「人の心に響くプロレス」を追い続け…死の淵から蘇ったレスラー・高橋ヒロム復活までの道のり

公開: 更新: テレ朝POST

出会ってすぐ、こいつはヤバいと一目でわかった。高橋ヒロム、30歳。新日本プロレスに所属する人気プロレスラーである。

トレードマークは毛先だけ赤く染めた長髪。入場コスチュームは誰よりも派手で、リングでの行動も予測不可能。

もっと、もっと、もっと楽しませてやる

これが彼の決め台詞だ。

しかし、そんなヒロムは2018年、本人でさえ予測できなかった大アクシデントに見舞われ、命の危機を経験した。試合中に首を骨折したのだ。

そこから530日もの日々をリハビリに費やし、昨年12月にリングに復帰。そのために重ねた苦労、流した汗にはただただ頭が下がる。しかし、それ以上に心に刺さったことがある。ヒロムは復活したリングの上で実に楽しそうだったのだ。

知りたかった。彼は、なぜ笑うのか?

2月23日(日)深夜に放送されたテレビ朝日のスポーツドキュメンタリー番組『Get Sports』では、高橋ヒロムに完全密着。奇跡の復活を遂げた破天荒レスラーの復活への道を追った。

◆「俺自身が、俺の好きなプロレスラー」

2019年12月19日(木)、復帰戦当日。ヒロムの姿は東京・渋谷の美容室にあった。特別な日だからプロの美容師に髪を整えてもらう。毛先はすでに鮮やかな赤に染まっており、問わず語りにその秘密を教えてくれた。

©Get Sports

「毛先、これ(赤は)昨日自分で入れたんですよ。なんで毛先だけが赤なんだって、けっこう言われることがあるんですけど、単純にハゲたくないからなんですよ」

頭皮のダメージを心配する繊細さが微笑ましかった。そしてそこから笑いにつなげる軽やかさも。ヒロムの細やかさとサービス精神は試合でのパフォーマンスにも生きている。

この日、530日ぶりに帰るリングは、彼にとってかけがえのない表現の場だ。

171センチ、88キロの身体はレスラーとしては小柄な部類に入るが、それを補って余りあるスピードと器用さ、技を組み立てる力がヒロムの武器だ。

予測不能の試合展開で観客の心を思うように揺さぶり、クライマックスに繰り出す必殺技、時限爆弾を意味するTIME BOMBで仕留める。

運動能力と表現力の両輪が創り上げる独自の世界に、観客は喝采を送る。「プロレス自体を楽しんでるところが素敵と思います」と笑うファンがいれば、「エネルギーを感じます」と賛辞を贈るファンも。なかには「新しい風を吹かせてくれる」と分析するファンもいる。

しかし、ヒロム本人の思いはいたってシンプルだ。

自分がもしファンだったら、どんなレスラーのファンになるんだろうって考えたときに、自分なんです。俺は俺がやってることが好きなんですよ。俺自身が、俺の好きなプロレスラー像なんですよ

◆引退を覚悟した大怪我

そんなヒロムを襲った事故は、一昨年の7月、アメリカでの大会で起きた。

対戦相手であるドラゴン・リーに得意技、ドラゴン・ドライバーをかけられた時、受け身を取れず、脳天がマットに突き刺さる状態になった。中継の解説席から「頭から刺さっていませんか?」と心配の声が挙がるほど危険な角度だった。

あ、やっちゃった!ってなった瞬間に、熱さが、すごい高熱が走ったんですよ。走馬灯とは違うんですけど、一瞬で色んなことを考える。本当にこの先どうなるのか、これで引退なんだとか

救急隊が駆け付け、病院へ搬送されたヒロム。診断は頸椎骨折だった。

半身不随か、全身不随か…。本人は引退を覚悟したというが、医師も驚く奇跡が起こった。幸いなことに骨が折れただけで、神経のある頸椎は無傷だったのだ。悪運か強運か、それとも何かに護られたのか。

「俺プロレス出来るんだと思いましたよね。そこはあっけないぐらい、気持ちをすぐ切り替えましたよ。(ケガをした)3日間だけは、マイナス思考でしたけど、それこえたらプラスでしたね」

しかし、診断は全治1年以上。必要なのは忍耐だった。平成から令和へと時代が進むなか、表舞台から消えたヒロムはリハビリを続けた。

©Get Sports

コルセットが外れてからは1日1時間以上、首のトレーニング。試合に耐えられる首にしなければ、復帰はできない。

ここで申し添えるが、首の骨を折った試合には、続きがあった。激しい痛みで一度はドクターストップを申し入れたが、思い直して取り下げ、試合を続けたのだ。

「引退だと思ったから、もうプロレス出来なくなると思ったから試合をしたんですよ。最後までやろうと。勝っても負けても、スリーカウントがギブアップで終わりたい、最後は担架で運ばれるんじゃなく、勝っても負けても自力で花道を帰りたいと思ったんですよね」

