フランス・カンヌで世界最大級のテレビコンテンツ見本市MIPTVを現地取材し、気になった話題の番組がありました。番組名はカラオケ勝ち抜きバトル『THE MASKED SINGER(ザ・マスクド・シンガー)』。オリジナルは韓国のもの。米4大ネットワークのFOXで人気に火が付き、世界に売れているというのです。「世界とコネクトテレビ論」の第5回目は韓国のこの成功例から日本のテレビが今こそ復活するべき理由を解説します。

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米NBC『サタデー・ナイト・ライブ』のジョークネタにもなった注目度の高さ

今年の春のカンヌではお決まりかのように、カラオケ勝ち抜きバトル番組『THE MASKED SINGER』が世界でヒットするバラエティ番組の成功例に挙げられていました。アメリカで人気のカラオケ番組と言えば、米CBSで放送されているバラエティ番組『レイト・レイト・ショウ・ウィズ・ジェームズ・コーデン』で人気を得たコーナー「カープール・カラオケ」が代表例にあります。相乗りしたセレブが陽気に歌う車内の様子を映し出したものです。YouTubeで世界的に拡散され、目にしたことがある方も多いでしょう。『THE MASKED SINGER』も同じくコメディ要素も含まれ、技量そのものよりも意外性やエンターテインメント性が重視されている番組です。それにプラスして『アメリカン・ゴッドタレント』といった定番のガチンコの勝ち抜きバトル形式で回が進んでいきます。そして、最大の売りは出演するセレブの顔にはマスク=仮面、全身コスプレの謎の姿であること。顔の表情も姿かたちさえもわからない状態で歌うというテレビのタブーを逆手に取った番組です。にもかかわらず、米FOXで今年1月から放送スタートするや否や人気を得ます。他局であるNBCの人気番組『サタデー・ナイト・ライブ』で「あのコスプレは実はトランプ大統領の元報道官ショーン・スパイサーだった」などとジョークとして取り上げられたことからも、注目度の高さが伺えます。今年9月からシーズン2の放送も予定されています。

オリジナルは冒頭の通り韓国発。『キング オブ マスク シンガー』のタイトルで2015年から放送されている韓国民放最大手MBCの人気番組です。「日曜日に家族揃って楽しめる」がコンセプト。これまで人気ハリウッド俳優のライアン・レイノルズやK-POP人気グループBTSのジョン・グク、韓国球界でも活躍したメジャーリーガーのエリック・テイムズ、音楽オーディション番組からオペラ歌手の夢を叶えたポール・ポッツ、韓国系アメリカ人でコメディアン俳優のケン・チョンなどが出演し、幅広い視聴者の世代や好みに合わせた出演者をブッキングしています。海外展開はまずはアジアから広がり、アメリカで放送するのに至った経緯についてはアメリカの制作会社スマート・ドッグ・メディアのクレイグ・プレティス社長兼エグゼクティブプロデューサーが「字幕なしでも番組の内容が一目で理解しやすい番組は世界でヒットする。タイでヒットしたことが決め手になった」と、今回カンヌで企画されたセッションで説明していました。実際、ドイツ、オランダ、フランスなどヨーロッパや中国などアジアを含め世界20か国に売れています。MBCの海外セールス担当者は「FOXでヒットしたことは大きい。勢いはとまらず、新たに数十か国から引き合いを受けている状況だ」と意気揚々と話していました。

アメリカ市場を制することが世界ヒットに繋がる早道

 そんなわけで、『THE MASKED SINGER』がアジア発バラエティ番組の最新成功例として注目されています。ある日本の放送局は商談の際、「『THE MASKED SINGER』のような番組はないのか?」などと聞かれることもあったそう。このように小ヒットを狙った安全牌で似たような番組が求められることは多々あることです。なんなら、「アジアブーム」と言われている今、これに乗っかってしまうのもアリなのかもしれません。でも、できるならば二番煎じではないやり方で、アジア発番組そのものを定番化させることに目を向けるべきです。これはつまり、本題である日本のテレビが復活するべき理由にも繋がり、「アジアブーム」の今をきっかけにするべきです。そこでまずは、そもそも何故、韓国の番組が世界市場に流通されたのか。これを掘り下げることから学べることがあるはずです。

撮影:長谷川朋子 (2541)

『THE MASKED SINGER』の成功は、言うなればラスボスの攻め方を心得ているものです。ラスボスとはアメリカ。コンテンツの流通市場では言うまでもなくアメリカ市場を制することが世界ヒットに繋がる早道です。今はNetflixで世界同時配信する道も選択肢にありますが、世界各国発の膨大な量のコンテンツが並ぶなかで、頭一つ抜けるために相当な条件を揃える必要があります。もちろん、アメリカのネットワークに放送にこぎつけることも簡単なことではなく、欧米の実力のある制作会社と企画開発されるも放送にまで至らないケースもよくあることです。日本の番組もそこには含まれます。では『THE MASKED SINGER』がどのような過程でアメリカ4大ネットワークのFOXで放送されるに至ったのでしょうか。実は韓国側からアプローチしたことが功を奏したわけではありません。先のスマート・ドッグ・メディアのクレイグ・プレティス社長兼エグゼクティブプロデューサーの話によると、「娘がYouTubeでタイ版を観ていたことが実は興味を持ったきっかけ」とのこと。肩透かしの事実談でもありますが、言うなれば、ばら撒きの仕掛けが功を奏したということ。拡散させていたこともカギになったわけです。また、「世界に売れている」という話題がカンヌで拡散されていたことも仕掛けられていました。フランスのある番組流通アナリストが「カンヌでここまで取り上げられているのはFOXのプロモーション力にある」と明かしていたことからも裏付けられます。プロモーション費を投下するタイミングを逃さないのは、「売れている番組」という事実にプラスした「雰囲気づくり」に価値があることを理解しているからこそできることでしょう。

