「杉野遥亮でやくざモノ一本撮りたいなってくらい、豹変ぶりが面白い」小林勇貴監督インタビュー『スカム』

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杉野遥亮が主演を務めるドラマ『スカム』(MBS、毎週日曜24:50~/TBS、毎週火曜25:28~ ほか)。このほど、小林勇貴監督が映像化に至った経緯や主人公・草野誠実を演じる杉野の役者としての可能性、そして意外な素顔を語った。

累計被害総額約5000億円! 振り込め詐欺に手を染める若者たちの姿をオリジナルストーリーでドラマ化した『スカム』(タイトルの「スカム」は、英訳すると「詐欺」「人間のクズ」)。週刊モーニングで連載中の「ギャングース」の共同原作者を務め、「犯罪現場の貧困」「犯罪する側の論理」をテーマに取材活動を続けるルポライター・鈴木大介が巨大犯罪・振り込め詐欺に従事する若者たちの実態を取材した「老人喰い」が原案。社会的要因により振り込め詐欺に手を染めざるを得なかった若者たちのドラマを克明に描きながら、「世代間格差」という現代日本が抱える社会問題を突きつける社会派詐欺エンターテインメントとなっている。

舞台は、リーマン・ブラザーズの経営破綻により日本でも多くの失業者が生まれ、若者の貧困率が高齢者を大きく上回るなど「世代間格差」という言葉が取りざたされた2008年の東京近郊。振り込め詐欺の巧妙な手口や、民間企業以上の規律で運営される詐欺組織の実態を交えながら、様々な動機で振り込め詐欺に手を染めていく若者たちの“転落”模様を描いていく。

――『スカム』映像化の経緯について、教えてください。

『全員死刑』という映画を撮った後に、原プロデューサーが「ご飯行きましょう」と誘ってくれて。その時に話をしたのがきっかけです。僕は普段から、撮りたい企画をまとめたファイルをいつも持ち歩いていて、それを見てもらったんですね。そしたら「え、これは!!」と言われたのが鈴木大介先生の「振り込め詐欺犯罪結社」とか「老人喰い」映像化の企画書でした。「それ、僕の企画書の中でも一番、人生で絶対にやりたいものなんですよ」って言ったら、「俺もこの本大好きで、絶対やりたいんだ」って言ってくれたところからのスタートでした。それが今から2年前ですね。

――そこからのいきさつは?

まず原プロデューサーと僕で、ホワイトボードを使って、どうなったら面白いか、1話ずつ作っていきましたね。あれこれと12時間くらいかけて。1日でストーリーの大筋を作ったんです。例えばドラマで、戸塚純貴君(田中祥太郎 役)は途中でいなくなるんですけど、バディものなのに第1話で相棒がいなくなったら面白い、みたいにアイデアを出していくっていう作業をひたすらやりましたね。そこから原プロデューサーがプロットにしていきました。

――「老人喰い」を映像化したいと思った理由についてお聞かせください。

この本を初めて読んだのが専門学校を卒業して、デザイナーとして働いていたときだったんです。給料も低くて、毎日へとへとで働いてて。明らかに貧困層の若者の一人でした。そんな時にこの本を読みました。本では、「自分も貧困層なのに、他人に対して厳しい人が多い」「救いの手を差し伸べる国の制度があればいいという意見に対して反発する貧困層の人が多い、君はどうしてそんなに酷いことが言えるのか」といったことが記されていて、まさに僕もその一人だったので、当時かなりショックを受けたし、感動もしました。そこから映画監督になって、自主映画を撮り始めました。周囲からの圧とか、他人からいいようにされることへの反発を基盤に撮っていたら、それを面白がられて、商業デビューすることになりました。だから、「老人喰い」が自分のスタート地点にあったものなんです。鈴木先生の本を読んで、僕自身が、初めて“人”になれた、“成人”したと思っています。だからこそ、これを撮りたい。生涯思い続けてもいい作品はこれだと思っていました。

