松坂桃李、母子殺人犯という役を演じて得たこととは…『微笑む人』

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3月1日(日)21時から放送されるテレビ朝日ドラマスペシャル『微笑む人』で、母子殺人事件の容疑者・仁藤俊美(にとう・としみ)を演じた松坂桃李さん。

同ドラマは、2012年に発表された貫井徳郎の同名小説が原作で、主人公のエリート銀行員・仁藤は、周囲からの信頼も厚く誰もがうらやむ生活を送っていながら、母子殺害理由を「本の置き場が欲しくなったから」と平然と答えるような、一般的には理解不能な不気味な男だ。

これまでもさまざまな役柄を演じ、若手実力派俳優と言われてきた松坂さんは、本作の仁藤という男をどのように捉えて作品に臨んだのだろうか――お話をお聞きしました。

――意外に感じたのですが、テレビ朝日のゴールデン帯のドラマは初主演なのですね。

言われてみればそうなんですよね。撮影前は意識していなかったのですが、いま聞いて実感が沸いてきました(笑)。でもこうして主演をやらせていただけるのはとても光栄です。多くの方に見ていただきたいですね。

――これまでの個性的な役柄に挑んできた松坂さんですが、今回は母子殺人事件の容疑者という役でした。

犯人捜しではなく、すでに犯行を認めている人が「なぜ殺人を犯してしまったのか」という部分を突き詰めていく物語なのですが、いままで僕はそういう役柄をやったことがないので新鮮でした。

――『微笑む人』という作品タイトルの通り、劇中ではさまざまな意味を持つ“笑顔”が映し出されますが、こだわった点は?

本当に、同じ微笑みでもこんなに違うのか……とは思いました。脚本に微笑みの意味がト書きで非常に細かく書かれているんです。すごく制作サイドの意図が分かるので、迷いがなかったです。

――演じていて印象的な微笑みは?

最初に(週刊誌の記者で仁藤の殺人動機に疑いを持つ)尾野真千子さん演じる鴨井晶(かもい・あきら)と接見室で会ったとき「本当に殺したんですか?」という彼女の質問に「はい」と答えながら笑うシーンがあるのですが、そこの笑顔は強烈でしたね。そのシーンだけで仁藤がどういう人間なのかを理解させられるほどの笑顔だと思います。

――見ている人間からすると、仁藤という人物の不気味さが終始続くことでずっと緊張感が保たれていきますが、演じるうえで意識したことは?

普通のアプローチ方法としては、演じる人物のバックヤードをしっかり考えて、こういう人生を送ってきたからこういう行動になるんだという整合性が必要だったりするのですが、仁藤に関しては、誰が見ても理解できない行動が不気味なわけで……。その意味で、自分が仁藤という男の行動を理由づけして演じてしまうと、ズレが生じてしまうと思ったんです。だから自分のなかでも作り込まず、脚本に書かれていることを素直に表現しようと心掛けました。いままでとは全く違うアプローチ方法はすごく楽しかったです。

――表面的なことを盲目的に信じてしまうことに警鐘を鳴らすようなメッセージ性も感じました。

まさにそうですね。鴨井という女性を通して、第一印象やイメージだけでその人を判断してしまうことが、いかに危険であるかというメッセージを伝えていると思います。人はとかく自分の価値観でものを見てしまいますよね。仁藤の行動も、一般的にはまったく理解できないことなので「そんなはずはない」と自分の都合のよい方に解釈しがちなのですが、そんな部分の怖さも描かれていると思います。

――松坂さん自身、本作に出演し、そういう既成概念というものへの考え方などは変わりましたか?

印象だけで決めつけてはいけないということがたくさんあるなとは思いました。起こった出来事に対して、短絡的にではなく改めて咀嚼することの必要性は強く感じました。これだけ情報過多になると、なかなか流されずに自分で物事を判断することが難しいなということも実感しました。

――イメージという意味では、本作ではサイコ的な殺人犯を演じ、『娼年』では男娼に扮して過激な描写にも挑戦するなど、エキセントリックな役を演じることも多いですが、“爽やかな好青年”というイメージは崩れない稀有な存在かと。

そうですかね(笑)。マネージャーさんとよく話しているのは「バランスは大切にしよう」ということですね。自分の好きな作品ばかりになると、どうしても役が偏ってしまう。そうならないように、幅広い役柄に挑戦しようという意識はあります。

――20代は引き出しを広げるためにさまざまな役を……という話を以前されていました。30代になって1年が経ちましたが、いまはどんなお気持ちで?

20代後半は30代に繋がるように、とにかく幅広い役柄に挑戦しようという意識がありました。30代になり、その広げたものを、より深く掘り下げていこうという気持ちですね。それが次の40代に繋がるのかなと思っています。

――今年の日本アカデミー賞でも出演された『新聞記者』や『蜜蜂と遠雷』などが高い評価をされ、日本の映像界にはなくてはならない存在だなと感じます。

いやいや(笑)。不安でしかないですよ。この仕事はゴールがないですし、基本的に手探りになります。偉大なる先輩方の所作やお話は、とても参考になりますが、結局は自分自身でしっかりしなければいけない世界。5年後、10年後、20年後のことを考えてやったとしても不安はつきものです。

――一方で、作品が残って積み重なってきているという自信は?

自分のなかに、これまでの経験がフッと出てくるというか、住みついている感じがすることがあるんです。作品を重ねるにつれてその住人が増えていく感じはありますね。そういう方々の存在が、新しいことにチャレンジするうえで背中を押してくれる勇気になっている部分はあるかもしれません。

――2020年のスタートとなる作品かと思いますが、どんなところを見ていただきたいですか?

正直テレビドラマで、こんなに後味がすっきりしない作品というのは珍しいと思います。こういった作品がどう受け止めてもらえるのか、とても興味があります。逆に言えば、それだけ余韻が残る作品であり、多くのことを話せる物語だと思います。見終ったあと、いろいろな会話ができるドラマだと思うので、ぜひ堪能していただきたいです。

(取材・文:磯部正和)

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