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大島直也さんとコンビを組んだ「ドロンズ」として、『進め!電波少年』(日本テレビ系)で、猿岩石の大ヒット企画に続く「南北アメリカ大陸縦断ヒッチハイク」に挑戦。

拳銃を向けられ発砲されたという危険な目に遭いながらも、1997年12月31日に見事ゴールを果たした二人。猿岩石の倍以上の日数をかけた過酷な旅であり、「ドロンズ」の名は広く知られることになったが、ブレークというところまではいかなったという。

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◆ロバのロシナンテに人気を奪われ…

-日本で旅の様子が放送されてドロンズが注目を集めていることは知っていました?-

「全然、わかりませんでした。広島では『進め!電波少年』が放送されていなかったので、親も見られなかったですしね。

親には事務所の社長が連絡して状況を知らせてくれていたんですけど、広島の友だちは全然知らないですからね。『あいつは何をやっているんだろう?』って思っていたみたいですよ(笑)。旅の途中ぐらいからは深夜の2時半とかに放送されるようになったみたいですけどね」

-帰国されてからは、どんな感じだったのですか?-

「それが、年が明けて日本に帰ってきてすぐに前説をやっていたので、テレビにたくさん出られたわけじゃないんですよね。『すごい売れていたでしょう?』って言われたんですけど、帰ってきて3カ月間だけ取材をたくさん受けましたけど、テレビはとんねるずさんの番組とか、電波少年など4本しか出てないんですよ。

それで、帰国して3カ月後、4月には、今度は『雷波少年』(日本テレビ系)という番組で、ロバと旅をしていましたからね(笑)」

-ロシナンテですよね、懐かしいですね-

「そうです。ロシナンテと。あとで聞いたらマネジャーが電波少年に2年間スケジュールを渡していたらしくて。だから『雷波少年』という番組が始まって、ロバのロシナンテと旅にずっと行くんですよ。

そうすると今度はロバがすごい人気になって、ゴールしたときにはもう“ロシナンテブーム”になっていて、僕らのことは忘れられていたんですよ(笑)」

-テレビにたくさん出ていたイメージがありますが-

「それが出ていないんですよ。電波少年で海外を旅して帰ってくると、大体『笑っていいとも!』や『ライオンのごきげんよう』に出られるって言われていたんですけど、僕たちは一回も出てないんです。

唯一僕が好きだったのが、もう亡くなったんですけど、やしきたかじんさん。たかじんさんの番組には何度か呼んでもらっていて、大阪でネタもやらせてもらっていたんですよね。

ほかの人たちにはだいたい『お前すごい出てたやろ』って『ほんまに二番煎じでお前らは全然出れへんかったな』っていういじり方をしてくれたので楽しくて(笑)。その通りほんとに出てなくて、だから結局、電波少年しか出てこないんですよね」

-確かにインパクトありましたからね-

「そうですよね。それでみんな『すごい稼いでいたでしょう?』って言うけど、テレビの仕事をしていないから稼げないんですよ、実を言うと。前説をやると5千円もらえるので、あとは給料制でしたからね。まあ、そのおかげで24歳ぐらいからはバイトをせずにやってこられていますけど」

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◆馬肉専門店のオーナーになるも四苦八苦

ヒッチハイク旅から帰国後もドロンズとして活動していた二人だが、2003年、相方の大島さんが俳優業に転向することになり、コンビを解散。それぞれソロで活動することに。

石本さんは、ピン芸人、大食いタレント、リポーター、俳優と幅広い分野でマルチな才能を発揮。さらに、2007年には、東京・恵比寿に馬肉専門店「馬肉屋たけし」をオープンし、実業家としての顔も持っている。

-お店では後輩の芸人さんとか、舞台女優の方とかをバイトで雇っていらっしゃるそうですね-

「はい。この仕事は急に仕事やオーディションが入ったり、舞台で何カ月も休んだりで休みがちになるので、バイトを首になっちゃったりするんですよね。僕もそういうことがあったので、そういう人たちが安心して本業ができるようにと思って働いてもらってるんです。それはしょうがないじゃないですか。みんな通っていく道なので」

-石本さんもバイトをされていたときは大変でした?-

「大変でしたけど、僕は20歳ぐらいのときに働かせてもらった居酒屋の店長さんが、すごく助けてくれたんです。

カウンターに8席しかないお店だったんですけど、店長が『俺は応援しているから働かせているんであって、いいんだよ、いつ休んでも。その代わり、俺が休みたいときにお前が働けるんだったら働いてくれ。そのときには売り上げの半分お前に給料としてあげる』って。

