『攻殻機動隊』シリーズの脚本家・藤咲淳一、押井守に教わった“あること”「常に僕のなかにある」意識

公開: 更新: テレ朝POST

ゲームアプリの制作で知られる株式会社フーモアが、さまざまなパートナー企業とタッグを組んで制作しているインタラクティブノベルアプリ『StoryMe(ストーリーミー)』。それぞれの作品のシナリオを有名クリエイターが書き下ろしていることも話題だ。

©テレビ朝日

そんなStoryMeで、吸血鬼をテーマにした新作『ヴァンパイア・ドクター』が順次公開されている。シナリオを担当したのは、アニメ『BLOOD+』や『攻殻機動隊』シリーズで知られるベテラン脚本家・藤咲淳一。インタラクティブノベルアプリという新たなジャンルに挑んだ藤咲に、アプリゲームならではの仕掛けや、新しい時代のクリエイティブの形を聞いた。

◆もし生物学的にヴァンパイアが存在したら?

ーーまずは今回、吸血鬼をテーマにした理由を教えてください。

実は“ヴァンパイアの医者”っていうアイデア自体は、随分前から考えていたんです。それも含めていくつかの案をフーモアさんにプレゼンして、この話を選んでいただいたという形ですね。

ただ、当初は現代劇じゃなく、古い時代の物語にしようとしていたんです。19世紀の切り裂きジャックの話のような。でも、それをやろうとすると情報量が多くなりすぎて、アプリの制限にちょっと引っかかるんですよ。

ーー背景を説明するための情報量が多くなるということでしょうか?

そういうことです。生活習慣含めて、今の人にはわからないことが多すぎるんです。だから今の若い人にもすんなり入り込めるよう、現代の物語にしましょうっていうアドバイスを受けて、この形になりました。

ーー舞台となる街は海外で、登場人物も「アル」や「ヴァン」という名前が付けられていますね。

はい。今後、英語版などをリリースして海外に展開するということだったので。ただ、海外を舞台にした現代劇にするにあたって、僕のなかにひとつやりたいイメージがあったんですよ。僕の好きな『ツイン・ピークス』のような、古いアメリカの匂いを残している街を舞台にしたら、吸血鬼のホラーテイストとマッチするんじゃないかと思ったんですね。

時代から取り残された片田舎のような街だったら、夜になるとバケモノが出てくるかもしれないと思えるんじゃないかと。

『ヴァンパイア・ドクター』

ーー主人公のヒロインが刑事で、相手の男がヴァンパイアの医者という設定も面白いですね。

事件性のある話にしたかったので、主人公は刑事にしました。相手もただの医者じゃ面白くないから、死体を扱う監察医にしようと。彼らが追うジーンという人物の正体が物語の核になってくるんですが、2人がジーンを追うモチベーションは違うわけですよ。ヒロインは母親の敵として追うんだけど、ヴァンパイアはかつての恋人として彼女を止めるために追っている。

さらに、主人公はヴァンパイアに血を与えながら物語を進めていくんですが、自分はヴァンパイアになりたくないから距離を取ろうと思いつつも、深入りしていってしまう…。単にバケモノを退治していく物語じゃなく、主人公自身がどうなっていくかわからない“迷宮”のような内容が面白いんじゃないかと思っています。

ーーヴァンパイアに血を吸われた人間は「リビング・デッド」というバケモノになります。このリビング・デッドは、劇中で詳しく説明されないものの第1〜4世代まで設定があったりと、かなり細かく練られているんですね。

そうですね。僕は『BLOOD』シリーズはじめヴァンパイアものはいろいろ書いてきているんですが(笑)、吸血鬼って普通のドラキュラ的に書いてしまうと制約が多くなるんですよ。水に弱いとか日光を浴びると死んじゃうとか。だからそういう制約は取っ払って、“もし生物学的にヴァンパイアが存在したら?”という発想から設定を考えています。

ーーイラストは『キングダムハーツ』シリーズなどの岩佐ユウスケさんが担当されていますが、キャラクターデザインを見たときはどう思われましたか?

「こういう風に消化してきたんだ」と感じて面白かったですね。アニメの仕事も、だいたい脚本を書いてからキャラクターデザインが上がってくるんですけど、自分が思ったものじゃないっていうことはしょっちゅうあるんです(笑)。

ただ、それを僕も楽しんでいる部分があるんですよ。舞台やドラマもそうですけど、役者が考えて作ってきた役が面白かったりするんですよね。昨日も、『ヴァンパイア・ドクター』の新しいキャラクターの絵がひとつ上がってきましたけど、よかったですね。

『ヴァンパイア・ドクター』

押井守に最初に教えられたのは、「この世に新しいものはない」

ーーインタラクティブノベルアプリとは、ストーリーを読みながら途中で出てくる選択肢を選んでプレイしていくゲームです。物語を作るにあたって、このシステムは意識しましたか?