――原案の鈴木大介さんと会った時のエピソードをお聞かせください。

原プロデューサーと一緒に初めてお会いしたときは、ひたすら質問をしましたね。ファンとして(笑)。鈴木先生も一つひとつ、丁寧に返してくださって。その次に会ったのが、この作品が正式に決まって、主演も決まって、初めての台本の読み合わせのときでした。最初は出演者たちと台本を読みながら、詐欺のシーンの練習をしてたんですね、「いやみんな立ったほうがいい」とか「一か所に集まったほうがいい」とか。その様子を鈴木先生が見ていて。その時に思ったんです、台本読むのやめようって。詐欺の現場を演じるってなったら、キレ役だったらもう勢いでずっとキレ続けていけないし、そのキレ続けてる人を警察は止めるだろうし。そういう状況が目の前にあるから、もう一人はお母さんに電話をかけながら泣いてる。みんなの思惑がそれぞれあって、そんな芝居を打つんだから、台本にある言葉を一言一句間違わずに演じている場合じゃないなと。それでやってみたんですね、台本なしでもう暴れるように芝居を。そしたら部屋の温度が一気に上がって。それを見てた鈴木先生が「上手すぎるね。役者さんがやるとこんなにうまいんだ」って。鈴木先生が目撃し続けた事件と、こっちが演じながら作り上げた事件とが結び合ったんだって。その瞬間に、今までファンだった自分が鈴木先生の共犯者になったという実感が湧きました。読み合わせが終わった後、鈴木先生が詐欺から足を洗った子たちはみんな廃人になっちゃうんだよね、っていう話をしてくれて。あまりにもアドレナリンが出すぎる現場を知っているせいで、普通の仕事じゃ物足りなくて、廃人になってしまうんだと。その時俺が「それって活発な廃人ってことですか」って言ったんですね。そしたら先生が「まさにそう!」って言ってくれて。その時に、今までは本の中で文字として見てきたものを映像化したことで鈴木先生のイメージが具体的に頭の中でイメージできるようになったんだなと。それが自信にもなって。『スカム』やるぞ! っていう気持ちになりました。

――“俳優・杉野遥亮”についてお伺いしたいです。まず、杉野さんを草野誠実役に起用した理由は?

若者たちが振り込め詐欺に手を染めていくというこのテーマに反発がありますよね、必ず。気持ちはわかっても、賛成出来ない人のほうが多いじゃないですか。しかもそれを娯楽にする。このドラマをお客さんは色々と引っ掛かりながら見ていくと思うんです。その時に、草野誠実っていう役に対して不安があって。お客さんの不満点が主人公・草野誠実に全部集中しちゃうんじゃないかと。それが、杉野遥亮に初めて会った時に、この人が草野をやるなら大丈夫なんじゃないかっていう気がすごくしました。あの声の感じ。嘘は絶対言わないような。自分が本当に思ってることを回転の早い頭で、言葉を選びながら、しかも感情も多分に入れて話すんですよ。かなりの人情家なので。頭はすごく切れるし、感情もすごく出る。そのアンバランスさに、この人なら大丈夫なんじゃないかっていう気がすごくして。僕もこの子が詐欺をやり、堕ちていき、それでも頑張って生きていく姿が見たいなって。その姿に多分笑ってしまうし、でも笑ってしまったあとに怖くなるだろうな、この子が詐欺やるなんてって。これはもう、彼にしかできないなって思いました。

――撮影を続ける中で、俳優としての成長を感じる場面はありましたか?

変化は感じましたね。草野を演じる杉野遥亮から、草野誠実なのか、杉野遥亮なのか、どちらか分からなくなってくる瞬間が物語中盤頃からありました。でもそれは、成長というより彼自身が持っているものだと思います。

――杉野さんはインタビューで(草野が逮捕される)大事なシーンの撮影前日、監督に電話をかけたが、監督は出なかったとおっしゃっていました。それはどうしてでしょうか?

