映画『修羅雪姫』(佐藤信介監督)、ドラマ『スカイハイ』(テレビ朝日系)をはじめ、数多くの映画やドラマに出演してきた釈由美子さん

2013年には、新年早々テレビ番組の収録で左足関節外果骨折と左ひざのじん帯損傷で全治2か月の重傷を負ったものの順調に回復し、映画『相棒-劇場版III- 巨大密室!特命係 絶海の孤島へ』(和泉聖治監督)やドラマの撮影にも参加。『実践!にっぽん百名山』(NHK)でMCにも挑戦し、幅広いジャンルで活躍する。

2015年に結婚、2016年には第一子となる長男が誕生。2021年7月2日(金)には海外初進出となる映画『ロックダウン・ホテル/死・霊・感・染』(フランチェスコ・ジャンニーニ監督)が公開され、公私ともに充実した日々を送っている。

©︎2020 THE HORRORS OF HALL PRODUCTIONS INC

◆山番組の司会がきっかけで親子登山に

釈さんは4姉妹の次女として生まれ、幼い頃から元山岳部だった父親に連れられて山登りをしていたという。

「山には幼稚園の頃から行っていました。夏休みは富士山とか館山に行き、冬はスキーという感じでした」

-山番組のMCをされることになってお父さまも喜ばれたでしょうね-

「はい。すごく喜んでくれました。その番組がきっかけで本格的に山に登りはじめることになったので、父と一緒にいろんな山に登りました」

-そういう意味では親孝行ですよね-

「そうですね。父が亡くなる直前までは一緒に親子登山を楽しめて。父が山岳部だったので、小さい頃から山には連れて行ってもらっていたんですけど、大人になってからまた親子で登山ができるとは思っていなかったみたいなのですごく喜んでくれました。『次はどこの山に行く?』という感じで私から誘っていましたから。

はじめて2人で行った木曽駒ヶ岳(きそこまがたけ)では小屋泊をしたんですけど、夫婦に間違えられちゃって。私はちょっとショックでしたけど、父は照れながらもニヤニヤしていてうれしかったみたいです(笑)」

-お写真を拝見したらすごくかっこいいお父さまですね-

「ありがとうございます。それまでは父も自営業で商売がうまくいかなくて、私とも結構いろいろなことで揉めてギクシャクしていたんですけど、私が山の番組をすることになってもう一回山登りをしようという気持ちがなかったらそのままそういう親子の時間はもてなかったかもしれないです。66歳でがんが見つかって他界したので。

山がないままそうなってしまっていたらすごく悔やまれた終わり方だったと思うんですけども、今は父との思い出が山でのかっこいいお父さんで終わっていて、すごくよかったなと思います。山の歩き方や天気の読み方を教えてくれたり、いろんな武勇伝も聞かせてくれてかっこいいなあって。父の威厳みたいなものを感じましたよね、背中を見て。山ですごく密な時間がもてたので本当によかったです」

釈さんは、2015年10月10日にかねてから交際していた実業家の男性と結婚。結婚することを決めたのも山だったという。

「彼はインドア派で山には行ったことがないと言っていたので、『すごくいいから行ってみよう』と言って尾瀬に行ったんです。尾瀬も7、8時間ぐらい歩くので、歩き慣れていない人だと疲れるじゃないですか。そうすると素が出ますから、自分のことしか見えなくなったりとか『つまらない』という感じだと合わないなって。

でも、彼は疲れていても自然を楽しんでいたし、私の荷物が重くないかと気遣ってくれたりもしていたので、いいなと思いました。結婚する前に彼と山に行くのはおすすめです。その人の素が出ますからね。でも、パパ(夫)は結婚してからは山に行きたがらなくなってしまって(笑)。子どもも5歳になったし、そろそろ山登り行こうよと誘ったりしてるんですけど」

-息子さんは山にはまだ一度も行ってないのですか?-

「ハイキング程度はあるんですけれども、ちゃんとした山登りはまだないんです。先日登山靴をはじめて買ったので、今年デビューさせたいなと思っています」

©︎2020 THE HORRORS OF HALL PRODUCTIONS INC

※映画『ロックダウン・ホテル/死・霊・感・染』公開中
配給:TOCANA
監督:フランチェスコ・ジャンニーニ
出演:カロライナ・バルトチャク 釈由美子 マーク・ギブソン ベイリー・タイ

◆パンデミックホラー映画で海外初進出

7月2日(金)に公開されたカナダ映画『ロックダウン・ホテル/死・霊・感・染』が初の海外作品出演となった釈さん。この映画は、あるホテルの一室ではじまった謎の殺人ウイルスによる感染爆発を描いたもの。釈さんはDVの夫から逃れ、仕事も兼ねてカナダにやって来た臨月間近の妊婦・ナオミ役。世界各国のファンタスティック映画祭で話題に。

