「松本穂香はすずそのもの」平成最後の夏、『この世界の片隅に』は我々になにを伝えようとしているのか

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こうの史代の大人気コミックを日曜劇場で実写ドラマ化した『この世界の片隅に』(TBS系、毎週日曜21:00~)が7月15日よりスタートする。太平洋戦争の最中、広島県の江波から呉へと嫁いだヒロイン・すずの数奇な運命を描いた本作。いったいどんなテイストに仕上がっているのだろうか。

平成最後の年の夏、歴史ある日曜劇場の枠で放送されるのは、1人の平凡な女性の日常を綴りながら、戦時中の厳しい閉塞感を描いた『この世界の片隅に』だ。

この題材について佐野亜裕美プロデューサーは「近年は王道のエンターテインメント作品が多かったですが、『天皇の料理番』や『とんび』など、じっくり人間を描くラインも日曜劇場にはあります」と説明すると「不条理に奪われていく日常をシビアに描くことで、逆説的に日常の大切さを実感できる。その意味で、逃げずに正面から向き合っていきたい」と意気込みを語る。

こうのの『この世界の片隅に』と言えば、2016年にアニメ映画化され、数々の映画賞を受賞するなど大いなるヒットを遂げた作品だが、今回は実写化、しかも連続ドラマとして尺も長い。ドラマオリジナルの部分として、まず挙げられるのが現代パートだ。第1話の冒頭は、2018年から始まる。つまり、約70年前の時代を描きつつも、“現代劇”として表現しているのだ。

この点について佐野プロデューサーは「現代からの視点を入れることで、より戦時中が浮き彫りになり、現代に繋がる問題点も描ける」と理由を説明している。現代パートを務めるのは、女優の榮倉奈々と、古舘佑太郎。現時点で、すずとの関係性は明らかになっていないが、戦時中の呉と、視聴者を繋ぐ重要な役割を果たすことになるだろう。

約3000人のオーディションの中からすず役を得たのは女優・松本穂香だ。5度に渡るオーディションを重ねるなか、演技のうまさよりは、戦時中ながら、日常をマイペースに生きた“すず”の本質にどれだけ近いものを持っているかが最大のポイントだったという。動乱期に身を置きつつも、常に自身のペースで物事を見るキャラクターは「作りすぎると嫌われる」という危険性が伴う。

そんななか、佐野プロデューサーは、マイペースで天然に近いすずを「演じるというよりは、すずそのものがいるように感じられた」と松本を賞賛する。実際、第1話で登場した彼女の仕草や佇まいを見ていると、70年前にタイムスリップしているかのように感じられるほど、その時代になじんでいる。

松本以外のキャストも、すずの夫役となる周作には松坂桃李、周作の姉・径子役に尾野真千子、すずがほのかな恋心を寄せる幼なじみ・水原哲役に村上虹郎、すずの母親役に仙道敦子、祖母役に宮本信子など実力派が顔を揃える。

第1話では、すずが生まれ育った広島市江波の家族の風景、幼少期にあった、その後の運命を引き寄せるような出来事、幼なじみである哲との微妙な関係、そして呉に嫁いでいくまでの昭和8年から18年までの10年間が描かれている。すでに太平洋戦争に突入し、暗い影が迫っているなか、すずにはその現実はまだ実感としてない。いわゆる“普段の日常”だ。

今後、物語はよりシビアな展開もあり待ち受ける運命は過酷なものだ。前述したように、佐野プロデューサーは「逃げずに正面から向き合っていく」と話していたが、一方で「やはり日曜日の夜なので、月曜日から前向きになれるようなテイストはしっかり込めたい」とも語る。

平成最後の夏に描かれる太平洋戦争を題材にした本作は、我々にどんなことを気づかせてくれるのだろうか。最後まで、しっかりと“すずさん”を見届けていきたい。

(文・磯部正和)

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