街歩きの達人タモリが“ブラブラ”歩きながら知られざる街の歴史や人々の暮らしに迫る『ブラタモリ』(NHK総合、毎週土曜19:30~)。12月15日の放送は、タモリと林田理沙アナウンサーが東京・豊洲を訪れる。

今回の舞台は、東京中央卸売市場が築地から移転して初めての年末年始ということで注目が集まる豊洲。そもそも豊洲が東京のどこにあるかあまり知られていなく、実はタモリも正確には知らなかったという。一般的には馴染みのない場所だが、そんな豊洲にTOKYOサポーターがやってくるとは――? 今話題の町“豊洲”の知られざる姿をタモリが解き明かしていく。

豊洲の埋立地の先端からは、お台場のフジテレビ、レインボーブリッジ、東京タワー、建設中のオリンピック選手村が見える晴海、そして東京スカイツリーなど、東京の名所をぐるっと見渡せる。

そんな豊洲で、タモリがまず乗り込んだのは“水陸両用バス”。豊洲にある専用スロープから入水すると、長さ3.5kmあまりの巨大な防波堤が見えてくる。それは昭和10年代、東京港の開港にあたり防波、防風のために建設。実はこの防波堤と東京港の建設による財政難を乗り切るため、東京をサポートする万博が計画され(日中戦争のため中止)、豊洲はその会場予定地となっていたという。

戦後、焼け野原になった東京。その復興の要となったのも豊洲だったとか。東京の埠頭がある沿岸部は、すべて米軍が接収し、船による東京への物資搬入は不可能に。そこで埠頭がなかったため接収を免れた豊洲の先を埋め立て新たに埠頭を造り、今の豊洲の形はこのとき完成した。

こうして船が着岸できるようになった豊洲に誕生したのは、石炭置き場(燃料)、火力発電所(電力)、ガス工場、製鉄工場で、豊洲は東京復興の根幹を握るエネルギー埠頭、東京サポーターの集結地となったのだ。

その後、豊洲の東京サポーターたちが次々と移転し、タワーマンションが立ち並ぶ近代的な街となった豊洲。しかし、その足元には昭和の痕跡が隠れていて、タモリがあるものを見つける。

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