「撮影したのは2019年の1月だったので全然関係ないんですけど、まるでコロナ禍の今を狙って作ったような内容なのでちょっと複雑な思いはあります。まさかこんなことが起きるとは思っていなかったですし、パンデミックという話もなく、新型コロナウイルスでこういうふうな世界になるというのは自分でも想像つかなかったんですけど、実際に起こりうることなんだなあと」

-タイトルの「ロックダウン」という言葉もこれまで縁がなかったですしね。はじめての海外作品、最初にこの映画のオファーがあったときはどうでした?-

「カナダの作品でアメリカとか北米の映画作りにすごく興味があったので、英語はその当時全然しゃべれなかったんですけど、経験として行ってみたいという気持ちはありました」

-以前『英語でしゃべらナイト』(NHK)という番組をやってらっしゃいましたね-

「はい、やっていました。でも、もうすっかり忘れてしまっていたので、またゼロからスタートという感じでした。覚えるのは大変ですけど、忘れるのは早いですよね。やっぱり使っていないとすぐに忘れちゃって」

-半年間かなりお勉強されたそうですね-

「付け焼き刃で全然役に立たなかったんですけど(笑)。リビングだと声が響いて子どもが起きちゃうので、オンライン英会話とかをベランダに出てやっていました」

-撮影当時、お子さんはまだ3歳ですが、日本に置いて?-

「はい。撮影自体は2週間ちょっとだったので、パパもいるし親に助けてもらったりして大丈夫でした。低予算映画だったので、マネジャーも同行せずひとりだけでしたけど、なんかすごく新鮮で楽しかったです。飛行機の乗り継ぎも自分でやって、ホテルについてスタッフの方にスケジュールをもらってというのも英語だし。

でも、撮影が行われたカナダのモントリオールはケベック州でフランス語圏なんですよね(笑)。だから標識とか看板も全部フランス語でわからなかったんですけど、出演者やスタッフの方とは英語なので勉強して行ってよかったです。音声翻訳機ももっていたんですけど出すのが恥ずかしかったので、何とかパッションで伝えられればなあと(笑)」

-あのような特殊メイクもはじめてだったのでは?-

「そうですね。あそこまでの特殊メイクはなかったので、おもしろくてノリノリでしたよ。いっぱい写真も撮りましたし、子どもにもテレビ電話で見せたりして(笑)」

-感染していく変化をどのように考えて演じてらっしゃいました?-

「あまり頭で考えすぎないようにとは思っていたんですけど、正座しすぎて足がしびれたときとか、足がつってビーンとなったときはどんな感じだったかなとか、末端からジワジワくる感じなどを何パターンか作っていって、監督の前でディスカッションしながらプランを練っていったという感じです」

-日本にいる夫がDVで出産間近の妊婦さんという難しい設定でした-

「そうですね。自分も妊娠経験があるので、感染して廊下を這っていくときもお腹の赤ちゃんを守ろうとしてかばうようにしました。『何があってもこの子を守るんだ』って。母親の自覚が無かった頃から、お腹に命を宿すとこんなに底知れぬパワーが湧いてくるのかというのは妊娠したときに自分も感じていましたし、常に子どもとつながっているというのもあったので。

だから、匍匐(ほふく)前進は『ゴジラ×メカゴジラ』の撮影でも訓練しましたけど、今回はお腹に赤ちゃんがいるから違うバージョンで、ちょっと体勢を横にずらしてとかアレンジを加えて。それは身ごもってみないとわからなかったかなと思いました」

-足の動きがものすごく繊細でリアルでした-

「足は何度もつっていました。『ちょっとストップ、ストップ』って(笑)。何度もこむら返しになっていたので」

-大変でしたね。冬のカナダだとかなり寒かったでしょうね-

「外はマイナス20度でした。本当に低予算映画だったので、全部じゃないんですけどコートとか靴とかは自前だったんです。薄いトレンチコートだけで外の撮影もあったので、本当に寒かったです」

-撮影されていたときにはまったく予期していなかったと思いますが、新型コロナウイルスの感染の状況を聞いたときは?-

「デジャヴという感じがしました。とくにニュース映像が流れるときのアナウンサーの方の解説が、映画とまったく同じじゃないですか。何か悪夢をみているような感じで、悪夢だったら早く醒めてほしいと思うような世の中になってしまっていて…。

でも、映画だったら90分とかでエンドロールが流れるけれども、これが現実だったらいつエンドロールが流れるの?って。アフターコロナではなく、ずっとウィズコロナの状態で生殺し状態じゃないですか。やっぱり現実の世界が一番怖いなあと思いました。先がまだまったく見えないですから」

