ドキュメント“生まれた赤ちゃんに会えない親たち”を取材した記者が見たコロナ禍での医療現場とは

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ドキュメント“生まれた赤ちゃんに会えない親たち”を取材した記者が見たコロナ禍での医療現場とは

コロナ禍の今、YouTubeで148万再生(2021年4月現在)されている動画がある。『“生まれた赤ちゃんに会えない親たち”【密着】阪大病院「NICU」の戦い』だ。

NICU(新生児集中治療室)とは病気を抱えて生まれてきた赤ちゃんが入院している場所で、新型コロナの影響を受け、厳しい面会制限が続いているのが現状だ。そんな中、「我が子に会いたい」と願う親御さんを支えるために、大阪大学医学部附属病院では新たな取り組みを目指している。オンライン面会だ。

この動画はもともと2020年10月にテレビ放送されたもので、記者の希望もありYouTubeにもアップされた。そこにはどんな思いが込められているのか? またコロナ禍での医療現場の取材には多くの困難や苦労、葛藤があったはずだ。

本編の取材ディレクターである武藤将大記者(読売テレビ)に話を聞いてみた。

【企画 : 藤生朋子/取材・文 : 鈴木しげき】

“生まれた赤ちゃんに会えない親たち”【密着】阪大病院「NICU」の戦い

会社からゴーサインが出るまでが大変でした

――コロナ禍での医療現場の取材は大変かと思います。具体的にどんな苦労が?

武藤 : 2020年春のコロナ第1波の時、私は医療担当の記者でした。当時あまり報じられていなかった国内の医療現場や感染された方の状況を伝えることが必要だと感じ、受け入れ病院やホテルの取材を検討するわけですが、当初、自分たちが入っていって本当に大丈夫なのか? という迷いがあったことは事実です。

病院やホテルは当然、感染対策に関して我々より進んでいるので、「こうやったら安全ですから、ここまでは大丈夫です。けど、ここからは入ってもらってはダメです」などと、具体的に教えてくださいました。病院側からは、「この現状や現場の取り組みを伝えてほしいので撮ってください」と仰っていただき、私自身も最前線の現場の様子を伝えるべきだと思いました。

ただ、だからといってすぐに取材に行った、というわけではなく、取材にあたっては、その必要性や方法などを、丁寧に時間をかけて社内で検討することになりました。

――テレビ局の報道部もまだ手探りだったんですね。

武藤 : 今でこそ飛沫で感染するというのはよく知られていることですが、当時はエアロゾルという言葉も出てきたばかりの頃で、正直、情報は少なかったです。取材で現場にウィルスを持ち込んでしまわないか、また、一緒に現場に向かう撮影クルーの安全は確保できるのか…。取材を実現させるために、まずは自分自身がコロナを勉強して理解することが大事だと感じました。

撮影内容や取材時間をどれだけ絞れるかなど、できるだけ安全に取材するにはどうするべきかを自分たちで考えつつ会社に説明していく中で、上司の理解やサポートを得られたこともあり、結果、会社からも納得してもらうことができました。

受け入れ病院やホテルの取材は、私が会社で最初のケースだったので、正直、取材を実現させるまではかなり大変でしたが、この時にみんなで考える過程を経たことは、意味があったと思っています。

コロナは病気の一部…全体を見なければならない

――そこから、阪大のNICU(新生児集中治療室)を取材しようと思ったきっかけは?

武藤 : 取材していた、感染者受け入れ病院の医師のアドバイスがきっかけです。「コロナの患者さんも大事だけど、コロナは数多い病気の中の一部。それ以外の病気で困ってる人がたくさんいるので全体像を見なきゃいけない」そんなアドバイスをいただきました。

確かにコロナの影響で子どもたちの予防接種のスケジュールが遅れたり、コロナに感染したお母さんが出産したりと、関連してさまざまな影響が出ていました。そんな中、タイミングよく阪大でご縁をいただき、NICUの取材につながっていきました。

――取材をするうえで心がけたことは?

武藤 : 医療現場の取材経験の積み重ねがすでにあったので、社内での許可自体はわりと難なく出たのですが、NICUの部屋に入る取材は「方法を慎重に検討しよう」ということになりました。

9月の第2波が過ぎた時だったので、我々が感染する心配より、いかに持ち込まないようにするか、そこを危惧するものでした。ですから、病気を抱える赤ちゃんのいる部屋そのものには入らないで取材をしています。

動画を見ていただければわかりますが、コロナ以前は、阪大病院のNICUでは24時間いつでも親御さんの面会が可能でした。しかし、その頃は1日30分と制限されていますから、そんな中でこちらが部屋の中まで入るのはどうだろうという思いもあって。ですから、赤ちゃんに会いに来たお母さんの様子は距離をとって、それでいて母子の表情もわかるように、カメラマンが頑張って撮影してくれました。

――動画から、わずかな時間しか会えないつらさや不安が伝わってきました。

武藤 : 取材を始める前は、たとえ30分でも会えるならいいじゃないか、そんなふうに感じる人もいるのではと考えました。私自身も「30分の面会」をどう表現するか難しく、それがどれくらいつらいことなのか、自分の目で見たうえで伝えたいと思い、取材をお願いしたんです。

