはこだわった焼きたてのパンばかり40種類。パンだけを買いにやってくる客もいるほどだ。

パンは店の奥にあるパン工房で焼いているので、焼きたてが提供できる。出来上がったパンはこの店だけでなく、関東一円の猿田彦珈琲にも運ばれていく。

この店をつくった大塚の狙いは、やはりコーヒーにあった。おいしいパンをきっかけに浅煎りコーヒーに接してもらい、ファンを増やそうと考えた。実際、売り上げはコーヒーの割合が増え、この夏には過去最高を記録した。

猿田彦珈琲の売り上げは右肩上がり。創業からわずか10年で国内17店舗、海外5店舗にまで増えた。

「コーヒーの楽しさを人に伝えたくなるぐらい魅力的なコーヒーがある。僕らがそのきっかけになればいいと思うようになりました」(大塚)

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俳優時代の「傷心と挫折」~スタバとの出会いで大復活

猿田彦珈琲が喫茶店激戦区の名古屋に初進出を果たした。「イオンモール名古屋ノリタケガーデン」にオープンした名古屋則武新町店だ。

オープンを翌日に控えた店舗に大塚がやってきた。現地採用のスタッフも揃っている。出店祝いの中には、名前のモチーフとなった猿田彦神社の花があった。

「猿田彦神社さんには、結婚式の引き出物に使ってもらったり、かわいがってもらっています」(大塚)

グランドオープン当日、店には多くの名古屋っ子が詰めかけ、上々の滑り出しとなった。

1981年、大塚は東京・調布市のごく平凡なサラリーマン家庭に生まれた。15歳から俳優の道を歩み出す。映画にも出演。2002年公開の『突入せよ!あさま山荘事件』では連合赤軍のメンバー役を演じ、カルビーのポテトチップスのCMにも抜擢された。

体当たりでいろいろな役を演じたが、次第に仕事は減り、オーディションを受けても落選が続く。大塚は精神的に追い込まれていった。

「大学に行くと、友人に『次は何をやる?』と聞かれて、悪気があって言っているわけではないけど僕にとってはプレッシャーで、オーディションにはほとんど落ちるので、自分の存在価値が分からなくなってしまったのです」(大塚)

そんな時、たまたま入ったのが実家の近くにあった「スターバックスコーヒー」。天気の話などではあったが、店員から気さくに話しかけられ、それがうれしくて毎日のように通うようになった。そして店員に勧められて、大塚は大学生にして初めてストレートコーヒーを飲んでみた。

「コーヒーを飲んで、『こんなに面白いんだ』と気づき、のめり込んでいきました」(大塚)

結局、俳優業には25歳で見切りをつけ、面白いと思ったコーヒーを知るべくコーヒー豆の専門店で働き始める。そして、その後の人生を左右する雑誌と出会う。それはヨーロッパのコーヒー文化を特集した一冊。その中にバリスタの世界チャンピオンが出している特別な「浅煎りコーヒー」が紹介されていた。

「その方が一つの農園のすごい豆のコーヒーを500円ぐらいで販売していて、こういうコーヒー店が日本にあれば面白いと思ったのがきっかけです」(大塚)

大塚は自分の店を持つべくコーヒーの名店を巡り、修業を始める。その一軒が東京・世田谷の「堀口珈琲」世田谷店。コーヒー業界でも一目置かれるハンドドリップの店で、大塚はその技術を自分のものにしようと通い詰めたと言う。

「(大塚は)当時、カウンターから乗り出してドリップを見ていた。目がキラキラして、なぜこの人はこんなにコーヒーに熱いんだろうと思いました」(「堀口珈琲」大瀧雅章さん)

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少しでも多くの客にこの味を~常識を打ち破るメニューも

理想とするコーヒーを形にした猿田彦珈琲をオープンしてからも、コーヒーへの思いはさらに広がっている。

「僕自身がコーヒーを飲んで、ささやかだけど『いい時間、人生だな』と思えたので、そういう体験をしてもらえたらいいなと考えています」(大塚)

もっとこのコーヒーに気づいてほしいと、自分の店舗だけでなく、スーパーやコンビニでコーヒー豆の販売を始めた。さらに本格派の味を詰めたペットボトルタイプの「猿田彦チルドコーヒー」(238円~)や、ドリッパーの要らないティーバッグタイプの「コーヒーバッグ」(5個セット、860円)も開発した。

去年、新たな挑戦にも乗り出した。東京・渋谷区の「ザ・ブリッジ」原宿駅店。これまでの常識では計れない新感覚のコーヒー「バレルエイジド」(770円)を出している。ウイスキー造りに使われていた樽を買い付け、そこに焙煎前のコーヒー豆を2週間入れて香りを移しているのだ。

「ウイスキーの香りだけでなく、豆によってはバニラ、赤ワイン、カシスなど、本来の豆の特徴以上の化学反応が起こるんです」(店舗運営部・小澤恵美)

豆に香りをつけるのは業界ではタブーとされてきた。そんな固定概念を壊し、新たな味を生み出しているのだ。

※価格は放送時の金額です。

村上龍の編集後記~
2011年6月にオープンした「たった1杯で幸せになるコーヒー屋」。2014年の春、店の常連客は驚きの声を。店主が大手飲料メーカーの缶コーヒーの監修を行い、テレビCMに登場したのだ。実は、大塚さんは、その企画に参加すべきか、迷ったらしい。その迷いが猿田彦珈琲の本質だ。果たしてこれでいいのか、という迷いが、コーヒーの味につながっている。いただいたコーヒーは、表現できない味だった。和風ですね、そう言ったが、もっと深い味だった。

<出演者略歴>
大塚朝之(おおつか・ともゆき)1981年、東京都生まれ。2004年、法政大学卒業。2007年、コーヒー専門店「南蛮屋」に勤務。2011年、猿田彦珈琲を創業。

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