銀行残高561円から売上130億円へ。キラキラしていないベンチャーが起こした“顔の見える電力”奇跡の物語

公開: 更新: テレ朝POST

テレビ朝日が“withコロナ時代”に取り組んでいる『未来をここからプロジェクト』。

報道ステーション』では、多岐にわたる分野で時代の最先端を走る「人」を特集する新企画『未来を人から』を展開している。

今回取り上げるのは、2016年の電力自由化以降で参入した“新電力”と呼ばれる小売電気事業者のみんな電力株式会社。

二酸化炭素を排出しない再生可能エネルギーにこだわり、2020年のジャパンSDGsアワードでは内閣総理大臣賞を受賞。創業10年で売り上げはおよそ130億円にのぼり、丸井グループ、リコーなど名だたる企業を顧客に持つ話題のベンチャー企業だ。

電力自由化を契機に「どこの電気代がお得なのか?」と比べるユーザーが増えた一方で、その電気は、どこで、誰がつくったのかを知る人はいない。そんなブラックボックスの中身をブロックチェーン技術で可視化して“顔の見える電力”のプラットフォームを創設したのが、みんな電力の代表取締役・大石英司氏である。

みんな電力を通して、持続可能な方法で発電された電気を買うことで、誰もが脱二酸化炭素社会への一歩を踏み出すことができる。仮に100万人が一斉に切り替えることで、国内の大手自動車メーカーの二酸化炭素排出量と同量以上をカットすることも可能だというのだ。

巨大企業が跋扈する電力業界に新風を巻き起こす大石氏は、どのような未来を見据えているのか――。

◆電気の生産者の「顔が見える」

東京・世田谷にあるみんな電力本社は、和室やスナックなど個性的な部屋がある個性的なつくりとなっている。オフィスの入り口も同様、凝ったデザインになっており、ロゴの後ろには電源プラグの差込口が敷き詰められている。

その意味について、大石氏が語る。

「コンセントの向こうは必ずどこかにつながっています。いろいろな電力の生産者さんにつながってますよ、という表現をしてみました。みなさんのコンセントの向こうが、どこにつながっているのか。それを一つひとつ明らかにしていくのが、ぼくたちの大きなコンセプト。コンセントの向こう側、つまり電力を作る発電所の顔を見えるようにしたのです」

その意志は会社のウェブサイトにも現れている。利用者が使う際、サイトを開くと様々な電力の生産者のデータがずらっと画面上に並ぶ。

「風力、水の上の太陽光、池の上の太陽光…。“私がこの太陽光を作っているんですよ”、“私たちがこの水力の電気を作っているんですよ”、“風力の電気を作っているんですよ“ということで、生産者さんたちを紹介させてもらっています。

みんな電力の役割は、発電所と契約し、料金メニューなど各種手続きを行い、ユーザーと発電所をつなぐこと。ユーザーは、全国にある発電所をどんな人が運営しているのか、どんな方法で電力を生み出しているのかを詳しく知ることができます。

また検針票があれば、工事の必要もなく、すぐに切り替えることができる。5分で簡単にSDGsのアクションができるのが売りです」

生産者の顔が見えることで、ユーザーは“環境破壊によって作られた電力”と“持続可能な再生可能エネルギー”を区別して選択し、電気代を支払うことができるのだ。

「ひとことで再生可能エネルギーといっても、山を切り崩して発電している場合もあります。環境破壊しているのか、エコなのか、よくわからないな…という例があるんです。

自分の電気代が、例えば環境破壊している再生エネルギーに払われていたら、持続可能じゃないじゃないですよね。再生可能エネルギーならなんでも使うわけではない。我々が細かく情報を出すことで、顔の見える、地域に喜ばれている再生可能エネルギーを選んで使えるんですよというメッセージになりますよね。

そのためにもわりと厳しい調達基準を設けていまして、それをクリアした発電所からのみ電気を買うようにしています」

千葉県・匝瑳市(そうさし)にある発電所では、太陽光で発電しながら農業をする“ソーラーシェアリング”を行っている。千葉大学の研究者と学生たちが立ち上げた大学発のベンチャー企業、千葉エコ・エネルギー株式会社が、太陽光発電と耕作放棄地を農地として再生させる動きを両立させているのだ。

執行役員の富岡弘典氏は、電気を購入してもらうことについて「農業でいえば、作った野菜を“おいしい”と言ってもらえるのと同じような感覚です。自分たちの頑張りが評価してもらったんだろうなと、うれしい気持ちになります」と語る。