職業意識を遥かに超えた狂おしいまでの執着心がそこにはあった。

かくして2019年12月19日(木)、530日ぶりの復帰戦を迎えた。

◆「あの声援聞きました?たまんない」

待ちに待った復帰戦。問題は首が持つか、そして観客の期待に応えられるか。

試合開始のゴングと同時に、エルボーの応酬。首への攻撃を怖がるような素振りは全く見せない。

ヒロムは、暴れた。場外にも飛び出し激しい乱闘。リングを会場を縦横無尽に暴れまわった。タッグ戦だった試合は相手の勝利で終わったが、帰って来たヒロムに客席は沸いた。

©Get Sports

「正直、負けちゃったけどめちゃくちゃ面白かったんですよね。あのリングが。楽しすぎて楽しすぎて。530日ぶりのリング。楽しいに決まっているじゃないですか。あーキツかった。痛い。体痛い。苦しい。でもあの声援聞きました?たまんないですよね」

「もっと、もっと、もっと楽しませてやる」――リングでのあの決め台詞は、ヒロムの本心なのだ。

次に待つのは2020年の年明けの大舞台、東京ドーム。ジュニアヘビー級のタイトルに挑戦する。復帰明けの自分がそこでどれだけやれるか。そのための特別な練習を陸上競技場ですることになった。

◆「プロレスは危険だ!でも、それ以上にめちゃくちゃ楽しいんだ!」

「こんにちは。新日本プロレスの高橋ヒロムと申します」

礼儀正しく挨拶した相手は、母校の後輩たち。高校時代、陸上の短距離選手だったヒロムは後輩たちに交じり、短距離ダッシュを繰り返す。

「最後きついところを耐えて耐え抜いて、きついなかでも攻めて、3カウントを奪うスポーツなんで、陸上のラスト数メートルは、プロレスの体力に似ているところなんですよ。これをやりたかった」

続いては道場での練習。スパーリングでは、ただただ「打ちのめされる練習」を重ねる。

「俺がプロレスにおいて一番大事だと思っているのは守りですから。受けとく練習をしておかないと相手がどんな攻撃してくるかもわかんないですし、どんな必殺技を用意してくるかもわかんない。全てに対応できるような体を作っておかないと、また首の骨を折っちゃうじゃないですか」

相手を光らせ、自分が上回る。プロレスラーの強さはそのためにある。

年が明け、いよいよその日がやってきた。4万人の大観衆が詰めかける東京ドームでのタイトルマッチ。首を折り、死の淵を見たレスラーの晴れ舞台だ。

ゴングが鳴ると、ヒロムはアクセル全開で「表現」を続けた。9回受け、10回返す。それがプロレス。大歓声が会場を包んだ。

会場の興奮を操るヒロム。客を見て、相手を見て、最高潮のタイミングを見計らいながら、プロの仕事を全うする。そして、この日のために開発した新技でフィニッシュ。

試合時間は24分33秒。プロとして、表現者として、高橋ヒロムは完全復活を果たした。

©新日本プロレス

試合後、チャンピオンベルトを巻いたヒロムは、記者会見場でこう叫んだ。

ごまかすんじゃねえぞ。プロレスは危険だ!でも、それ以上にめちゃくちゃ楽しいんだ!だから俺は言っているだろ。いつも、もっと!もっと!もっと!もっと!もっと!みんなで楽しもうぜ!ってな

始まりは、中学1年生のときだった。テレビで見たプロレス中継の蝶野正洋vs高山善廣。その世界に衝撃を受け、「人は人をこんなにも感動させられる」「自分も同じ存在になりたい」と思った。以来、人の心に響くプロレスを追い続けている。

最後に、高橋ヒロムに聞いた。「人を感動させる」とは、あなたにとってどういうことなのか?

「感動ってそう簡単にするもんじゃないですからね。涙ってそんな簡単に出ないですからね。それって結局自分が感動しなきゃ、人って感動しないということですよね。

俺が心の底から、『ああ今日の試合楽しかった』『涙が出ちゃう』、そんな試合をしない限りは多分人って1日の感想で終わっちゃうんですよね。だから人を感動させられたら、つまり俺も感動したってことなんですよ」

そしてヒロムは今日もリングへ。どれだけ自分が感動できるか。それを追うのが最高に楽しい。だから彼は笑う。

©Get Sports

番組情報:『Get Sports

毎週日曜日夜25時30分より放送中、テレビ朝日系(※一部地域を除く)

 

番組情報:『高橋ヒロム 復帰と未来への展望 ~リングの外まで完全密着SP~』

テレビ番組として異例の2時間30分に及ぶドキュメンタリー完全版

2020年3月7日(土)ひる12:00~、CSテレ朝チャンネル2

PICK UP