Jリーグ理事に就任、佐伯夕利子がビジャレアルで得たものとは?

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佐伯夕利子
佐伯夕利子

約20年にわたりスペインサッカーの最前線で活躍し、今年3月からJリーグ理事を務めている佐伯夕利子が、10月31日放送のサッカー番組『FOOT×BRAIN』(テレビ東京系、毎週土曜24:20~)にゲスト出演。ビジャレアル全面協力のもと、クラブの大改革や哲学に迫った。

1973年に父親の仕事の都合でテヘラン(イラン)に生まれ、福岡で過ごした小学生時代にサッカーと出会ったという佐伯。1992年にマドリード(スペイン)に移住してからは女子チームに所属し、その頃からサッカーで生計を立てたいと考えていた。そして18歳になると、スペインサッカー協会のライセンススクールの受講において、年齢や国籍、女性であることは問題ないかを問い合わせた。すると年齢や国籍に問題はなく、性別に至っては「質問の意図がわからない」と言われたという。佐伯は「男性社会のサッカー界で、女性であることは基本条件を満たしていないのではないかと閉鎖的に考えていたのですが、この時、この国でなら生きていける」と思い、自身の未来を描くことができたと明かした。

2003年、およそ10年の歳月をかけて指導者の最高峰「ナショナル・ライセンス」を取得し、男子3部リーグ所属のプエルタ・ボニータの助監督に就任。チームの低迷による監督解任を受け、スペインの男子リーグ史上初となる女性監督デビュー。「初戦は久々の勝利を挙げ、それで新聞にも持ち上げられたと思うのですが、残り3試合は2敗1分けくらいで、4週間ほどで私も解任になったという結末です」と当時を振り返った。

その後は、アトレチコ・マドリード女子B監督やバレンシア強化執行部とトップクラブを渡り歩き、2008年にビジャレアルへ。そこで経験したのが、世界中が注目する斬新な指導改革だった。佐伯はスペインの特徴として「レアルマドリードやバルセロナという超・超・超ビッグクラブとは、勝ち負けである競技力だけで勝負するのは不可能」と語り、ビジャレアルは「選手のバリューを高めることが目標」と説明。「特に大事にしているのが1つのフットボールスタイルの型にはめてしまい、それしかできない選手を作るのではなく、どの国のどのクラブに行っても適応できる能力を養っていくこと」と話した。

改革のきっかけとなったのは2012年の2部降格。財政面で苦境に立つ中、クラブオーナーのフェルナンド・ロッチが「絶対に削るな」と指示したのが育成の予算。そこからビジャレアルは真の育成型クラブを目指し一丸となった。スペインでは、豊富な資金で選手を獲得する「買いクラブ」と、選手を育て移籍金を取る「売りクラブ」が明確で、ビジャレアルは「売りクラブ」に属する。そのため時間やエネルギー、ノウハウ、愛情を全力で選手に注ぎ、さらに指導者の育成など、人を育てることで持続性を持つことをコンセプトにしている。その結果、昨シーズンはトップチームの25人中11人が下部組織出身。さらにU-15からA代表まで全カテゴリーに代表選手を輩出するまでになった。

実際、ビジャレアルはどのようなクラブなのか。人口5万人の小さな街に合計10面のピッチ、オフィス棟、約100名が生活する育成選手の寮など豪華施設が並ぶ。ビッチのわきにポツンと建つ、かつてクラブハウスとして使われていた一軒家は、会長から「始まりを忘れないために取り壊すな」との言葉で残されるなど伝統も重んじている。

選手寮は部屋からトップチームの練習が繰り広げられるピッチを一望することができる。さらに、選手が自身のプレー動画を編集・分析する部屋があり、学習室だけでなく補修するための教師も雇っている。コロナ禍以前は、食堂をトップチームも利用。生活レベルからプロ意識に接することができる。ユースコーチ室も併設され活発な議論が交わされている。

一方で、練習法に目を向けると文書化されたメソッドがないことが判明。佐伯は「フットボールの変化の速度がものスゴく速いため、その冊子を作っている間に古くなっている」と述べ、指導者がパソコンで動画編集や資料作成に時間や労力を費やしても、その間は選手に向き合えていないことに疑問を持ち、選手との対話を重視する方針に転換。そして、辿り着いたのが“教えない指導”だという。

「選手にインプットしてそれを体現してもらうことを何十年も繰り返してきましたが、もう一歩進化させ、教えるのではなく学ぶ、さらに学び合うことにフォーカスを当てています」と説明。120人のコーチ全員で選手とのコミュニケーションを徹底討論し、現在は押し付けではなく、今のプレーをどう思うか問いかける指導を行っている。

さらに寮に隣接する中学校・高校との連携も強化。今までサッカー選手としての姿しか見てこなかったが、生徒としての姿など、子供たちを構成する要素を多面的に捉えなければならないと考えた。そこで、学校の先生と子供たちの情報をリアルタイムで伝えあえるシステムを構築。例えば、学校での出来事を伝えることで、練習中にふてくされていても、その原因を掴めるようになったという。

スペインを通してサッカーを見てきたが佐伯が、最後にJリーグにも言及。間違いなく「シャレン! Jリーグ社会連携」はスゴいと語り「もっと世界に胸を張って良いといつも思っています。地域に根付いて、社会課題にコミットし、地域の方々と手を取り合いながらフットボールを通じてより良い社会にしていくというコンセプトを確信として持っている。これはとにかく素晴らしい事」と話した。

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