◆特定の発電所を指定…? その仕組みとは

この発電所を応援したいと手を挙げたのが、世界的なコーヒーチェーンのスターバックス。成田美郷台店は再生可能エネルギーで運営されており、その電力の大半は前述の発電所から賄われている。

「単純に農業だけではなく、プラスアルファの価値をつくっていこうという取り組みに対して、私たちも応援していきたいと考えが(再生可能エネルギーによる店舗運営)のポイントになっております」(スターバックス コーヒージャパン 店舗開発本部 店舗建設部 杉山容子)

各家庭、企業が電気代を支払っているなかで、従来の電力消費においては、支払ったお金がどこにいくのかはブラックボックス化していた。みんな電力がその過程を可視化したことによって、電気代の支払い先の選択に応援の意志を込めることが可能になったのだ。

「(発電する側の)顔の見える化をしたことで、自分の電気代がどこにいくら払われるかを選ぶことができる。自分の意志で、故郷の風力発電にお金払いたい、どうせ毎月電気代を払うなら福島復興に役立てたいなど、選択して意思を表示できるようにしたんです」(大石氏)

スターバックス成田美郷店と電力供給元の発電所は25キロ以上離れており、送電線もつながっていない。どのような仕組みで特定の発電所を指定できるのだろうか。

「単純化してわかりやすくいうと、お金の世界に電力はすごく近いんです。たとえば誰かが北海道で私宛てに1万円入金して、私が東京のATMから1万円取り出すとします。この場合、北海道で入れた1万円札と、私が東京で取り出した1万円札は、物理的には違いますよね。電力の世界もこれに近い仕組みで動いています。

たとえば秋田の風力で発電された電気が100kWh、送電線網というATMのプールのようなものに入ります。みんな電力がこの発電所と契約していたら、送電線網からその電気を100 kWh取り出して、お客様に売ることができるんです。

電気そのものを識別できるわけではありませんが、電力を入れた、取り出したことを証明する仕組みがあれば、みんな電力が売った代金が発電事業者にわたる。これをブロックチェーンというインターネット上のみんなで使う預金通帳のようなものに書き込んで、いつでも取り出せる仕組みをつくったということです」

その仕組みの裏側を、取引先のひとつである新宿マルイ本館の許可を得て解説してもらった。

「これはマルイさんの1月から12月までのデータです。タテの目盛りが使用量。毎日、細かくすれば30分ごとに見えます。ここを見ると、店が閉まっている時間帯から徐々に使用量があがっていくのがわかります。

たとえば10時から10時半の間、217 kWhは、青森のある風力発電所にお金が支払われました。104.19 kWhは青森の下北半島の風力発電所にお金が支払われました。

小さいところを見るとこの0.24kWhは、家庭用の屋根の上に設置する太陽光パネルで発電されています。そこまで多い電力ではないですが、個人がマルイさんの新宿本館に電気を送って動かしている。それをデータで見ることができるんです」

“顔の見える電力”のプラットフォームをつくった大石氏は、さらにユニークなプロジェクトを開始。作家・クリエイターのいとうせいこう氏とともに“アーティスト電力”という取り組みを始めたのだ。

福島県の耕作放棄地に発電所を設置して、この発電所と契約したファンは特典として限定ライブなどに参加できるシステムとなっている。

とあるイベントで大石氏と知り合い、宣伝部長を買って出ることになったいとう氏は、みんな電力に大きな可能性を感じている。

「今は僕だけですが、いろいろなアーティストたちが続々と自分の発電所を作っていきます。“発電って、そんなに自由なんだ”と感じてもらうためには、ものすごくわかりやすい例だと思うんですね。

タイアップでお金をもらっているわけではなく、この稼業は僕が無給でやっていること。日本の電力会社の中で、すべてオープンで、全員がきちんと監視しあえて、しかもどこからどこへ、どういう電気がいっているのかわかる。

このシステムは彼らしかもっていない。みんな電力というものが新しいエネルギー社会像を作っていくんじゃないかと楽しみにしています」(いとうせいこう氏)

「いとうさんがファンに向けて“おれの電気を使ってよ”といえば、ファンは“おれの家の電気、せいこうさんの発電所から来ている”と思うとワクワクするじゃないですか。しかも特典でライブに招待する、zoomで会議をするとか言ってくれているので、楽しいですよね。そこで気候変動の応援もできるし、地域も応援できるし、みたいなことになる。やっぱり楽しくやるのがすごく大事だと思っています」(大石氏)

