メジャー2年目・菊池雄星、リスク覚悟で挑んだ“直球改革“で手応え。ダルビッシュも「マジですごい」

公開: 更新: テレ朝POST

日本時間9月5日(土)、シアトル・マリナーズの菊池雄星が、6度目の先発にしてシーズン2勝目を挙げた。

好投を支えたのは、最速97.6マイル(157キロ)のストレート。メジャーリーグ2年目の進化が、そこに秘められていた。

「空振りをとらないといけないというのは、去年実感していますので、そこを向上させるためにオフシーズン取り組んできました」(菊池)

8月9日(日)深夜に放送したテレビ朝日のスポーツ情報番組『GET SPORTS』では、2019年の秋から菊池に密着。

最先端の科学を採り入れた“ピッチング改革”は、驚きの光景の連続だった。

◆不調の昨シーズン、イチローの“言葉”で決意

2019年1月、総額47億円の3年契約でシアトル・マリナーズに入団した菊池。日本を代表する豪腕のメジャー挑戦は、大きな注目を集めた。

しかし、シーズン序盤から徐々に調子を落とし、1年目の成績は32試合6勝11敗、防御率5.46、被本塁打36と不本意なものに。

「なんか力が入らないぞとか、球速が明らかに落ちるっていうのがあって、そこから立て直せなかったというのが一番の悔しさで…」(菊池)

日本より滑りやすいとされるボールや、マウンドの硬さや傾斜の違いなど、さまざまな要因が考えられた。暗中模索のなか、引退後もチームに帯同した大先輩・イチローにアドバイスをもらったことも。

イチローさんにアドバイスを求めにいくと『俺だって落ち込むこともある。結果が出ないことがよくないんじゃなくて、なぜ結果が出ないかわからないことがよくないんだ。しっかり説明できれば、それはスランプじゃないから』と言われました

菊池は、不調の原因を突き詰めることを決めた。

2019年12月、アリゾナの倉庫街の一角。薄暗い空間のなかにあったのは、さまざまな機材に囲まれた特設ブルペンだ。

菊池が選んだのは、科学的なアプローチによるピッチング修正。日本からプロの動作解析チームを招き、1球ごとの計測データやスロー映像から改善策を見出す。

「もっとも高いプライオリティは、ストレートのスピードを戻す、上げていくこと」(菊池)

菊池の昨シーズンの平均球速(※ストレート系)は、148.8キロ。メジャー平均150.3キロを下回っていた。

解析チームの責任者・神事努(ネクストベース エグゼクティブフェロー、國學院大学准教授)も、合宿の狙いを次のように語る。

平均球速でいうと153キロとか154キロを目指したい。メジャー平均が150キロなので、プラス3キロの上積み。それがバッターからすると、数メートル差しこまれるような印象になるので

ストレートを投げ込んでいくなかで、菊池の“ある動作”に課題が見つかった。ピッチングフォームにおけるヒジの軌道だ。

解析チームが撮影した菊池のフォームを見てみると、テイクバック時の左ヒジは、やや下がった状態。そこからグイッともち上げるような形で腕を振っていた。スムーズとはいえないこの動きにより、ボールをリリースする指先まで最大限のパワーを伝えられていないのだという。

菊池は、神事からのアドバイスを参考に、早めからヒジを上げていく軌道に修正を試みる。しかし、プロのピッチングは精密機械さながら。動作ひとつ変えるだけで、すべての歯車が組み直しになる。菊池はその難しさに苦しんだ。

合宿3日目。この日もヒジの上がり方に注意を払いながら、腕を振り続ける。初日からトータル300球近い投げ込みの末、手応えを感じられる1球があった。

合宿開始当初の映像と比較してみると、その違いは明らかだった。

画像左:改造前、画像右:改造後

「腕が振れる位置に腕がきたということだと思います。やりたいことができましたね」(菊池)

これまでメジャーに移籍した日本人ピッチャーの多くが、さまざまな要因からスタイルチェンジを余儀なくされてきた。動くボールの習得はその代表例だ。

しかし、菊池は4シームと呼ばれる純然たるストレートで空振りをとることを目指した。

「日本の一般論では、メジャーには速いピッチャーがたくさんいるから、日本人がそこに入ってもストレートなんて速いほうじゃないよ、という感覚だと思うんです。実は僕もそんな考えをもっていたひとりで、チェンジアップを覚えようかとかいろいろなことを考えたんですけど、そうじゃないと。やっぱりどこで投げようが、まず基本のストレートがないとそもそも勝負できない。その感覚はこっちで投げないとわからない。こっちに来て、なおさらストレートで勝負したいって思いましたね」(菊池)

