報道番組Pが見た!ロヒンギャ 避難先でいま迫る危機

公開: 更新: 読みテレ
報道番組Pが見た!ロヒンギャ 避難先でいま迫る危機

読売テレビで「ウェークアップ!ぷらす」(毎週土曜日午前8時〜)のプロデューサーをしております菱田雄介と申します。番組全体を構成するデスクという仕事の傍ら、北朝鮮問題、シリア難民をはじめとする難民問題、東日本大震災からの復興など、現在進行形の歴史の現場を訪れ、伝えるという仕事をしています。

◆今、ロヒンギャ問題にこだわる理由

突然ですが皆さん「ロヒンギャ」の存在をご存知でしょうか。ミャンマーの北西部に住む主にインド系のイスラム教徒のことでいわゆる“ロヒンギャ難民”という言葉は聞いたことがあると思います。私は昨年末にこの「ロヒンギャ」を取材し、ことし1月「ウェークアップ!ぷらす」で放送。さらに3月には雑誌「中央公論」にてルポルタージュを発表しました。そして今回、本稿「読みテレ」で私が取材したVTRを改めてご覧いただこうと思っています。(VTRはこのページの一番下でご覧いただけます。)
一つの取材になぜそこまでこだわるのか?それは「まだまだ伝わっていない」と感じるからです。テレビの特集は数百万人の方に、雑誌の特集も数万人の方にご覧いただいているのですが、テレビも雑誌も“流れていく”メディアです。記憶はすぐに風化し、忘れ去られていくでしょう。それは仕方のない事ですし、ウェブメディアも同じ特徴を持っているのですが、それでもウェブサイト上にこのビデオを置いておくことで、見たい時、気になった時にこの特集を見てもらいたいと考えています。
「ロヒンギャって聞いたことあるけど、一体なんなんだろう?」そんな疑問から編集されたVTRですので、この現実に目を向ける時間を設けて頂ければ幸いです。これは日本から遠く離れた世界のお話。しかしいま、同じ時代を生きる人々の話でもあるのです。

◆雨季を迎えようとしている、いま考えること

蒸し暑くなった日本で夏の気配を感じながらいま、バングラデシュ南部のキャンプに押し込められた人々、ロヒンギャのことを考えている。
「ロヒンギャ」とは何か。ミャンマー領で生まれ育ちながら、そのミャンマーからは「外国人」とみなされて無国籍。浅黒いインド系の顔立ちは、日本人に似たミャンマー系の顔とは明らかに異なる。決定的なのはイスラム教を信仰することで、仏教徒が大多数を占めるミャンマーでは長年にわたりマイノリティとして辛酸を舐めてきた。去年夏から秋にかけてミャンマー軍による虐殺が行われたと見られており、実に70万人が隣国バングラデシュに避難し、約12平方キロメートルの難民キャンプに押し込まれている。そしていま、サイクロンが全てを吹き飛ばす雨季を迎えようとしているのだ。

◆子どもは数十回刺され、殺された

 バングラデシュの南部、コックスバザールの空港から車を飛ばすことおよそ1時間半。そこにあったのは、見たことのない光景だった。山という山の表面が削られて、粗末な住居が建てられている。隙間もなく、ビッシリと並ぶその住居はオレンジのシートで覆われているものが多く、夕日を浴びたオレンジ色が山を埋め尽くしている。わずか3カ月余りで切り開かれたキャンプ。メインストリートには大勢の人が行き交い、小さな商店が並び、その場に座った老人たちが道ゆく人々を眺めている。井戸では子どもたちがはしゃぎながら水を汲んでいる。裸足の子、そして裸の子が走り回る。
 

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最初に話を聞かせてくれたのはカリム・ウラーという75歳の男性だった。憔悴しきった老人は我々の前でオロオロと涙を流し、何かを必死に訴え始めた。大切な一人息子が1枚だけ遺した証明写真を見せながら僕の手を握る。「息子はまさに、あなたのような感じだった」。その手は、思ったよりも柔らかい。老人が必死に訴えていたのは「息子の遺体を見つけて欲しい」ということだった。我々に返す言葉はなく、その手を握りかえすことしか出来なかった。

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 ジャマル・ホサインさん(55)はミャンマーから逃げる際、9歳の息子を撃ち殺されたという。彼が見せてくれた「家族写真」は、彼らにも平凡な日常があったことを伺わせたが、目を真っ赤に腫らしながら彼が語った内容は凄惨そのものだった。「兵士たちは数十人の子どもたちを追い詰め、取り囲み、発砲しました。それでも死ななかった子どもにはナイフを突き立てた。」
ファテマ・カトゥンさん(40)が見たのは、赤ん坊が殺される光景だった。乳飲み子は母親の胸から引き剥がされ、地面に叩きつけられたという。赤ん坊が叩き殺され、妊婦が腹を踏みつけられた。「苦しむ赤ん坊が舌を出していた」という描写は、それが実際に行われたことなのだと感じさせた。
 政治、宗教、民族。それが違うからと言って、人はそこまで残酷になれるものなのだろうか。山の中腹にある小さな教室には、ずらりと絵が並んでいた。描かれたものを言葉で表現すると…花、船、機関銃、花、機関銃、ナイフ、死体、サッカーボール、機関銃、機関銃、花。明らかに機関銃の絵が多かった。銃口から小さな弾が連射される様子が描かれている。その横に描かれた細長いナイフは、真っ赤に塗られていた。煙をあげる自動小銃に、血を吸ったナイフ。どれも、実際に見なければ描けないものだろう。

