余命わずかなファンと1日限りの選手契約。バスケ界のレジェンドが彼から教わったこと

公開: 更新: テレ朝POST

6月21日(日)深夜に放送したテレビ朝日のスポーツ情報番組『GET SPORTS』では、日本バスケットボール界のレジェンド・折茂武彦について特集した。

2020年3月、49歳で現役引退したレバンガ北海道、選手兼代表・折茂武彦。

選手生命を脅かす肺の病気を患いながら最後のシーズンを戦い抜き、27年間ものプロ生活に幕を下ろした。

『GET SPORTS』取材班は、およそ1年にわたり折茂に密着取材。レジェンドが27年かけ辿り着いた答えに迫る。

◆傲慢だった自分を変えたファンの存在

折茂には、何より大切にしている時間がある。それは試合後に交わす、ファンとのハイタッチ。実はここにこそ、最後のシーズンを戦い抜く理由があった。

「北海道の人たちが変えてくれたものなんですよね。僕が変わったというよりも、変えてもらったというか。今までの僕がやってきたこととほぼ真逆のことをやっているわけです」

デビュー以来、圧倒的なシュート力を武器に得点を量産してきた折茂。かつては結果こそが金を生む、己の存在証明だと考えていた。

転機が訪れたのは2007年、37歳のとき。強豪トヨタから、あらたに結成されたレラカムイ北海道への移籍だった。

折茂は、当時の心情についてこう振り返る。

「イベントとかに行ってトークショーやったり、自分たちで街頭に立ってビラ配りをしたり。今まではそういうことがほとんどなく、ただバスケットをしていればいいという環境だったので、本当に面倒くさかったです。正直、本当にそれがストレスでした」

15年間ともにプレーしてきたチームメイトの桜井良太も、かつての折茂を「悪くいうと傲慢な態度」と表現。「お客さんが来ていようが来ていなかろうが、バスケをやっていれば給料がもらえる」と話していたという。

プレー以外の行為は正直うっとうしく、ファンのことなど眼中になかった。

ところが、札幌でのホーム開幕戦。

定員を遥かに超える4,325人の観客が応援に駆け付けた。その熱を浴びるなか、折茂はこれまでにない感覚をおぼえたという。

「そこがホームだとかアウェーだとかっていうのはまったく関係ない世界でやっていたので。こういう景色やこういう風に応援してもらうのがホームなんだなっていう。それが自分にとって衝撃的だった

だが、駆け出しのチームはまだまだ発展途上。最初のシーズンから11連敗も経験した。それでも、ファンは行列を成した。

「僕が北海道に来たことに対して『ありがとう』という言葉をかけてくれて、それを聞いたら、何か自分の気持ちが弾けたというか。負けてもこうやって応援に来てくれる人たちのために、最後まで全力で戦わないと本当に申し訳ないなっていう。

最後まであきらめない姿を見せることがせめて自分にできる、応援してくれる人たちに対しての誠意かなっていう風に思いました

2011年、レラカムイ北海道は運営会社の経営難により、リーグから除名処分を受けた。消滅の危機に瀕したが、折茂は自らが代表となって新チームを設立する。

それがレバンガ北海道。

道民から「がんばれ」と応援してもらえるチームであり続ける。そんな誓いが込められたチーム名だ。

だからこそ点差をつけられても、粘り、喰らいつく。そうした折茂の姿勢が、いつしかチーム全体の姿勢となっていった。

優勝争いから程遠くても、チームの魂がファンの心を揺さぶる。

「努力は報われるっていうことを教えてもらった気がします」「彼(折茂)ががんばっていると、すごく勇気をもらえる」――ファンたちはレバンガ北海道の魅力についてそう語る。

この一体感に憧れ、プロへの道を志した選手もいる。札幌出身のルーキー内田旦人(あきと)は、ファンの声援に感動し、「コートで体験したい」という思いからプロ選手になった。

折茂は、チームが戦う理由についてこう語る。

周りから見たら弱いチームなのかもしれない。でもそういうチームだからこそ、あきらめちゃダメなんです。全力で戦わなきゃいけないんです。そういう姿を道民に、北海道の人たちに見せつづけなきゃいけないんです。それが北海道の方々を元気にすることだから。勇気を与えることだから。子どもたちに夢を与えることだから」

こうした思いが、ひとつの形となった出来事がある。

◆前代未聞。1日限りのプロ契約

4年前、ある選手がレバンガ北海道と1日限りのプロ契約を結んだ。

その選手とは、中学校教師・佐藤竜弥(りゅうや)さん。北海道出身で高校時代に18歳以下の日本代表に選出された経験をもち、後に社会人でも活躍した人物である。

熱心なレバンガファンでもあった佐藤さんだが、2015年に悪性リンパ腫と診断され、闘病生活をつづけていた。

それを知ったレバンガのメンバーから、力になりたいと声が上がる。

そこで折茂は、リーグに直談判。登録期限が過ぎているなか、特例でベンチ入りを認めさせたのだ。前代未聞の出来事である

「常に地域の人たちに寄り添って成長していきたいっていう部分もありますし。やっぱりスポーツの力っていうのは、すごいものがあると僕はずっと信じていて。勇気だったり感動だったり、力を与えられる存在だという風に思っています。だからこそ、自分たちの存在意義があると」

