注目集める映画『岬の兄妹』に表れる、“インディペンデントで映画を作る意義”

公開: 更新: テレ朝POST

コンサート、映画、舞台など、あらゆるエンターテインメントをジャンル問わず紹介する番組『japanぐる〜ヴ』(BS朝日、毎週土曜深夜1時~2時)。

同番組の映画コーナーでは、映画評論家の添野知生と松崎健夫による、イチオシ映画を紹介する独自目線が人気。3月2日の放送では、3月1日から全国公開が始まった『岬の兄妹』と、3月8日からロードショー上映が始まった『運び屋』を紹介した。

◆インディペンデント映画の意義がある

(C)SHINZO KATAYAMA

松崎は、社会派らしい着眼点で『岬の兄妹』を取り上げた。

本作はもともと自主制作映画だったそうで、昨年話題を集めた『カメラを止めるな!』をほうふつとさせるが、「場合によっては、それと同じような現象を巻き起こす可能性がある」と期待感たっぷり。

同作のホームページでは、俳優の香川照之や池松壮亮、ミュージシャンの菊池成孔、尾崎世界観(クリープハイプ)、ブロードキャスターのピーター・バラカンのほか、映画監督や映画評論家など各界知識人のコメントが掲載されており、衝撃度合いの強さが伺える。実際に『SKIPシティ国際Dシネマ映画際2018』の国内コンペ部門で、優秀作品賞・観客賞をダブル受賞するなど高い評価を得ている。

生活に困窮し、やむなく自閉症の妹に売春を斡旋して生きるしかない兄と妹の物語で、地方都市の暗部を浮き彫りにしながら家族の在り方を考えさせられる作品。

目を背けたくなるような題材だが、松崎は「どこかユーモアがあり、どんなに過酷でも生きることを諦めない強さが描かれている。兄妹の周りの人物も手加減なくしっかり描き、作品が外に向いていることで、僕たちが生活している地続きの向こう側に、この兄妹がいるんじゃないかと思わせてくれる」とリアリティを重んじた表現方法を評価した。

監督の片山慎三は、『殺人の追憶』などの作品で知られる韓国のポン・ジュノ監督らの元で助監督として学んだ経験を持ち、今作では脚本と編集も手がけ、完成までに2年以上を費やした。兄の道原良夫役を、これまで100本以上の出演作があり、山下敦弘監督や熊切和嘉監督など多くの映画監督からの信頼も厚い松浦祐也、妹の道原真理子役を舞台などでも活躍する和田光沙が演じた。

松崎は、和田光沙を絶賛する。

「もし有名な女優さんがやったら、どうしてもその女優さんが“障害者を演じている”という感覚になるが、彼女はまだ無名に近いので、ともすれば本当に障害を持っている方じゃないかと思うくらいに見える。そこがインディペンデントで映画を作る意義のひとつで、映画を観た人が衝撃を受けることのひとつ。こういう映画はいきなり全国で公開されることはないので、ぜひこういう映画を応援してほしい」(松崎)

◆才能があって長生きした人の特権

©2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS(BVI)LIMITED,WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

添野は、クリント・イーストウッドが監督と主演を務めた『運び屋』を紹介。

妻や娘に見放されて孤独な生活を送っていた90歳のアール・ストーン(クリント・イーストウッド)の元に舞い込んだ“運転手”の仕事。ごく簡単な仕事だったが、それはメキシコ犯罪組織によるドラッグの運び屋だった。

驚きの実話を元にした本作は、全米では1億ドルを突破したヒット作品。添野は、88歳のイーストウッドが自身のことをこの映画に重ねていると指摘した。

「映画の主人公は、仕事中心で家族を顧みなかったことで、奥さんと娘から絶縁され、やむなく運び屋の仕事を引き受けるわけです。イーストウッド自身も、ずっと映画の仕事をしてきて、毎年のように新作映画を撮り続けてきた。プライベートでは女性関係に問題があるなど、決して家族を顧みてこなかった。そんなイーストウッド本人も、この『運び屋』という映画をきっかけに、家族と和解したいと思っているんじゃないか。主人公の娘の役に、自分の娘アリソン・イーストウッドを出演させているのも、その気持ちの表れではないだろうか」(添野)

また、主人公を追い詰める麻薬取締局の捜査官を演じるブラッドリー・クーパーは、アカデミー賞歌曲賞を受賞した『アリー/ スター誕生』で監督・主演を果たした。

「これまでもイーストウッドは、若い奴に仕事を譲るとか後継者に託して死んでいくという役を好んで演じてきた。今回は、明らかにブラッドリー・クーパーを後継者指名している意図がうかがえる。自分の考えが強くあって反時代的な面があるところも、イーストウッドとクーパーが似ているところ」(添野)と、イーストウッドの意志を受け継ぐのはクーパーだとして期待を寄せる。

「これまで好き放題に生きて来た老人の罪滅ぼしの話と言ってしまえばそれまでだが、それをある種のチャーミングな寓話としてまとめてしまうことができるのはイーストウッドの力だし、それが許されるのは、才能があって長生きした人の特権じゃないかと思う」(添野)

平和で幸せな国という印象の日本の奥深くに潜む悲惨な現実を浮き彫りにする『岬の兄妹』、驚きの実話を元に人生の機微や奥深さを感じさせる『運び屋』。今回も2人の鋭い洞察力によって、映画の新たな楽しみが増えた。(文=榑林史章)

※番組情報:『japanぐる~ヴ
毎週土曜深夜1時~2時、BS朝日

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