そういう経験をさせてもらっていたので、自分の店を開いたときには、そのマスターのようなことができる人になりたいと思っていたんです」

-しかし、急な休みが重なると大変じゃないですか-

「店長だけは店が本業の人なんですけど、『いつ休むかわからない人ではなく、ちゃんとした人を雇って欲しい』って店長によく言われます。予定していた従業員の多くが急に休みになる場合があったりして、人数が読めないですからね。

今だって4人一斉に舞台の稽古が始まるというので、僕も手伝いに行ったりして何とかやっています。しわ寄せが全部店長と僕に来るんですよ」

-ずっとそういう状態が続いているんですか-

「いえ、最初はちゃんと回っていたんですよ。でもうれしいことですよね、うちの店で働いている子たちの本業が忙しくなって来られなくなるっていうのは。昔はみんな暇だから働いていたので。本業が忙しくて店に来られないというのは良いことなんですけど、店長と僕はめいりますよね、やっぱり大変ですから(笑)。

最近も若い女優さんが、『半年間お芝居がないから働かせてください』って言うから働いてもらうことにしたんですよ。半年間は働いてもらえるから良かったなぁと思って。

そしたらその子が働いて4日目ぐらいで、店に舞台関係の人がご飯を食べに来て、『石本君、今度舞台やるんだけど、誰かいい子いない?』って聞かれたから、その彼女を紹介したんですよ。

そしたら次の日にオーディションを受けに行って受かっちゃって『明日からもうバイトには来られません』ってなって(笑)。『決まってよかったね』って喜んでいるんですけど、『またバイト探さなきゃいけないなぁ』って、結構焦ってるんですよね(笑)」

そういう感じで仕事が決まる場合も多いとか。そのため、従業員のことを考えて、名札には名前ではなく「芸人」や「役者」、「歌手」など、本業を書かせているそう。さらにメニューには写真も料理説明も載せていない。これはお客さんと従業員のコミュニケーションにつなげようと考えてのことだという。

「お客さんには、従業員に接客以外の本業があるということが申し訳ないなと思うこともあるんですよ。従業員の数が足りない日もありますからね。そういうときにはもうお客さんに正直に言っちゃいます。『申し訳ありません。きょうは従業員の数が少ないので、接客も料理も遅くなってしまいますが、それでもよろしければお願いします』って。

そういうことがあるので、申し訳ないという思いを込めて、毎年夏には1週間、生ビールが一杯10円、焼肉90%オフという激安サービスを実施したりしています。完全に赤字ですけどね(笑)」

-12年続けていることがすごいですね-

「正直、お店に関しては、もうけはゼロです。原価が高すぎてもうけが出ないんです。でも、お客さんに『石本君のお店はやっぱりおいしいね』って言われるのがうれしいんですよね。

それに、僕も去年のドラマ『この世界の片隅に』(TBS系)が決まったのは、うちの店がきっかけなんですよ。

たまたまTBSの人がご飯を食べに来て、『今度広島が舞台のこういうドラマをやるんですよね』って聞いたから、『僕広島ですよ』っていう話をして、その夜うちのマネジャーに電話して『こういうドラマをやるみたいだから、明日売り込みに行って』って言ったら決まったんですよ。だから情報網としてもいいですよね(笑)」

東京にいるときには極力店に出て、接客だけでなく料理の腕もふるっているという。次回後編では、愛犬との感動エピソード、6月14日(金)に公開される映画『柴公園』の撮影裏話を紹介。(津島令子)

(C) 2019「柴公園」製作委員会

※映画『柴公園』
6月14日(金)より全国のイオンシネマ/シネマート新宿ほか全国公開
企画・配給:AMGエンタテインメント
柴犬を飼っている3人のおじさんたちが壮大な無駄話をダベリ尽くすハートフルムービー。
監督:綾部真弥 主演:渋川清彦 大西信満 ドロンズ石本 桜井ユキ 佐藤二朗

※SHIBA フェス in 渋川市 中村緑地公園
6月8日(土)
「愛犬と一緒に青空映画館で、映画『柴公園』先行特別試写会を観よう!」
1回目 10:30~12:10
2回目 14:15~15:55
トークショー 12:30~13:15
大人1500円 子ども1000円 愛犬800円

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