◆預金残高561円の時期も…。転機は2016年

既存の電力業界にはない自由な発想で新たな風を巻き起こす大石氏だが、元々は畑違いの印刷会社で働いていた。みんな電力の仕組みを思いついたのは、通勤中だったという。

「2007年ごろ、ソーラーパネルがついた携帯充電器がちょうど出回り始めていたんです。当時は印刷会社のサラリーマンをやっていまして、通勤途中に、その携帯の充電器をカバンにぶら下げていた方を見かけたんですね。

ちょうどガラケーの電池がなくなりそうだったので、電気を買えるなら、買ってもいいなと思ったんです。それまでは電気は使うことしか考えてなかったけど、町でうろうろしてる最中に電気を作っているのかと気づいて。しかもステキな方だったので、少し高く、200円で買ってもいいなと。それをきっかけに友だちになれたらうれしいな、と思ったわけです(笑)」

不純な動機の一方で、別の考えも浮かんだ。もし、すべての産業の“原料”とも言える電力を誰もがつくれたら、豊かで幸せな生活ができるのではないか――。

「子どもが電気を作って、お小遣い代わりに親が買ってあげる。おばあちゃんが電気をつくって、お子さんが仕送り代わりに買う。電気って一部の人が独占していた富だったけど、子どもも、おじいちゃんもおばあちゃんもみんながつくれる富になっていったら、どうなるのか。

みんなで電気をつくって、そこに個々の人たちの顔を出して売って、そのつながりに価値を生んだら、富の分散化が起こって、貧困の解消につながるかもしれない。これは面白いと思いました」

そして2011年、300万円を元手に社員3人で会社を設立。誰でも発電できるポータブルソーラーパネルの開発や販売。あるいは再生可能エネルギーの促進活動をするアイドルグループの創設など、さまざまな活動を行ったが、大石氏の考えはなかなか理解されなかった。

「当時は周りの人に“アイドルが作った電気を高く買えたらエコにもなるし、つながりも作れて面白くないですか”、“高くても売れるんじゃないですかね?”といっても、なにをわけのわからないことを言っているんですかとさんざんで、投資家からもまったく評価もされず。

ベンチャー企業というと、ものすごい研究所にいました、大手の証券所にいましたとか、独立したときからピカピカしていいて、注目も集めて、資金もどんどん入ってきて…みたいなイメージがありますよね。その点私たちは、私と民謡アイドル、お笑い芸人の3人が創業メンバーなので、ピカピカのピの字もないというか(笑)」

ソーラーパネル設置などを請負い、なんとか食いつないでいたものの、気づけば銀行口座の残高は561円にまで減っていた。

「手元に100円か200円しかなかった時期もありました。もともとは月ごとに食費を妻にわたしていたのですが、それができなくなって、毎日家を出るときにわたすようになって、どんどん額が減っていって…。

ちょうど下の子が生まれたタイミングで、銀行の残高が561円に。妻からも“なんでよ!”と怒鳴られたほうがむしろスッキリするんですけど、“わかった”とすべてを察してくれたというか。つらい時期だから、これ以上言わないでおこうと察してくれたんでしょうね」

どん底の状態で転機が訪れたのは2016年。電気事業法の改正により、家庭向けを含めた電力の小売全面自由化が始まったのだ。それまで、家庭向けの電力小売は大手10社のみが認められていたが、法改正により国内電力量の40%に相当する市場が開かれた計算だ。

ベンチャーキャピタルの融資を受けて新電力市場に参入したことで、“顔の見える電力”が少しずつ話題となり、大手電力会社からも人材が集まってきた。

会社の根幹ともいえる、ブロックチェーン技術を使った“顔の見える電力”システムを開発したのは、元関西電力の原子力技術者だった三宅成也専務だ。

「大石さんの話を聞いていると、“顔の見える電力で、隣のお姉さんの電気買えたらうれしいんだ”とか言っているし、めちゃくちゃ面白いなと。でも電力という意味では、誰かの助けが必要な方なんだろうな、と思ったんです」

「電力業界出身でこの会社を作っていたら、こんな風にならなかったんじゃないかと思うんですよ。ある意味、ぼくがみんなに教えてもらう立場なので」という大石氏を支える仲間たちが、電力に精通するプロから異業種までどんどん集まり、取引先も増加。創業当初わずか500万円だった売り上げが10年で130億円になるなど、急成長を遂げることに。

「女性スタッフの比率がすごく高くて、若いメンバーが多い。社会課題を解決したいと思っている、幅広い異業種からのメンバーが集まりました。この多様性が根幹になっているので、既存の枠組みにとらわれないものが生まれてくるんだと思います」

そして2020年12月、「第4回ジャパンSDGsアワード」にて、SDGs推進本部長(内閣総理大臣)賞を受賞。菅義偉首相から表彰状を受け取った。創業から10年、“顔の見える電力”が世に認められたのだった。