いえ、まずは物語としてしっかりしたものをお届けすることが大前提なので、システムを意識して物語を作るということはないですね。今回は、血を吸われるとヴァンパイアの意識が流れ込んでくるという設定なので、選択肢によって恋愛のバロメーターとヴァンパイアのバロメーターが変化していって、話の結末が変わるという仕掛けはあるんですが。

ただ、“ダイヤ”と呼ばれるアイテムを使うとプレミアストーリーが読めるんです。それを読むと、ヴァンパイアのアルに対して抱く印象がぜんぜん変わるんですよ。通常の選択肢でも少しだけエピソードが変化するので、ユーザーによって自分だけの読み方ができるというのが面白いと思いましたけどね。

ーー映画でいうと、自分だけのディレクターズカット版が見られるようなものですね。

はい。ただ、基本的にダイヤを使わずに無課金でプレイしても最後まで読めるようになっているので、プレミアストーリーがなくても話の筋が通るようにしなきゃいけない。その情報の整理がものすごく難しかったですね。というより、今も書きながら苦労させられています(笑)。

『ヴァンパイア・ドクター』

ーーこうしたヴァンパイアや伝奇ものの物語は世界中にありますが、現代の日本ではアニメやマンガによって普及してきた側面が強いと思います。そうした日本のアニメ・マンガ的な感覚は意識しましたか?

唯一意識したとしたら、“ディテールの細かさ”ですね。アニメの現場でもそうですけど、慣習に縛られずにディテールを積み上げていくのが日本のクリエイターの特徴だと思うので。

海外だったら、さっき言ったようにヴァンパイアは水に弱いとか日を浴びると死ぬとかルールを守らなきゃ吸血鬼ものにはならないんですけど、日本人は別の何かをくっつけて自由に形にしていく。たとえば『攻殻機動隊』でも、マンガの原作をどうアレンジしていくかっていうことも含めて、すごく柔軟性がある。これは日本の現場、クリエイティブの一番の良さなんじゃないかと思いますね。

ーー非常に納得のいくお話です。このテレ朝POSTというサイトの名前は、最近よく言われる「ポスト・ヒューマン」という言葉のように、“次の”とか“後の”という意味が込められています。藤咲さんは、今後どんな形のクリエイティブがあり得ると思いますか?

僕もいろいろな物語を書いてきて、自分の頭で考えてきたんですけど、そこを人工知能さんに手伝ってもらいたいなと思っています(笑)。たとえば、「ストーリーキューブス」という知育玩具があるんですが、これは異なる絵柄が描かれたサイコロを振って、その目に沿ってストーリーを作るおもちゃです。このストーリーキューブスのような役割をAIにやらせたら、思わぬアイデアや、整合性がつかないような物語が出てくるんじゃないかなと思っているんですよ。

それでもストーリー作りが完全に人間の手を離れることはないと思うんですが、AIの作ったアイデアをたたき台にすれば、ひとりで書くより面白いものができるんじゃないかなと。今の仕事の現場でも、ミーティングで出てきた意見を集約して、集合知的に書いているような部分がありますから。

ーー脚本家の方が、自分だけのオリジナルにこだわらないというお話は新鮮です。

僕の師匠の押井守に最初に教えられたのが、「この世に新しいものはない」ってことだったんです(笑)。僕らがものを作るときには、必ずその前に何かを見て発想しているんですよ。だから、自分が書いたものは絶対に誰かがもう書いているんだって意識が常に僕のなかにあるんです。

ただし、アイデアを形にするときは作家ひとりひとりの経験やモラルに照らして書いていくことになります。そこで自分の“雰囲気”みたいなものをどれくらいお話に込められるかが重要だと思いますね。僕が書いた脚本も、他人が読むとなぜか僕のものだってわかるらしいんですけど、そういうところが一番大事な部分だとは思います。

ーーでは普段、藤咲さんはどういったところからアイデアを得ているんですか?

実は、僕はこういう仕事をしておきながら、アニメや映画をあまり見ないんですよ。若い頃にいっぱい見たんで、もういいかなと(笑)。見てもだいたい結末やパターンが見えちゃうんで、あえて見ないようにしてます。

むしろ、最近は音楽からインスピレーションをもらうことが多いですね。この音楽を映像化したらどうなるんだろうってところから、そのヴィジュアルにいろんなものをくっつけて考えていってます。

もっと言えば、きっかけは何でもいいんです。たとえばステーキがおいしく焼けたとしたら、物語のなかでこのステーキを喜んでくれるのは奥さんなのか、子どもなのか。それとも見知らぬ人なのか…。そういう何気ないところから枝葉を広げていくっていうことは日常的にやっています。

ーー大変参考になります。

ただ、僕はほんとに集中力がないんですよ(笑)。いつもTwitterを見ながら脚本を書いたりしているんで、作業が遅くなっちゃうんです。でも、そのつどいろんなものを取り入れて、ひとつのインスピレーションにいろんな枝葉をくっつけて書いています。そんな風に何かを見て情報を仕入れるっていうことに関しては、今後も貪欲にやっていきたいですね。

<取材・文/西中賢治>

※プロフィール
藤咲淳一(フジサクジュンイチ)
1967年8月6日生まれ。
『攻殻機動隊』『BLOOD』シリーズ、『ポケットモンスター』などのアニメ脚本を中心に、様々な作品、ジャンルの脚本を担当。小説家でもある。
現在は日本のアニメ制作会社Production I.Gに所属。

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