2016年5月2日(月)、舞台は札幌でのホーム最終戦。体調に気づかいながら会場にやって来た佐藤さん。教え子や家族が見守るなかで、プロとしてコートに立つ。

試合に出ることはなく、ベンチで応援するだけだったが、その表情は心からうれしそうだった。

「逆に教えられた気がします。当たり前のことじゃないんだって。なんか僕らは、普段ずっとあそこからの景色を見ているわけですよ。でも普通の人って、見られないわけじゃないですか。佐藤さんに教えてもらった気がします。あそこは特別な場所なんだよって

試合後、大勢の観客を前にマイクを手にした佐藤さんは、「感極まるものがたくさんあって、先ほど生徒もいたりして…なんか、僕は…」と、時折言葉を詰まらせながら自らの想いを口にした。

その後、至る所から発せられる「先生!竜弥先生!」「がんばって」という呼びかけに、ひとりずつ丁寧にハイタッチで応えた佐藤さん。

それから3週間後の5月25日(水)、佐藤竜弥さんは38歳の若さでその生涯を閉じた。

妻・沙織さんは、帰りの車での会話を、今も鮮明に覚えているという。

「涙を流して『夢みたいだな』『夢で終わらせたくないな』みたいなことを泣きながら喋って、自分の教え子がプロになったり活躍してくれたらいいなっていうのを、そのときの夢としていたので、夢で終わらせたくないなって…」

そうした、一つひとつの想いが折茂を変え、折茂の支えとなった。肺の病気を公表しなかったのも、純粋にバスケットボールを楽しんでもらいたいから。

シーズンを戦い抜くと決めたのも、ファンに気持ちを伝えるためだ。

「ここまでたくさんの人に支えてもらって、最後に“ありがとう”という想いを伝えるシーズンにするのもいいのかなと…」

◆レジェンド最後の煌めきと、静かなる終焉

そうしたファンへの感謝の想いが結実したのが、2020年1月。本拠地・札幌で行われたBリーグ・オールスターゲームである。

ファン投票で圧倒的な支持を集め、選出された折茂。レジェンドの雄姿を目に焼き付けようと、5,000人を超えるファンが詰めかけた。

スターティングメンバーとして出場すると、チャンスは開始早々に訪れる。

東京オリンピック期待の現役日本代表・富樫勇樹がマークにつくなか、折茂はそのディフェンスを巧みにさばき、ファーストシュートを決めてみせる。

その後も得点を重ねる折茂。全盛期を彷彿とさせるプレーで、会場を大いに沸かせた。

そして、試合後は両チーム一緒になっての胴上げ。その後のスピーチでは、こんな言葉を残した。

「今度はコートのなかではなく、外からバスケットを見る人間になるので、みなさんとしっかり、このBリーグを外から応援していきたいと思っています。みなさんよろしくお願いします。本当に北海道ありがとう!」

そのおよそ2ヶ月後の3月15日(日)。

無観客で行われた川崎ブレイブサンダース戦。出場時間15分。得点5。この試合が、レジェンドのラストゲームとなった。

2020年5月14日(木)。

この日、折茂は50歳の誕生日を迎え、スタッフからリモート祝福を受けた。その心境を聞くと…。

「父親が50歳で他界しているので。今その年齢になったときに『早かったなぁ』という。『ずいぶん早く逝ってしまったんだな』という思いもあるし、まずはそこのラインを越えたというか、ここまで来られたので、あとはしっかり自分も健康管理もしつつ、これからしっかりクラブのために、北海道のために、応援してくれる人たちのために何ができるかということもしっかり考えて、この先の人生を進んでいきたいと思います」

折茂武彦はこの北海道で、バスケットボールの本当の楽しさを、多くの人々とともに見つけられた

それこそが、27年かけて辿り着いた答え。

1日限りのプロとしてコートに立ったあの佐藤さん。あの日、客席で応援していた2人の息子は、その後バスケットボールに目覚め、地元の少年団で活躍している。

これもまた、折茂にとっての財産のひとつ。今は経営者として、その夢をつなぎたいと考える。

折茂は、誕生日を祝福してくれたチームのみんなに向け、こう語り掛けた。

「50歳を迎えました折茂武彦です。今大変厳しい状況が続いていますが、社員のみなさまの力が必要になってきています。クラブの未来のために一緒に頑張っていきましょう。本当にありがとう!以上でございます」

そう伝え終えるとさっそく、男は営業へと出かけていった。

※番組情報:『Get Sports

毎週日曜日夜25時30分より放送中、テレビ朝日系(※一部地域を除く)

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