トップ選手が集まるGPロシア大会は、電撃移籍の真価が問われる“試金石”。皇帝プルシェンコも指導者として本格参戦

公開: 更新: テレ朝POST

新型コロナウイルス感染予防のため、通常なら6大会あるグランプリシリーズ(以下、GP)のうち、今季は2大会が中止になり、大会に出場できるのは開催国の選手かその国や近隣で練習している選手に限られることになった。

そのため、11月20日(金)からはじまるGPロシア大会には、ロシア選手が中心となって出場。

通常なら、GPの大会には各国最大3選手までしか出場できないが、今年はロシアのトップ選手が一堂に会することになる。

しかも会場には、GP3戦目にしてはじめて、実際に観客が入る予定だ。

◆電撃移籍が相次いだロシア女子

昨シーズンのGPを振り返ってみると、ロシアの3選手、アリョーナ・コストルナヤアレクサンドラ・トゥルソワアンナ・シェルバコワが全大会を制覇し、グランプリファイナルでも表彰台を独占。

3人とも昨シーズンがシニアデビューで、同じエテリ・トゥトベリーゼコーチのもとで練習していたということもあり、大きな話題になった。

3月の世界選手権での戦いが楽しみに待たれていたが、大会が中止となったため、3選手を一度に見られる最初の大会がGPロシア大会となっている。

彼女たちには今シーズン前に、大きな動きがあった。

最初の動きは、5月。トゥルソワが、トゥトベリーゼコーチのもとを去り、エフゲニー・プルシェンココーチのもとに移籍したことだ。

「クワド・クイーン」(4回転女王)と呼ばれ、いくつも4回転ジャンプの記録をつくってきたトゥルソワの移籍は、噂もなかったこと、プルシェンコがまだコーチ歴も浅いこともあり、関係者、ファンを大いに驚かせた。

7月になると、コストルナヤも同じくプルシェンココーチのもとに移籍。さらに9月には、平昌五輪銀メダルのエフゲニア・メドベージェワが、2年ぶりに古巣のトゥトベリーゼコーチチームに戻ったというニュースが流れ、世界中が驚かされつづけた。

このシーズンオフにこれほどの大きな移籍が続いたのには、ロシア国内の事情もありそうだ。

今季はプレ五輪シーズンにあたるのだが、ロシアでは、五輪シーズン直前のオフにはコーチや拠点を変更してはいけないという暗黙のルールがある。そのため、このオフに所属したコーチ・拠点で、この先2シーズン練習することになるのだ。

五輪に出場できるのは、選手のキャリアのうち1~3回ほど。北京五輪に向けて考えうる限りの準備をしたいという背景から、こうした移籍が生まれたのかもしれない。

◆“3人娘”だけじゃない。ロシア女子の層の厚さは世界一

ここまでトゥトベリーゼチームにいた選手たちを紹介したが、ロシア女子はこのチームだけではない。

たとえば、アレクセイ・ミーシンコーチ門下の、エリザベータ・トゥクタミシェワ

写真:森田直樹/アフロスポーツ

2014年ソチ五輪で優勝したアデリーナ・ソトニコワと同い年で、12~13歳のころから注目されてきた彼女は、デビューシーズンにGP2戦で優勝。その後、ケガなどで低迷したものの、2014-2015シーズンにグランプリファイナル、ヨーロッパ選手権、世界選手権の3つのタイトルを獲得した。

公式戦でトリプルアクセルを成功させたのち、再びケガなどに沈んだが、その後復活。今シーズンは4回転トウループの練習をはじめ、練習で跳べるようになるなど、酸いも甘いも経験してきた選手だ。

今シーズンのフリースケーティング(以下、FS)は、マリインスキー劇場の振り付け師ユーリ・スメカロフにリモート振り付けしてもらった際、その振り付け作業をInstagramで生配信し、ファンからの生の声を取り入れるなどもしながらプログラムを作り上げている。

オフアイスでは、トレーニングウエアなどのブランドも展開している彼女は、スポーツとしてだけでなく、個性や独創性を発揮する場としても、フィギュアスケートに取り組んでいるようだ。

