俳優・中山麻聖「カチンコが鳴った瞬間…」初の映画撮影でバッタリ倒れ…

公開: 更新: テレ朝POST

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2019年、2本の主演映画、『轢き逃げ 最高の最悪な日』(水谷豊監督)と『牙狼<GARO>-月虹ノ旅人-』(雨宮慶太監督)が公開された話題の俳優・中山麻聖さん。

スポ根(スポーツ根性もの)ドラマの草分け的番組『サインはV』で知られる女優・中山麻理さんの三男で、16歳のときに映画『機関車先生』で俳優デビュー。舞台『ミュージカル テニスの王子様』、NHK土曜時代ドラマ『蛍草 菜々の剣』、『警視庁ナシゴレン課』(テレビ朝日系)、など多くのドラマ、映画、舞台に出演し、注目を集めている中山麻聖さんにインタビュー。

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◆生まれてはじめてオーディションを受けることに

3人兄弟の末っ子として生まれた麻聖さんが、小学校4年生のときに両親が離婚。兄弟3人は母・中山麻理さんと暮らすことになったという。

「すごくわんぱくな子どもでした。小学校の小さい頃はよくケンカもしましたし、走り回っていて、ジッとしていられない子どもでした」

-お兄さんもいらっしゃいますね-

「はい、2人います。1番上の兄は結構男気があって、次男がわりと落ち着いているので、まったく対照的なその2人を見て、これはこうしなきゃいけない、こっちはしてはいけないというのを見て学んできたつもりだったんですけど、母親からは全部見透かされていましたね。この時期には、そろそろこういうことをやるだろうなって(笑)」

-でも、女手ひとつで男の子を3人育てるのは大変だったでしょうね-

「絶対大変ですよね。僕は育てられた側なので全然考えてなかったんですけど、振り返ってみたり、周りの方に言われると、たしかにものすごいエネルギーだなって。

僕が20歳になった誕生日の日に『母親卒業宣言』というのをされたんですけど、その言葉をはじめて聞いたとき、『あぁ、本当に大変だったんだな』っていうのを本当に申し訳ないんですけど、そのとき、はじめて気が付きました」

-今年1月にお母様とご一緒に『徹子の部屋』(テレビ朝日系)に出られたとき、お母様がおっしゃっていましたね。それからお洗濯も自分でされるようになったとか-

「遅いぐらいで、当たり前と言えば当たり前なんですけど、その前からちょくちょく手伝いをしていたので、自分のなかで大きく何か変化があったというわけではなかったですね」

-お母様はしつけに関してかなり厳しかったそうですね-

「『普通のことをちゃんと普通にできる子に育って欲しい』というのは前から言われていました。たとえば、鉛筆はもてなくなるほど短くなるまで使い、短くなった鉛筆をもって行って新しい鉛筆と交換してもらう。

消しゴムはなくしたら3日間は探せ。その間は消しゴムを貸し出す。筆箱は3年に一度、新しいものを購入。それぐらい厳しいほうがちょうどよいというのが、母親の理念としてあったので」

-それにしてもお母様、若くておきれいですね-

「すごいですね。年齢を言うと、みんなびっくりするんですけど(笑)。エネルギッシュですね、本当に。英語がまったく話せないのに、『テニスの試合が見たいから行ってくる』って言って、ひとりで海外に行って一日中試合を見ていたりしますからね(笑)」

-すごい行動力ですね。おめでたいときには黒い服ではなく、明るい色の洋服を着たいというのもお母様がおっしゃるとわかりますね-

「いやぁ、でも小学校の卒業式に真っ赤なスーツを着て来ましたからね。子どもの立場としては、居づらい部分がありましたけど(笑)。 友だちには散々いろいろ言われたんですけど、言われ慣れました」

-小さい頃は俳優になろうとは思っていなかったのですか?-

「そうですね。『機関車先生』の話があるまでは一切考えていなかったです。それこそ自分の夢とか、目標というのを考えても、全然リアルじゃないというか…。

周りから『芸能人になるんでしょう?』とか言われるんですけれども、全然そんな気もなかったので、最初は役者になるなんて考えてなかったです」

※中山麻聖プロフィル
1988年12月25日生まれ。東京都出身。2004年、映画『機関車先生』で芸能界デビュー。『軍師官兵衛』(織田信孝役)、『江~姫たちの戦国~』(本多正純役)(ともにNHK大河ドラマ)、映画『轢き逃げ 最高の最悪な日』(主演・宗方秀一役)、『牙狼<GARO>-月虹ノ旅人-』(主演・冴島雷牙役)などドラマ、映画に多数出演。テレビアニメ『牙狼-紅蓮ノ月』(テレビ東京)と劇場アニメ『薄墨桜-GARO-』では主人公・雷吼役の声も担当している。

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◆はじめての撮影現場でバッタリ倒れて…

※映画『機関車先生』(2004年)
瀬戸内の小さな島に赴任してきた、剣道の試合中の事故で声を失ってしまった口のきけない臨時教師(坂口憲二)と生徒たちの暖かな交流を描く。

-『機関車先生』は、お母様が、剣道ができる子がいないかと知り合いのプロデューサーに言われて?-

「はい、そうです。僕はだまされて連れて行かれました(笑)。全然聞かされてなかったんです。最初は『ご飯をご馳走してくれるから行く?』って言われて、『うん、行く』ってふたつ返事で行って。

ご飯を食べているときも、とくにお仕事のお話というのはなかったんですよ。それで家に帰って来てから、『実は映画のプロデューサーで、映画の仕事があるんだけど、やる気があるならオーディションを受けてみれば?』っていうニュアンスで。