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◆なぜ、ロヒンギャが迫害を受けるのか

135の民族が存在するミャンマーで、なぜロヒンギャ族だけが「民族浄化」に近い形で抹殺されなければならないのか。ダッカ大学国際関係学科でロヒンギャ問題を研究しているC・R・アブラル教授にこの質問をすると20分以上の答えが返ってきたが、要点をかいつまんで紹介したい。
 最も大きな要因は彼らがミャンマーという国において極度に「異物」であるということだという。人種、宗教が違うことは先述の通りである。そうした違いに加えてロヒンギャは「旧支配者のイギリスが連れてきた」という面もある。19世紀前半、戦争でビルマ(=ミャンマー)を手に入れたイギリスは、労働力としてインド領(ベンガル地方)にいたイスラム教徒たちをビルマ側に移住させた。当然、そこに住んでいた仏教徒たちは土地を奪われることになる。こうして生まれた対立は21世紀を超えたいまも続き、ロヒンギャは民族浄化に等しい迫害を受け続けているのだ。

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バングラデシュに暮らすミャンマー族の女性 (60)がインタビューに答えてくれた。ロヒンギャ族が虐殺されていることを知っているか?と聞くと開口一番「嘘だと考えている。メディアが作り上げたニュースだと思う。」との答えが返ってきた。こんなところにも「フェイクニュース」の認識はあるのだな、と感心しつつ、我々がキャンプで聞いた話は全て嘘なのか?と聞くと、険しい表情をしていた娘が口を挟む。「まず、ロヒンギャがミャンマー側を攻撃したんです。全ての始まりは、そこです。」
 確かにその通りで、ロヒンギャ側にも過激な暴力は存在する。アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)は去年8月25日にミャンマー側の駐在所20か所を襲撃しており、その結果がロヒンギャ族に対する大弾圧なのだ。「私たちは平和だけを求めているのです。この話はこれでやめましょう!」と言って質問は打ち切られた。インタビューを終えて写真撮影をしていると、険しい顔が嘘のように明るくなった。こんな優しい笑顔のオバちゃんが、ロヒンギャへの暴力を当然視していることに、複雑な気持ちになる。

◆日本の果たすべき役割

去年11月、バングラデシュ、ミャンマー両政府は難民たちを帰還させることで合意した。国際社会の圧力がかかる中、ミャンマー側が渋々「受け入れ」を認めたという構図だ。帰還は2年で終了するという内容だった。今年に入りミャンマー側は受け入れ施設を公開するなどの動きを見せているが、5月を過ぎても本格的な帰還には繋がっていない。
 取材したバングラデシュ政府高官は「ミャンマーに合意を守らせるためには、国際社会のプレッシャーが必要だ。日本はいまだにミャンマーに経済支援をしている。経済制裁くらいのことをやって欲しい」。と繰り返し訴えた。経済的にミャンマーとつながりの深い日本こそが、ロヒンギャ問題に力を発揮できるというのだ。
 しかし、日本政府がこうした期待に応えることは、おそらく無いだろう。アジア最後のフロンティアと呼ばれるミャンマーへの投資熱は高く、経済的な結びつきは強まっている。12月に国連で「ロヒンギャ迫害に深刻な懸念を表明する決議」が122カ国の賛成で採択されたが、日本は棄権した。このVTRが「ウェークアップ!ぷらす」で放送された時、ゲストには自民党の岸田文雄政調会長(前外務大臣)が出演していたが、ロヒンギャの置かれた状況に懸念を示しつつも「地域の問題」としての解決を望む、という姿勢であった。

 取材中、現地ジャーナリストが、撮りためていた映像を貸してくれた。映っていたのは川をわたることができず、死んでしまった家族連れの姿。ロヒンギャとして生まれ、何もわからないままに迫害され、何もわからないままに命を失った子ども逹。彼らはあのキャンプにすら、たどり着くことが出来なかったのだ。
 そして、時間だけが過ぎていく。5月8日、国際移住機関(IOM)はおよそ20万人のロヒンギャが水害で被災する恐れがあるという声明を出したが、世界の反応は鈍い。ロヒンギャたちはいま、危険なキャンプで雨季の到来を待っている。

執筆者プロフィール
菱田雄介(ひしだ・ゆうすけ) 
読売テレビ報道局「ウェークアップ!ぷらす」プロデューサー
96年読売テレビ入社 「THEワイド」「情報ライブミヤネ屋」などを担当。北朝鮮問題、難民問題、北方領土問題などを現場から伝える。シリア難民に関してはバルカンルート2000キロの歩みをタレントの春香クリスティーンと取材、ミヤネ屋などで放送されたほか雑誌「中央公論」誌上でも連載された。ロヒンギャ難民についてのルポルタージュは、Kindle版が中央公論社から配信中。

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