また、ミーシン門下には、2019年ヨーロッパ選手権優勝のソフィア・サモドゥロワもいる。体型変化の時期を越え、再び世界トップへ戻る準備ができてきたようだ。

◆プルシェンココーチの4回転へのこだわり

そんな世界トップの女子選手たちが集結するGPロシア大会、どんな演技が見られるだろうか。

プルシェンココーチのもとに移ってからのトゥルソワは、それまで以上に高難度ジャンプに積極的に取り組んでいる印象だ。アスリート一家に育った彼女は、女子選手として史上はじめて4回転トウループ、フリップ、ルッツに成功し、さらに史上2人目の4回転サルコウジャンパーにもなっている。

女子のFS世界最高得点(166.62点)保持者(11月19日現在)であり、トリプルアクセルや4回転ループ、両手をあげたままの4回転ルッツも練習で跳んでいる。

11月のロシアカップ(ロシア国内大会シリーズ)第4戦では、FSで4回転を4つ入れて3つ(サルコウ、ルッツ、トウループ)を成功させている。

高難度ジャンプを跳び、成功させたい。それも、できるだけたくさんの種類の高難度ジャンプを、という強い気持ちをもった彼女にとって、プルシェンコというコーチは、同じ思いをもつ同志のような存在なのかもしれない。

プルシェンココーチの話になるが、彼にとって3度目の五輪だった2010年バンクーバー大会のころは、ジャンプの回転不足が厳しく判定されていたため、4回転に挑む選手がとても少なかった。

ショートプログラム(以下、SP)で4回転と認定されて転倒しなかったのは2人だけで、うち1人はプルシェンコ。また、SPとFSで4回転+3回転のコンビネーションジャンプを跳んだのは、プルシェンコただ1人だった。

そんな風に、4回転に強い思いをもっているコーチのもとで、トゥルソワは未知のジャンプの世界へ、のびやかに挑戦している印象を受ける。

多数の4回転やトリプルアクセルをどんな構成で見せるのか、そしてどれほど成功させるのか、FS『ロミオとジュリエット』の力強い音楽とともに、攻めつづけるトゥルソワを見つめたい。

一方、ジャンプのトゥルソワに対して、コストルナヤは質の高いジャンプ、スピン、ステップシークエンスをそろえ、総合的に高いレベルの演技を見せて戦ってきた。


そのため、 SPの得点(85.45点)とSPとFSを合わせた総合点(247.59点)の世界記録(11月19日現在)をもっている。

助走から踏み切り、空中姿勢、着氷、その後までが一連の流れになった美しいトリプルアクセルを見せてきたコストルナヤだが、11月のロシアカップ第4戦では、練習での成功率がまだ上がっていないため、トリプルアクセルを組み込まなかった。

今大会では跳ぶのか回避するのかわからないが、トリプルアクセル以外の質の高いエレメンツや、はじめてシェイリン・ボーンに振り付けを依頼したフリーのプログラムも楽しみだ。ずっとロシア人振り付け師のプログラムを滑ってきた彼女の、新しい側面が開花するかもしれない。

強い光を放つ同期2人の陰になりがちなシェルバコワだが、世界ジュニア選手権2位やユース五輪優勝、ロシア選手権2連覇など、すでにかなりの成績を残している。

写真:Raniero Corbelletti/アフロ

4回転ルッツや4回転フリップなど、高難度ジャンプの成功に目がいきがちではあるが、彼女の魅力は、長い腕の表情の美しさ、といってもいいだろう。細身の身体のまわりをふわりふわりと舞う腕の動きが、独特の世界観を生み出している。

両親とも名門モスクワ大学出身の学者一家に育ち、少しずつスケーターとしての色合いが出てくる時期を迎えている彼女が、どんな表現を見せるスケーターになっていくのか、今大会ではそんな過程も楽しめそうだ。