「本当にありがたい話ですよね。振り返ると、どうやって食っていたのか、十数年よくやってきたな、と本当に思います。いろいろな人に応援していただいて、なんとかなったのは本当にここ何年かの話で。関心を持っていただいた今でも、もちろんしんどいことはあるんですけども…」

◆「自分の消費が誰かを泣かせている可能性が大きい」

現在、約600の有名企業や団体にクリーンエネルギーを供給しているみんな電力。契約件数は増え続けており、大手機器メーカーのリコー本社も今年4月から契約開始。福島県などの発電所から再生可能エネルギーを導入している。

「特に欧州のお客様から脱炭素を求められておりまして、それに対応できないと(取引先として)選んでいただけない。我々にとっては(再生可能エネルギーの導入は)必須であると考えております」(リコー本社 環境推進室 脱炭素・省資源グループ 内藤 安紀)

グローバル企業を中心に導入が進む一方で、課題となるのが一般家庭への普及だ。

「“再生可能エネルギー”という言葉はブームになりつつありますが、一般の生活者のなかで再生可能エネルギーを使うのはまだまだほんの一部です。家の電気を(再エネに)切り替えるのは5分で終わりますから、一番簡単なSDGsのアクション、一番簡単な気候変動対策といえます。でも、これがなかなか広がらない」

2020年、菅義偉首相は国会の所信表明演説にて「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする。すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言したが、大石氏は「もっと早く実現できるのではないか」と予測。

「国民のみなさんが意識して、自らアクションを起こして、政府や企業にその声を反映させていけば、もう加速度的に変わるんじゃないかな、と思っています。一人ひとりが持っている力は大きいから、それをぜひみんなでアクションしようよ、ということが、今、一番皆さんに伝えたいことです。

じつは一人ひとりのパワーってすごいんですよ。たとえば、大手の自動車メーカーが、国内で全部出しているCO2がだいたい120万トン弱なんですが、家庭で一人切り替えると1.9トンを削減できる。100万人で一斉に“CO2を下げようよ”と言ったら、大手自動車メーカーさんを抜き去っていっちゃうんですよね」

そのためにも大石氏が特に力を入れている事業がある。農薬や化学肥料を使わない有機農業と太陽光発電を組み合わせたソーラーシェアリングの普及だ。

「これがソーラーシェアリングでできた冷や麦です。(色を見て)そばだと思うでしょう?これが本来の小麦の色なんですよね」と、有機農法でつくられたうどんを食べる大石氏。

そして、ソーラーシェアリングをおこなう株式会社グリーンシステムコーポレーションの代表・阿久津昌弘氏は、電力の収入を得ることで、採算が出にくい有機農業でも事業として成立させることが狙いだと語る。

「もともとご先祖たちは無農薬でやってきたわけで。今の農家のビジネスモデルでは(有機農業は)かなり厳しい戦いになる。太陽光があるから、こういう有機農法ができるんです」

大石氏は電力を使い、有機栽培を行う生産者を支援していきたいと意気込みを語る。

「小麦はほとんどが輸入ですよね、国産の小麦を増やしていこうということで、こういったモデルケースをどんどん広げていきたいなと思っているんですよね」

今後は、電力だけでなく、あらゆる分野で生産者の顔が見えるようにしていきたいというが、彼が見据える未来とは――。

「今日は電気の話が中心でしたが、じつは着ているもの、食べるもの、たとえばいま着ている服は、誰が作っているのか? ぱっと言えないですよね。そこが大きな課題だと思っていまして、たとえばこの洋服だって、ひょっとしたら過酷な労働環境で服を縫っている人がつくった服なのかもしれない。

安い服を買おう、お得でいいわ、また捨てればいいわと買っていると、結果的には自分の消費が誰かを泣かせている可能性が大きいと思っていて。ブラックボックスのなかの生活というか、ほとんどの人が“顔が見えない生活”をしているんじゃないかと。

でもそこに児童労働や環境破壊など、ブラックボックスがいっぱいある。社会課題の根源は、顔の見えないライフスタイルにあるんじゃないかと思っていまして。

電力だってブロックチェーンの技術によって、誰が作ったのか、わかるようになったわけです。自分の電気代が、誰に、いくら払われているのか。電力ですら顔が見えるようになった。今後は衣食住など色んな領域に対して同じことができるんじゃないかと思っています。

顔の見える生活をみなさんにお届けすることで、結果的に、貧困の解消など社会課題の解決へつなげていく。それが今、僕たちがやりたいことなんです」

※関連情報:『未来をここからプロジェクト

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