電話が鳴ったその瞬間に、彼がかけてきたのかなって思ったんですよ。そしたらやっぱり携帯に「遥亮」って表示されて。その前も、クレーンのシーンとか大事な撮影の前の晩に飲んだことがあって。このシーンの前もきっと今日飲みに行こうって言われるか、電話がくるかどっちかだなって思っていて。そしたらやっぱり電話がきて。次に思ったのがこの人何コール目で切るのかなって(笑)。電話に出なかった理由は、ここで話をしたところで裏目以外の何になる、と思ったからです。撮影当日、実際にパトカーを見て、警察の姿を見て、誠実の気持ちをどう演じるのか。その時にまだ何かわからないことがあったら、言ってくれればいいかなって。まだそのタイミングじゃないのかなって。今話すことはないし、俺の印象とかを話したところで邪魔にしかならないなって。今二人で話したら、鬱憤とか怒りとかが解消されちゃうだろうし。そういうもの、貯めていこうやと(笑)。

――監督の思いは彼にも伝わっていましたか?

そうですね。その次の日、彼に「昨日出なかっただけでしょ」って言われて。「そうだよ」って。「今日決まることが全部だから」って。一緒に飲んだりして、向こうも僕の考えは散々わかってるんで。「それはわかるけど、出なかったことがムカつく」って言われました(笑)。

――吉沢亮さん主演のドラマ『GIVER 復讐の贈与者』や間宮祥太朗さん主演の映画『全員死刑』など俳優たちの新たな一面にフォーカスを当てた起用の仕方をされていますが、杉野さんを今回起用するにあたって監督が意識したことはありますか?

杉野遥亮が間宮くん、吉沢くんと大きく違うのは草野誠実っていう役を演じること自体ですね。(間宮祥太郎が演じた)タカノリはやくざの息子で、(吉沢亮が演じた)義波は生まれつき感情がないしで、どちらも最初からものすごいアウトローな役。でも草野は、最初はただ就活を頑張っていた人で、それがだんだんと悪の詐欺師になっていく役。そこはかなり意識しましたね。草野がじっくり変わっていき、特に後半になってくるとこんな顔するのっていう顔をするんですよ。やくざモノ一本撮りたいなってくらい。その豹変ぶりが、1話から見ていた人からすれば想像もつかないくらいの変貌が一つ面白いところでもありますね。

――そこは杉野さんを監督が追い込んでいったんでしょうか?

彼自身ですね。僕、不良になっていく演技に対してよく口を出すことが多いんですけど、今回それはあまりなくて。彼自身、すさんでいく演技に対してすごく共感能力が高いんです。怒り方とかにらみ方とか。

――『スカム』で成し遂げたかった・やり遂げたかったことは何ですか?

技術の話になってくるんですけど、カット数がなるべく少ないものが理想でした。例えばスピルバーグとかヒッチコックは、いかに人を動かすかで作品を撮っていると思っていて。カメラ一個置いてあるだけなのに、人を動かすことで4カットくらい撮る。そういうものが理想で、いかにスタッフの労力をかけずに画を変えるか、は意識して撮影しました。スピルバーグはすごい早撮りで、夕飯はちゃんと家に帰って家族と食べるって聞いて。僕も使うかどうかわからないカットはあまり撮らないようにしたい。しかもカットが少なくてスタッフが楽してると作品がつまらなくなるかっていったら全然そんなことはなくて。むしろ1個のカットの中にアイデアが詰まった密度の濃いものが撮れる。それは映画の歴史が証明していて。アイデア盛り込んで濃いカットが撮れて、みんなも早く帰れる、っていうのが一番良いなと。そういうのが、労働環境としての小林組の理想でした。

――最終回に向けて物語が加速していきますが、監督としてここは見てほしいというポイントを教えてください。

芝居で言えば、杉野遥亮の表情に注目してもらいたいです。伝えたいけど伝わらない、何かと何かの感情の合間。これを言うことができなかったとか、こうしたいのにできなかったとか、どうしようもなくて人が感情をかき乱されてる感情がすごく顔に出ていて。合間合間の感情を表現するのが彼すごくうまいので。彼がこの後どうなっていくのか、この詐欺野郎の青春に一体どんな決着がつくのか、つかないのかっていうところに、お客さんも一緒に振り回されてほしいなと思います。

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