12月で24歳になるトゥクタミシェワは、SPに1つ、FSに2つのトリプルアクセルを入れ、さらに今季からはFSに4回転トウループも組み込む意欲で満ち満ちている。

元世界チャンピオンの実力者であるし、演技の出来や点数にも期待したいが、トゥクタミシェワはそうしたところから少し離れ、自分が滑るよろこびや、ファンに楽しんでもらいたいという思いに満ちた演技を見せてくれそうだ。

なお、出場予定だったメドベージェワは、ケガのために出場を見送った。

◆男子の注目選手はアリエフ&コリヤダ

男子では、ヨーロッパを引っ張る2人の戦いに注目したい。

1人は、2020年ヨーロッパ選手権チャンピオンのドミトリー・アリエフ

平昌五輪後、燃え尽き症候群のように気持ちが上がらない日々を過ごしたが、昨季ヨーロッパ選手権で優勝。力強い4回転ルッツと、正統派の演技が魅力だ。

もう1人は、ミハイル・コリヤダ

写真:坂本 清/アフロ

2018年夏から副鼻腔炎に悩まされ、大会には出場したものの2019年に再発したことから試合に出られず、2020年1月に手術した。

2019年には結婚し、2020年7月にはスケートをはじめたときから師事し「第2のお母さん」とも呼んでいたチェボタリョバコーチから、ミーシンコーチのもとに移籍。勝つための体制は整いつつある。

体調も安定し、心身ともに充実した今季は、ジャンプの安定感を高めているようだ。

また、昨季鍵山優真佐藤駿とジュニアグランプリファイナル、ユース五輪と優勝争いを繰り広げ、世界ジュニア選手権で優勝したアンドレイ・モザレフのシニアデビューシーズンの初々しい演技も楽しみだ。

◆移籍した選手たちの進化に期待

2020-2021シーズンは、「2022年北京五輪のプレシーズン」という、とても大切な時期でもある。本来ならこのプレシーズンで評価を高めていきたいところなのだが、とにかく大会の数、とくに国際大会が少なくなってしまった。

こうした状況下のため、選手にとってひとつひとつの国際大会がこれまで以上にアピールの場となり、重要度が増している。

今シーズンのGPの成績は、世界最高得点や世界ランキングなどの公認記録には反映されないものの、ジャッジや関係者、ファンたちへの大切なアピールの場になるため、選手たちは例年以上に強い思いをもって今大会に臨むだろう。

トゥルソワ、コストルナヤ、コリヤダなど移籍後はじめての国際大会を迎える選手にとっては、このロシア大会で「移籍という決断は正しかった」と証明したい思いも強い。その思いが、よりいい演技につながるのか、空回りしてしまうのか、そんな視点でも演技を見守りたい。

また、トゥルソワ、コストルナヤなどを指導することで、コーチ業に本格的に踏み出したプルシェンコの、コーチとしての姿にも注目したい。演技中にリンクサイドに立って選手を見つめる彼の、現役時代のような厳しく真剣な表情が久しぶりに見られそうだ。

エキシビションでは、アリーナ・ザギトワや、すでに2022年北京五輪女子のメダリスト候補に挙げられているカミーラ・ワリエワが演技するという。試合後の、また違った雰囲気のなかでの彼女たちの演技も楽しみにしたい。

文・長谷川仁美

※番組情報:『フィギュアスケート・グランプリシリーズ2020「第5戦・ロシア大会」

11月20日(金) 深夜3:00~「女子ショート」 テレビ朝日(関東地区)にて放送

11月21日(土) 深夜3:00~「女子フリー」 テレビ朝日(関東地区)にて放送

11月20日(金)  よる7:25~「男子ショート」 CSテレ朝チャンネル2

11月20日(金)  深夜1:20~「女子ショート」     CSテレ朝チャンネル2

11月21日(土)  よる7:25~「男子フリー」 CSテレ朝チャンネル2

11月21日(土)  深夜1:05~「女子フリー」 CSテレ朝チャンネル2

11月22日(日)  よる8:55~     「エキシビション」 CSテレ朝チャンネル2

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