オール大阪人体制で世界展開を見据えたクッキングバトル『ザ・ローリングキッチン』

では韓国は何を仕掛けたというと、『THE MASKED SINGER』が生まれた背景には韓国が世界を視野に入れた番組IP(知的財産権)開発を繰り返していたことも大きく影響しているとみています。韓国では芸能人出演の歌番組は最も人気のジャンルであり、カンヌに持ち込まれる番組は時に「ドラマ以外は歌番組しかないのか」と思ってしまうほどですが、得意分野から結果的にこれまでにない発想の挑戦者全員が仮面(マスク)を被ったまま歌うカラオケ勝ち抜きバトル番組といった、オリジナルの番組IPが生まれてきました。世界番組流通市場の中でも新しいアイデアが詰まった歌番組は出尽くした感もあったなかで、攻め続けたことに意味がありました。

 では日本が『THE MASKED SINGER』の事例から学べることは何でしょうか。日本も番組の国際流通取引がされるカンヌで売り込みを継続させています。以前もこの連載で紹介した通り、「トレジャーボックスジャパン」というオールジャパン体制でバラエティ番組を公開でピッチ(プレゼンテーション)するプロジェクトがあります。NHK、日本テレビ、テレビ朝日、TBS、テレビ東京、フジテレビ、朝日放送、読売テレビの8社が横並びで登壇し、今回、カンヌで行うピッチは9回目を数えました。毎回、会場のバイヤー、プロデューサーから聞く評判は上々、「日本の番組はユニーク」という定評もあります。実際、番組流通に繋がった事例もあり、今回も例えば、読売テレビが紹介したクッキングバトル番組『ザ・ローリングキッチン』も反響をさっそく得ている様子です。海外セールスを担当する読売テレビの東京支社編成局コンテンツビジネスセンター多賀規恵氏の話によると、「バイヤーからの反応はこれまでにないほどの良さ。『キッチンが置かれたセットが回転する』という特徴のあるアイデアにポイントがあります」とのこと。そもそもこの番組は企画段階から世界を見据えてフォーマットセールスによって展開していくことを念頭に置き、フォーマットセールス成功例のひとつである『料理の鉄人』(フジテレビ)を手掛けた田中佳一氏を演出に迎え、開発されたものです。2組の夫婦が賞金を懸けて料理の出来栄えを競うという設定も、10分毎にキッチンが回転し、パートナーが途中作った料理を引き継いで完成させるルールの裏に夫婦のきずなを確認するといったストーリー仕立ても、海外で流通されやすい要素をしっかり取り入れています。世界市場のマーケティングを重視し社内開発によって具現化したというのです。「演出以外は、開発から技術、美術まで全て読売テレビの総力によるもの。大阪本社のスタジオで撮影したオール大阪人体制で、海外に売れる番組を目指したものです」(多賀氏)。海外セールスは契約したオランダ・アムステルダムを拠点に世界に流通網を敷くエンデモール・シャイン・グループが扱い、この強力なディストリビューターの力も借りて世界展開の実現が期待されるところです。

© E. MEGRET - Image & Co (2545)

 このように読売テレビの事例に限らず、日本でも海外向けの番組IP開発が行われています。ただし、国内市場向けの開発番組の数と比べると圧倒的に少なく、海外市場を最初から狙って開発されている韓国と比べても数の上では劣ります。総力戦では中国に追い抜かされる日も近いうち来る可能性もあります。タイなど東南アジアからもマーケティング重視の番組が作られています。でも、悲観する必要はありません。「韓国で成功例が出たタイミングに、他のアジアの国にも掘り出し物がないか?」と探すバイヤーは実際にいます。むしろ競合各国の勢いを利用する手はないはずです。アジアブームを確立させていくことを目的にすることで意義も見いだせるでしょう。量より質の日本らしいやり方で、日本ならではのアイデア力と長年培ってきた制作力を活かしつつ、プロモーション力を高め、仕掛けを作っていくことが日本の今やるべきことであり、世界にも目を向けるタイミングに敏感になっても良さそうです。

【文・長谷川朋子(はせがわ・ともこ)】
執筆者プロフィール
テレビ業界ジャーナリスト。放送業界専門誌のテレビ、ラジオ担当記者。仏カンヌで開催されるテレビ見本市MIP現地取材歴は10年。番組コンテンツの海外流通ビジネス事情を得意分野に、多数媒体で執筆中。「Yahoo!個人ニュース」「東洋経済オンライン」「マイナビニュース」「オリコン」「週刊東洋経済」など。国内外で番組審査員や業界セミナー講師、ファシリテーターなども務める。

読みテレ

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