-お子さんは映画をご覧になったのですか?-

「公開初日に息子もパパと一緒に来て見ていたんですけど、途中で怖くて逃げだしてしまったみたいで(笑)。でも、『最後まで見なくてよかった』って言っていました。トラウマになっちゃうかもしれないからって。でも、そのあと控室に来たら息子が私と目を合わせてくれないんです。モジモジしちゃって、動揺していましたね(笑)」

◆全身全霊で子どもと遊んでいる時間が一番楽しい

子どもを産んでものすごく変化したと話す釈さん。自分と同じ誕生日(6月12日)に生まれた息子さんは5歳になったばかり。やんちゃで元気いっぱいの息子さんに振り回されっぱなしの毎日だという。

「川遊びに行って、膝まで川に入ってジャブジャブしながらザリガニとかタニシとかゲジゲジみたいなのを網ですくって夕方まで遊んだ後に、『4時からの回のキッザニアのチケットがあるけど、行けないよね』って言ったら『行く』と言うので、調布からキッザニア(豊洲)まで行きましたからね。もうヘロヘロでした(笑)」

-釈さんの『ゴジラ×メカゴジラ』も好きなのでは?-

「大好きです。友だちにも自慢になりますよね。子どもを授(さず)かって男の子だとわかったとき、絶対好きなタイミングってくるだろうから、いつ見せようかとずっと思っていたんですよね。

『こういう仕事をしているからママこれに出てるんだよ』ではなく、たまたま見ていたらママが機龍で戦っていたという感じにしたかったんですけど、はじめて見せたときに出た瞬間ですぐにバレました。『あっ、ママじゃん』って(笑)」

-うれしいでしょうね、息子さんは-

「一緒に私がメカゴジラをもってゴジラと戦うとか、そういう遊びをいつもやっていますね、『アブソリュートゼロ発射、ボン!』とか(笑)。毎日どうやったらこの子のエネルギーを消耗させられるかということばかりを考えているんですけど、その戦いです。子どものパワーって底なしですよね(笑)。

習い事も親がやらせているんじゃなくて、絶対にやりたいって自分で言ってやっているんですよ。スイミングもピアノもバレエも。私がこういう仕事をしているのを見ている影響なのかわからないんですけど、去年ぐらいから急にミュージカルにハマりだして、ミュージカルに対する熱がすごいですよ。

『ライオンキング』が大好きで、毎日歌って踊って。音楽をかけてずっと踊っているんです。自分はもうライオンになっているんですよ。だから『ジャンプ、ジャンプ!』ってソファからダイニングテーブルまで飛んだりして、『何だ?この猛獣は』みたいな、そんな世界です、本当に(笑)。

『どうやったらライオンキングになれるの?』って聞くので、『ライオンキングのパンフレットに4歳のころからバレエをはじめるって書いてあるよ』って言ったら、『僕バレエ習いたい』って習いに行っているんです。白いタイツをはいて踊っていますよ(笑)」

-将来はミュージカル俳優になりそうですね-

「でも、素質が…。私に似ちゃって多分音痴だし、リズム感もないからダメだと思うんですけど、度胸だけはありますね(笑)。

今、すごく子育てが楽しくて。今しかないじゃないですか、子どものこの時期というのは。だからちょっとお仕事を少しセーブさせていただいて、本当に全身全霊で子どもと遊んでいます。

田植えに挑戦して泥の感触を子どもと一緒に味わって、お米を作るということはこんなに大変なんだということを伝えたりして。都内に住んでいたときは近くにドングリひとつ落ちてなくて、舗装された公園でドングリがひとつあったらみんなで争奪戦になっていたんですけど、子どものために緑あふれる地域に移住したので、うじゃうじゃ落ちていて(笑)。

春には都内ではあまり見ないつくしをざるいっぱいに採ってきて天ぷらにしたり、かたつむりを捕まえたり、そういう自分の子ども時代にやっていた遊びを子どもと一緒にできるというのがすごく楽しいです」

息子さんのお話をするときの表情が愛に溢れ、限りなく優しい。公私ともに絶好調で、すでに海外進出第二弾となるアメリカ映画も撮影済み。監督は『ゴジラ×メカゴジラ』の大ファンで「釈由美子と仕事をするのが夢だった」と言われたというから女優冥利に尽きるというもの。公開が待ち遠しい。(津島令子)

ヘアメイク:田中宏昌
スタイリスト:安永陽子

テレ朝POST

2001年にデビュー。以来、数々のヒット曲を生み出し、歌姫として圧倒的な存在感を放ち続けてきた日本屈指の女性アーティスト。今年デビュー20周年を迎える「中島美嘉」BLOOD SONGは…新曲『SYMPHONIA』と中島みゆき楽曲『命の別名』を披露毎週1組のアー

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