林家木久扇、田中角栄元首相から「帰れ!」極秘ラーメン会談を告白

公開: 更新:

林家木久扇が、10月9日に放送された『チマタの噺』(テレビ東京系、毎週火曜24:12~)に出演。田中角栄元首相とのマル秘エピソードをものまね交じりで披露した。

1982年に木久扇は横山やすしさんと「全国ラーメン党」を結成。会長は木久扇で、副会長がやすしさんだった。そこで、中国でもラーメン店をやりたいと思っていた木久扇が、田中元首相に直談判しに行ったという。やすしさんに「何か持って行った方がいいか?」と相談すると「あの人は3億円以下のものは受け取らへんで」と言われ、手ぶらで田中元首相の元へ向かったそう。

田中元首相のいる部屋に入ると、秘書はそそくさと出て行ってしまい、2人きりで対峙する形に。当時の様子について木久扇は「正面に座ってらっしゃるんですけど、後ろから朝の光が差し込んで黒い影になっていて、顔が全然見えなかった」と回顧。挨拶をし、中国でラーメン店を出したい旨を相談するも「入口のところで小さい声でなにか言われても聞こえないでしょう。こっち入って」と先制パンチを打たれてしまう。木久扇は笑わせなければと思いジョークを飛ばしたが「要件は簡略に」と全然ウケなかったと振り返った。

結局、田中元首相からは「『日中国交正常化』は私がやりました。あの頃は毛沢東や周恩来もおって握手をした時の掌も覚えています。中国に行けば友人もたくさんおりますが、私が中国に行ったのはラーメンを食べに行ったわけじゃないの。帰れ!」と怒られてしまったという。

沈黙の中、木久扇は「申し遅れましたけど」と前置きし、「ラーメン党には党員が1万名おります」と隠していた事実を告白。すると田中元首相の態度がコロリと変わり「党員が1万人いるということは有権者が1万名いるということ。私のことを応援してくれますか?」と返されたとのこと。

こうして田中元首相の計らいで中国でラーメン店を経営するプロジェクトが進行したが、単価の関係や「天安門事件」(1989年)が起こり、頓挫してしまったことを明かした。最後に木久扇は「落語家だから下げがついた。ラーメンの出前は『てんやもん』でしょ?」とオチをつけ、MCの笑福亭鶴瓶を笑わせた。

PICK UP