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取材したお母さんの中に「毎日会いに来ないと我が子をうまく受け入れられるかどうかが不安」と語ってくれた方がいました。なぜそういう気持ちになるのか、どんな意味で仰っているのか、でも生々しさがすごくあって、私自身、その言葉を咀嚼するのに時間がかかりました。

悩み続けていたところへ編集マンがこんなことを言ってくれました。「このお母さんが毎日頑張って会いに来てるのに、そんなふうに思わせてしまう。そういった不安がよぎってしまう。それが“30分”という時間を表しているのでは?」
その通りだと思って自分の中で方向性が定まり、VTRを完成させました。

放送してみると多く方に共感いただけたようで、つくってよかったと思えました。

医療現場は人と人のつながりを見ていた

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――現場で医療従事者の方たちを見て、感じたことは?

武藤 : 医療従事者の方たちが病気を診ているのはもちろんのことですが、実はその家族を見つめているのだと感じました。コロナのせいで家族関係が崩れてしまわないように必死に何かアプローチを探っている。そのことが医療の観点からも大事だと考えていらっしゃる。これは取材を通して強く感じたことです。

阪大NICUに関しては第2弾となるものを10月後半から1月末にかけて再び撮影しています。それが『「赤ちゃんに会えない」と闘う人々…コロナ第3波の阪大病院NICU』という動画です。

その動画では、会うことやつながりを持つことを「愛着形成」という言葉で紐解き、その有効性を科学的な根拠に基づいて考えてみました。

「赤ちゃんに会えない」と闘う人々…コロナ第3波の阪大病院NICU

――テレビ放送したものをYouTubeにあげたいと思ったのはなぜですか?

武藤 : 今回、阪大では「オンライン面会」を普及させるためにクラウドファンディングを行いましたが、そういった活動をより広く知ってもらいたいと、報道局のデジタル部門の担当者に動画をアップしてもらいました。まさか、こんなに大きな反響があるとは驚きでしたし、本当にありがたく思っています。

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YouTubeにあげてみて、まさに今、コロナで我が子に会えない親御さんや、以前に同じような経験をされた方が検索して観てくだっていることが多いのかなと感じました。コメント欄で「わかる!」「私もそうです」といった声が多くて。「親子が会えない」という現実がいかに大変なことで、そう感じている人が多いのかを学びましたし、第2弾の動画はこうした気付きから生まれました。大変な中、取材にご協力いただいた阪大NICUのみなさまやご家族の方々には本当に感謝しています。

――ネット活用の意義が実感できたと。

武藤 : 同時に、これは私たち全員にも当てはまる問題だとも思いました。第4波が来た今、私たちの社会は“会わない”ことが普通になっていますけど、親子関係に限らず、家族、会社の同僚、友だち、恋人、大切な人……人間って、本来は人と人が直接ふれあうことがすごい大事だということを示唆していると思うんです。

当たり前であるはずの「人と会うこと」が、今はとてもありがたいこと…。コロナ禍でも必死に絆をつなごうとする親子たちや医療従事者たちが今、この瞬間もいるということをぜひ知っていただき、その中から何か感じていただけたら、この動画を世に出してよかったと思います。

私たち報道する側も、こうしたことに思いを巡らせて、取材活動を続けていきたいと思います。

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<武藤将大(むとう しょうた)プロフィール>
2014年に読売テレビ入社。記者として大阪府警などを経て、去年、医療担当として新型コロナ医療現場のドキュメンタリーを制作。現在は神戸支局で、阪大NICUの取り組みなど、コロナと医療の今を伝えるために幅広く取材中。

報道ニュースのネット展開について

――ネットでの反響を受け、報道局デジタル担当の波止荘子さんにも話を聞いてみた。

波止:報道局では、YouTubeチャンネル「読売テレビニュース」を通じて、最新のニュースや特集VTRを、より多くの方に見ていただけるように展開しています。昨年から特に力を入れ始め、1年前に3千人弱だった登録者数が、現在、8万2千人強となりました(2021年4月現在)。

その取り組みの中で、特に注目していただいたのが、武藤記者の取材VTRも含まれる「#小さな命をみつめて」というシリーズでした。コロナ禍でも守っていかなければならない医療があり、それを伝えたいという思いを持つ記者たちのVTRをシリーズ化したところ、10本の動画で2276万回視聴という、大きな反響をいただいたところです。

10本の動画は、今まさに起きていることを伝える動画だけでなく、かつて放送したいわゆる「アーカイブ動画」もあります。色あせることのない貴重なVTRは、年月が経っていても、見た方の心を捉えることができるのだと、改めて思い知らされました。

「アーカイブ動画」の配信は、まさにネットならではの取り組みです。今後とも、ネットという、新たなフィールドを活かし、放送局が持つかけがえのない映像をお届けできるよう、努めていきたいと思います。

<波止荘子(はと しょうこ)プロフィール>
読売テレビ報道局デジタル戦略担当。1993年入社。2014年には、参画した「ミヤネと学ぶ!南海トラフ超巨大地震」が民放連盟賞・優秀賞を受賞。

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