元男闘呼組のリーダー前田耕陽が“エア演奏疑惑”の真相を激白

公開: 更新:

ジャニーズ事務所のロックバンド「男闘呼組」のメンバーとして活躍した前田耕陽(47歳)が、3月24日(木)に放送された『ヨソで言わんとい亭~ココだけの話が聞ける(秘)料亭~』(テレビ東京系列、毎週木曜23:58~)に出演。アイドル時代の“激ヤバ裏話”と再婚秘話を赤裸々に語った。

■デビューのきっかけは女の子のいたずら!?
前田耕陽がリーダーを務めていた「男闘呼組」は、ジャニーズのグループとしては珍しいロックバンド。「DAYBREAK」や「TIME ZONE」などのヒット曲を連発し、大ブレイクした。

前田がジャニーズ事務所に入ったのは中学時代。当時通っていた学校の女の子が男子全員の履歴書、約150枚ぐらいを事務所に送ったとか。もちろん、誰も受からないだろうと思われていたが「たまたま、僕が受かってしまった(笑)」と、驚きのエピソードを告白。

その後、前田にジャニー喜多川から電話が。「当時は“ジャニー”が誰だが分からないから、“どちらのジャニーさんですか”って聞いたら“今、トシちゃん(田原俊彦)のコンサートをやってるから新宿まで来い”って言われたんです。そして、コンサートを観終わった後に、ジャニーさんから“今度こういうグループを作ろうと思うんだけど、ヤル気はないか?”って誘われたのが、後の男闘呼組だったんです」とデビュー秘話を語った。小学校の時にピアノを習ったことがあるという話をした前田はキーボードを担当。グループのメンバーとして活動することに。

■デビュー当時は毎日缶詰状態
学校が終わると楽器の練習をしていた前田は、毎日スタジオ通い。「夜の10時から朝の5時まで練習。外から鍵をかけられていました(笑)」と、ほぼ缶詰状態だったことを笑いながら振り返った。楽器は、基本的に独学。メンバーたちといろいろな音楽を聴いたりしながら、自分たちで習得していったという。

■エア演奏疑惑
ロックバンドとしてデビューした男闘呼組だが、世間からは“演奏していないんじゃないか?”という疑惑を常に持たれていた。そのことを聞かれた前田は「当時はよく言われました。でも、決して上手くはないけどみんな弾いていましたよ」と、エア演奏疑惑を否定。しかし……「大磯ロングビーチのサマフェスで、僕らの出番の時に電源が落ちたんです。一生懸命演奏しているのに音が出ないから“やっぱり、アイツら弾いてなかったよ”って言われてしまいました(笑)」と、とんだ災難に見舞われた思い出話を語った。

■アイドルなのに激太り
デビューして、人気者になった前田は自由に使えるお金が増えたこともあり、朝まで飲み歩くこともしばしば。お腹が空いても開いている店は限られてくるため「毎日、焼き肉ばかり食べていた」と語るように、不摂生な生活を続けていた。当然、体重は増加する一方。デビュー当時は56kgだったが、グループを辞める頃には72kgに! MCの名倉潤から「テレビで観ていて分かってましたよ」と言われた前田は「自分だと毎日観てるから気づかないんだよね」と苦笑い。

■気になるギャラ事情
男闘呼組のギャラは結成当時から歩合制。遊ぶ時間がないため、決して派手な生活は送っていなかったが、一年ごとに住む家を替えて、車も次々と乗り換えていったという。支払いはいつもキャッシュ。ちなみに、MAX年収は約3000万円だったとか

■前田耕陽の現在
男闘呼組は、結成から約10年経った1993年に活動休止。ソロになってドラマやバラエティなどで活躍している前田は、2006年に吉本興業の芸人・海原ともこ(44歳)とできちゃった再婚。関西の朝の情報番組に月1ゲストとして出演していた時に、食事会などを通して親しくなったとか。プロポーズは「お互い二回目なので、キメた感じのものではなく“ちょっと俺の子ども作ってくんない?”って言いました」と、飾らない言葉で愛の告白をしたという。

この日は他に、かつてオネエ系タレントとして一世を風靡した山咲トオルが壮絶なイジメ体験を、ジャイアント白田は大食いバトルの裏話を暴露した。

PICK UP