松坂桃李『不能犯』の謎「思い込み」で人は死ぬのか

公開: 更新:

グランドジャンプに連載中の人気コミックを、人気俳優・松坂桃李主演、『伽倻子 VS, 貞子』の白石晃士監督で映画化した『不能犯』。現在全国の映画館で公開されて大ヒット。さらにdTVでは、オリジナルドラマの配信も展開している。今回は、映画版、ドラマ版を通してこの「不能犯」のおもしろさを掘り下げていきたい。映画を一度ご覧になってからこの記事を読んでみると、さまざまな謎の解明の糸口をつかめるかもしれない。

●映画『不能犯』のストーリー
頻発する変死事件の現場で必ず目撃されている黒いスーツの男、宇相吹正(松坂桃李)。彼は、とある電話ボックスに貼られている、殺人依頼の紙をもとにそれを引き受ける、噂の人物。しかも宇相吹は、マインドコントロールで相手を死に導く“不能犯”であるため、罪に問われることはない。刑事・多田友子(沢尻エリカ)は、そんな宇相吹の犯行を何とか止めるために、策を練るが……。

●不能犯とはどういう意味なのか
思い込みやマインドコントロールで相手を殺すという、常識的に考えて実現不可能な行為をはたらく人物のこと。だが、過度な肉体的接触があるわけではなく、また凶器なども使用していないことから、殺人罪、暴行罪の立証ができない。たとえ相手が死んでも、罪には問われない。

●思い込みで人が死ぬことはあるのか?
プラシーボ効果=思い込みで人を死へと追いやる宇相吹。映画のなかで詳細が説明されているが、これについてはdTVのドラマ第2話がとても分かりやすく解説してくれている。

昔、ある国で死刑囚を対象とした人体実験が行われた。それは、「血液の3分の1を失うと人間は死ぬ」と言い聞かせてから死刑囚の目を隠し、腕を切った振りをしてその腕に点滴で水をつたわせ、あたかも出血しているかのように見せかける。実際に血が流れているような感触、床に落ちる水の音によって死刑囚の恐怖心は膨らみ、3分の1の出血量に値する頃にはショック死したそうだ。 

これは『不能犯』が作り上げた話ではなく、プラシーボ効果を説明する際に伝わっている話(インターネット上でも検索可)。

例えば、体調が良くないと感じていても、「発熱していることが分かったら、本当にしんどくなるから」と体温を計らないという人が、あなたの周りにもいるはず。また、「これを飲むと良くなる」と実際には何の治療効果もない薬を飲まされて、病気が回復したという話も聞く。

「病は気から」とよく言われているが、精神への作用が身体にも大きな影響をもたらす場合がある。それはまさに「不能犯」のテーマであり、描かれているマインドコントロール殺人にも繋がってくる。

●宇相吹の殺人の手口
映画では冒頭、枯れ葉の入った瓶をスズメバチの大群に思い込ませ、複数箇所を刺されたという妄想を抱かせてアナフィラキーショックで死亡させたり、はたまた煙草の吸い殻入りのペットボトル飲料水を飲んだと錯覚させて中毒死させたりと、さまざまな思い込みを仕掛けてターゲットを仕留めている。

ただ、映画の大きな見どころとしては、犯行をめぐる宇相吹と警察の心理戦に重点が置かれている。猟奇犯罪的要素が強く、よりディープな宇相吹の犯行が映しだされているのは、dTVのドラマだ。

ドラマで特に印象的かつ凄惨さが際立ったのが、第2話。会社の後輩(井澤勇貴)と金を半分ずつ出しあって宝くじを購入し、高額当選を果たした会社員・桜井(永井大)。後輩の行動に不信感を抱いた彼は、金を横取りされるのではと考え、宇相吹に殺しを依頼する。

宇相吹に、単なる水を「アルコール度数97パーセントの酒」と暗示をかけられ、火のついていないライターを放り投げられた後輩は、炎に包まれてしまったと信じ込み、火あぶりに遭ったような、全身がただれた焼死体で発見される。その後、桜井の素性が明らかになり、ショック度がより増すことになる。

長編ならではのスリリングなストーリーが楽しめるのは、映画版。恐いもの見たさを味わえるのは、ドラマ版の方だろう。

●宇相吹はなぜ殺人を代行するのか
『不能犯』シリーズでもっとも不可解なのが、宇相吹が殺人依頼を請け負っている理由。なぜなら彼は依頼人から金を取っていない。無償活動なのだ。

一つのヒントは、「愚かだね、人間は」というキメ台詞。彼自身は何度も、誰かが誰かを裏切ったり、陥れたりするなど、汚い現実を見てきたのだろう。負の連鎖、人間たちの闇を知りつくし、宇相吹は失望している。「愚かだね、人間は」と人間を指していることから、もしかすると彼自身は人間ではない別の存在であると考えて良いかもしれない。

依頼者に一つだけ、「相手を純粋に殺したいという気持ち」を要求する部分も関連を持たせられる。もし依頼人の殺人動機に濁りがあった場合、その依頼者にも制裁が下される。つまり宇相吹は、愚かな人間の純化・浄化を目的として動いているのではないか。

法によって裁かれることがないという点からも、彼は人間ではないと推測できる。『デスノート』の死神・リュークに近いのかも(ちなみに宇相吹の非人間説は、グランドジャンプにて原作者・宮月新も認めている)。

●宇相吹のマインドコントロールは無敵なのか?
映画、ドラマでは、宇相吹に操られない人物が計2名登場する。なぜこの2人には、マインドコントロールが効かないのか。それは、どんなに汚い人間であっても必ず更生できると、強い信念と希望を持つ人物だから。

宇相吹はこの2人に、「殺人を止めたければ、僕を殺してください」「あなたなら僕を殺せるかもしれない」と口にする。この2名による、宇相吹に対する殺意こそが、彼の言う「純粋な殺人」のことなのではないだろうか。

ちなみに映画の中で宇相吹は、自分と潜在的な思考のパターンが似ている者は、コントロールできない旨を話す。つまり、宇相吹の殺人もまた「純粋」なのであり、彼は自分の代わりに人間を見定めていく者を探しているのかもしれない。

余談だが映画版で、マインドコントロールが効かない人物と対峙する場面。ここでの宇相吹の語りかけは、どこか『羊たちの沈黙』のレクター博士を思わせる。

ドラマから映画につながる「不能犯」、この連動プロジェクトを今味わっておくのは決して損ではない。

(文・田辺ユウキ)

■映画『不能犯』
公開中 ショウゲート配給
(C)宮月新・神崎裕也/集英社 2018「不能犯」製作委員会

■dTVオリジナルドラマ『不能犯』
dTVにて全5話 独占配信中
(C)宮月新・神崎裕也/集英社 2018「不能犯」製作委員会/(C)2017dTV

関西テレビでドラマの再放送決定!
2月24日(土)26:15~27:15 #1・2
2月27日(火)25:44~26:44 #3・4

PICK UP