世界最高峰のメジャーリーグで、ストレートにこだわる。

その原点が垣間見えたのは、昨シーズン終了後、一時帰国した菊池が岩手の母校・花巻東高校を訪ねたときのこと。

恩師・佐々木洋監督が、在校中に菊池が提出した目標シートを見せてくれた。

中央には『高卒でドジャース入団』という目標。それを実現させるために書き出した64個の必要条件のなかに『MAX 155キロ』というひと際目立つ文字。実際に菊池は、高校3年で出場した夏の甲子園で、自己最速154キロをマークした。

当時を思い出し、佐々木監督は語る。

「目標を立て宣言してやっていく、夢を叶える力というのは本当に感じましたし、自分自身でそこに向かっていく能力っていうのは非常に高かったと思いますね」

そして、菊池本人も「ここ(母校)に来るたびに、あの頃の純粋な気持ちを忘れちゃいけないなって感じますね」と話した。

◆「そのアプローチなのかってビックリしました」

年が明けた2020年1月。アリゾナで再びピッチング改造合宿に入った菊池は、さらなる課題に取り組むこととなった。

それは、投げたボールの回転数。

“スピンの利いたストレート”とはよく耳にする表現だが、昨シーズンのアメリカンリーグ最多勝に輝いたジャスティン・バーランダー(ヒューストン・アストロズ)は、メジャー平均を大きく上回る 2577回転(※ネクストベース調べ)。バッターにとっては、浮き上がって来るように見えるという。

一方、菊池は メジャー平均(2287回転)を下回る 2095回転。これを改善するため、解析チームから助言を受けたのは、ボールの握り方だった。

「もともと 爪を立てるような形の握りだったんですけど、それを曲げずに伸ばして握る。そうすることで、最後に力を入れたいところでもっとも力が入る指のポジションになる」(菊池)

助言通り、包み込むような形で握り、何球か投げてみたところ、球質に違いが出てきた。15球目には 2319回転をマーク。昨シーズンの自身の平均より、一気に200回転以上も増えた。

神事さんに『指先曲がり過ぎじゃない?』って言われたときにハッとさせられたというか、そのアプローチなのかってビックリしましたね」(菊池)

スピードと質を同時に追求した、ストレート改革。

しかしそれは、誰もがチャレンジできるような簡単なことではない。自身もメジャーに挑戦した川上憲伸氏は、菊池の取り組みについて驚きを隠せないという。

僕は握りを変えたことはないんですよ。握りを変えるというのは自分の名前を変えるというくらい違和感がありすぎる。今回菊池は、ヒジの軌道とボールの握りを変えた。シーズンに入ってやっぱり戻そうとしてもすごく危険なこと。すべてが失われる可能性があるからです

リスクを恐れぬ覚悟をもち、菊池が掴んだ確かな手応え。ピッチングを終えた菊池の指にはマメができていた。中指にできるマメは、日本時代からの好調のバロメーター。まさに吉兆だった。

2月28日(金)、新たなピッチングを試す場となったオープン戦(vs.ダイヤモンドバックス)では、2回1/3を投げて3奪三振。様変わりした菊池のピッチングを観たダルビッシュ有は、こんなツイートをした。

去年のシーズン終わりからこの短期間でここまでテークバックを変えられるってマジですごい。どれだけ考えて、練習したらこうなるんや。。」(原文まま)

新型コロナウイルスの影響で開幕が延期になったものの、菊池は黙々と来るべき日に備えた。

そして、ついに迎えた2年目のシーズン。初登板となったのは、7月27日(月) 開幕第3戦のアストロズ戦だった。

菊池は序盤からストレートを中心とした組み立て。見せ場は4回にやってきた。1アウト満塁の大ピンチ。ここで7番のテイラー・ジョーンズを追い込むと、自己最速タイの158キロで空振り三振。そのストレートは、凄みに満ちていた。

さらに8月2日(日)、2度目の先発となったアスレチックス戦では、9つの奪三振。2試合とも勝ち星にこそ恵まれなかったが、投球データには進化の証が見られた。

平均球速153.7キロ。去年と比べて なんと約5キロ(4.9キロ)もアップ。ストレートの平均回転数も、2261(去年2095)と見違える数字だった。

逆襲の2年目。メジャーリーガー菊池雄星が見据えるものは…。

「いつも僕はドミネート(支配)しているイメージをしながら寝て、起きた瞬間もそれをイメージして一日をスタートさせるんです。やはり三振を多くとっている。そして本拠地のTモバイルパークが沸いているイメージ。やっぱり一番になりたいし、マリナーズのエースと言ってもらえる、そこは必ず叶えたいと思います

科学的アプローチから試みた、異例のフォーム改造。菊池雄星のストレートが、混沌のメジャーを支配する。

※番組情報:『GET SPORTS

毎週日曜日夜25時30分より放送中、テレビ朝日系(※一部地域を除く)

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