僕は小学校のとき、お遊戲会みたいなので演劇というものに触れていて、自分のなかではすごく興味があったんです。

でも、それを仕事にするという感覚はわからなかったんですけど、芝居がしたいという気持ちはあったので。

『お芝居の経験もプロの方に指導を受けたわけでもないので、どこまでできるかわからないけど、オーディションだけでも受けてみたい』って言って、受けさせていただきました」

-オーディションはどんな感じだったのですか?-

「まったくわからなかったですね。周りにいる同世代の子たちは役者さんなわけで、見よう見マネで、『こうすればいいのかな?』っていうのをやってみて、それであとは、廣木隆一監督に言われたことを、ただちゃんとやろうっていうことに一生懸命でした」

-それで決まったことを聞かされたときには?-

「『マジか?』って思いました。覚悟していたつもりではあったんですけど、実際に制作発表の場で、マスコミの皆さんの前に立ったときに、『なんで僕はここにいるんだろう?』って(笑)。

こんなに大々的なものだとは、そこではじめて自分の目で現実を見て、突き付けられたというか」

-髪の毛も短く刈って、精悍な感じでした-

「はい。丸刈りでした。もともと本当に普通の髪型だったんですけど、漁師の役だったので、『髪の毛を切って欲しい』って言われて『全然大丈夫です』って言って丸刈りにしました」

-すごく鮮烈な印象でした。凛々しくて。はじめての撮影はいかがでした?-

「大変でした。本当に大人の社会に触れたことがなかったので、現場に行って、監督から『お前は漁師の息子だから。色が白いから焼いてこい』て言われたので、『わかりました』って言って海岸に行って。

パンツ一丁になって、瀬戸内の島の海岸で本当に1日中直火焼していたら、熱射病になってしまって…。

それを憂いた共演者の方々が、『ちょっと一緒にご飯に行こう』ってご飯をご馳走してくださったんですけど、熱射病と緊張でからだが弱っていたんでしょうね。急性胃腸炎になってしまったんです(笑)。

もう自分の出番の前にいろんな事故が起きてしまって、それでいよいよ自分の出番というときに、カチンコが鳴った瞬間、バッタリ倒れてしまって。

多分これまでにない環境だったので、いろんなストレスがあったんじゃないかってお医者さんに言われたんですけど、現場に迷惑をかけてしまって、本当に申し訳ないなって思いました」

-お母様もびっくりされたでしょうね-

「本土の宿に泊まっていたんですけれども、飛んできてくれました。目が覚めたら母親がいて、『何の夢だ?これは。まだ夢から覚めてないな』って(笑)。

でも、やっぱりそれで安心したのか、ちょっと回復して、『あぁ、自分はまだ弱いんだなぁ』って、そのとき思いました。

それで、1週間か2週間ぐらい東京に戻ってきて療養して、それから撮影に戻りました。

-大変でしたね。無事に撮影が済んで良かったですね-

「本当に良かったです。僕のすぐ上の兄がカメラマンをやっているんですけど、『機関車先生』のロケをした瀬戸内の島に行ったら、まだ撮影をしていた校舎があって、黒板もそのまま坂口(憲二)さんが書いた文面が残っていて、その写真を送ってきてくれました。

『今でも保存してくれているんだなぁ』って、すごくうれしかったです」

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-あの島は本当に美しくていいところですね。そのときは俳優としてやっていこうという気は?-

「まだなかったです。でも、『機関車先生』を経験して、これまでぼやけていたものが、やってみたいという1本になったので。そこは多分大きなところだと思います」

-『機関車先生』では印象的な役でしたので、お仕事の依頼が結構あったのでは?-

「いえいえ!全然なかったと思います(笑)。公開も確か、撮影してから3、4年後でしたから、高校2年生になっていたと思います。

それで、まずプロダクションに所属して、担任の先生とも相談して仕事と両立できる学校を探して」

-そのときには俳優になるレッスンなどはされていたのですか?-

「そのときはまだしていなかったです。高校に入って、自分と同い年の人たちがどういうことをしているのかということを知ったので、それでいろいろワークショップを受けてみたりするようになりました。

大学受験も考えたんですけれども、高校生のときに学業と役者の二足のわらじということを経験して、ちょっと仕事が入るだけで学業がガクッと下がってしまったので、これはどっちか1本じゃないとムリだなと思ったんです。

大学に入って仕事を一旦休止するか、仕事を1本で行くのかということを母親に相談したら、『好きな方にすれば?』って言われて(笑)。

『勉強が嫌いなら入ったところで出るのが大変だろうし、お金のことというよりも、自分自身が苦労するんだから、どっちの苦労を選ぶのか。

高校を出て、そのまま役者1本でやっていくことと、大学に入って卒業することと、自分で選択しなさい』って言われました。

それでいろいろ考えたあげく、俳優1本でやっていこうって決めました」

俳優として生きていくことを決めた麻聖さんは、舞台『ミュージカル テニスの王子様』、主演映画『アノソラノアオ』など、本格的に活動をはじめる。次回は親子共演をはたした主演映画『アノソラノアオ』の撮影裏話も紹介。(津島令子)

(C)2019『月虹ノ旅人』雨宮慶太/東北新社

※映画『牙狼<GARO>-月虹ノ旅人-』
Blu-ray&DVD 発売中!配給:東北新社
原作・脚本・監督:雨宮慶太
出演:中山麻聖、石橋菜津美水石亜飛夢、螢雪次朗
松田悟志 渡辺裕之 / 小西遼生 京本政樹(特別友情出演)
この世の闇に棲みつく魔獣ホラーと戦う魔界騎士たちの姿を描く「牙狼 GARO」シリーズ最初の主人公で雷牙(中山麻聖)の父である冴島鋼牙を演じる小西遼生をはじめ、渡辺裕之、京本政樹らこれまでシリーズを彩ってきたキャストが集結!

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