4人に1人の男性が不妊リスクを抱える「不妊大国ニッポン」その原因は何なのか?NNNドキュメント‘19『私の夫は“無精子症”』の担当ディレクターに聞く

公開: 更新: 読みテレ
4人に1人の男性が不妊リスクを抱える「不妊大国ニッポン」その原因は何なのか?NNNドキュメント‘19『私の夫は“無精子症”』の担当ディレクターに聞く

今や日本が「不妊大国」であることをご存知だろうか。厚生労働省によれば、5.5組に1組の夫婦が不妊の検査や治療を受けている(または受けた経験がある)という。

そんな中で今、にわかに注目されているのが「男性不妊」。

これまで不妊の原因と言えば、“女性にあるもの”というイメージが強かったが、実はその半分は男性にあるということが、ここへ来て少しずつだが認知されつつある。精子の数などが自然妊娠するための基準値に満たず、不妊リスクを抱える日本人男性は4人に1人。精液の中に精子がいない「無精子症」と診断される男性も100人に1人から100人に2人に増加しつつある。

では、なぜ男性不妊は増えているのか。そして治療現場の実際とは? 11月3日に放送された、NNNドキュメント‘19『私の夫は“無精子症”』で、男性不妊に悩む2組の夫婦に密着した橋本雅之ディレクターに聞いた。

【取材/文:井出 尚志】

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--まず取材にあたることになった理由から教えてください。

「きっかけは実際に不妊で悩んでいるご夫婦が知人にいたことです。結婚されて数年経つんですが、なかなか子どもに恵まれず、不妊検査に行ったところ原因が旦那さんにあることがわかりました。その時は僕も“不妊と言えば女性のもの”という認識でしたから、『えっ、旦那さんに?』と驚いたんです。そこで調べてみると、“男性のみに原因がある場合と夫婦共に原因がある場合を合わせると全体の48%になる”というWHO(世界保健機関)の調査結果があることを知りました。つまり、不妊の原因の半分は男性が関わっているんですね。まず、このデータに衝撃を受けました。それと同時に、僕と同じでまだまだ世の中には“不妊の原因は女性にある”という認識を持った方が多いのではないかと。当時はまだ男性不妊をテーマにした番組もほとんどありませんでしたし、それで会社に企画を提出して、取材を進めることにしました」

--取材を進める中でいちばん印象に残ったことは何でしたか。

「下調べの段階である程度予想はしていましたが、それ以上に男性不妊が危機的な状況だということです。番組の中でもナレーションで入れましたが、今、日本人男性の4人に1人が“不妊リスク”を抱えているんです」

--放送後のSNSでもいちばん反響が大きかった部分ですね。中には「4人に1人が無精子症なのか」と勘違いされていた方もいましたが。“不妊リスク”とはどういう意味なのか、改めて説明いただけますか。

「WHOが定めている『自然妊娠するための精子の基準値』というのがありまして。それが……
①一度の射精量1.5㎖以上
②精液1㎖の中の精子数1500万以上
③動いている精子の割合(運動精子)40%以上
④正常な形の精子の割合(正常形態率)4%以上
……という4つの項目を満たしていることなんですね。この基準値を下回っている日本の男性が、4人に1人いるということです」

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--だから不妊リスク。

「そうです。基準を満たしていなければ自然妊娠しないという意味ではなく、基準を満たしていなくても自然妊娠するご夫婦はたくさんいらっしゃいます。ただ、自然妊娠しにくい男性が増え続けている事実は疑いようがありません。欧米人を対象にした調査では、この40年間で精子の数が半減したことがわかっていて、日本人の場合、さらに欧米人よりも様々な数値が下回っているという調査報告もあります。そして、それに関しては『これから劇的に回復する見込みはないだろう』というのが、今回取材した専門家の共通した認識です」

--なぜそういう男性が増えているのか、番組を見ると「原因はわかっていない」ということでしたが。

「というより、『特定が難しい』と言うほうが正しいと思います。どこに住み、何を食べ、どんな職業に就き、何時間寝ているかなど、ライフスタイルや環境因子が複雑にからみ合っているので、『これが原因だ』と言い切ることができないんです」

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--個人的には男性不妊の専門医がいることもこの番組で初めて知りました。取材されたのは大阪のクリニックでしたが、どんな印象を受けましたか。

「取材したのは大阪市北区にある『リプロダクションクリニック大阪』です。ここは男性不妊と女性不妊、両方の専門医が常駐していて、『夫婦そろって相談に来てください』というクリニックですが、初めて訪れた時の印象は“こんなに男性の相談者が多いのか!”。僕の目的は専門医のお話を伺うことと、顔を出して取材を受けてくださるご夫婦を探すことでしたが、何よりその多さに驚いたというのが第一印象です」

--番組で密着された能瀬さん夫婦は、広島から片道4時間かけて通院されているということでしたが、それだけ男性不妊を相談できる場が少ないということですか。

「それも一因だと思います。現在、男性不妊の専門医として認定されている医師は全国に50人ほどですが、番組内で紹介した『マイクロテセ』の手術(無精子症の治療法のひとつ)を行える医師となると、その数はグッと減ってしまいます。もっとも精液検査だけなら、最近は行ってくれる産婦人科医院も増えてますが……」

--あ、そうなんですね。

「ただ実際には、女性が多い産婦人科医院で精液検査を受けるのは、まだ心理的なハードルが高いと思います。実は僕も取材先のクリニックで精液検査を受けましたが、『メンズルーム』と呼ばれる部屋に一人で入り、精液を採取する行為には、恥ずかしさというか、抵抗というか、やはり何とも言えない感情になってしまったのが正直なところです。結果的には“異常なし”でしたが、『もし、自然妊娠できる基準値に達していなかったら……』『無精子症だったら……』という不安感も、自分で予想していたよりはるかに大きかった。今にして思えばそんなことはまったくないんですが、そう診断されてしまったら『男としてのプライドが傷付くんじゃないか」と思ってしまったんですね」

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--なるほど。それは日本の社会全体にまだ“男性不妊は特別なもの”という意識があるからかもしれませんね。

「そうですね。ですから、番組の中でも取材した田中さん(仮名)の『男性不妊は、恥ずかしいことではありません』という言葉を使わせていただきました。もし、不妊で悩んでいる方がいらしたら、まずは検査に行ってみてくださいと。番組がその一歩を踏み出すきっかけになればという願いを込めて制作にあたりました。言葉は悪いかもしれませんが、精液検査は“精液を提出するだけ”ですから。痛みも伴いませんし、女性とは比べものにならないぐらい肉体的にも精神的にも負担が軽いんです」

--番組で取り上げたご夫婦は、幸運にも2組とも妊娠することができましたが、一度で150万円にもなる高額な治療費(能瀬さん夫婦のケース)など、不妊治療にはまだまだ多くの問題があると感じました。

「そのためにも1回の番組で終わるのではなく、これからも取材を続けていくことが重要だと思っています。くり返し報道し、多くの方の意識を変え、社会の機運を高めていけば、制度や法律も変わっていくと思いますので。今は不妊治療をしたにもかかわらず妊娠することができなかったご夫婦を取材しています。すでに夕方の番組(かんさい情報ネット ten.)では放送しましたが、取材を重ね、いずれまた1本のドキュメンタリーにしたいと思っています」

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