鈴木桂治「理想像を崩した」柔道復活から学ぶ、サッカー躍進のカギとは?

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アテネオリンピックの柔道男子100㎏超級の金メダリストで、現在は全日本男子のコーチを務める鈴木桂治と、今年の世界選手権で100㎏級を制したウルフアロンが、テレビ東京で11月26日に放送されたサッカー番組『FOOT×BRAIN』(毎週日曜11:00~)にゲスト出演。世界の頂点を獲った師弟コンビが、世界と戦う“メンタリティ”について語った。

言わずと知れた日本のお家芸・柔道。しかし、全日本男子は2012年のロンドンオリンピックで史上初の金メダル0個(金0、銀2、銅1)と惨敗するなど低迷。そこから井上康生監督に引き継がれた全日本は、様々な改革を行い、2016年のリオオリンピックで全階級メダル獲得(金2、銀1、銅4)と見事な復活を果たし、その威信を取り戻した。

プライベートでフットサルを行うなど、サッカー好きだという鈴木。昨今のサッカー日本代表について「若い選手が出てきているのは良いことで、上の選手も危機感を持つし、チームが活性化する」と感想を語り、それぞれの選手がどれだけ目立ちたいかと思えるかが重要で「目立ってなんぼだと思えば、それだけパフォーマンスも上がる。日本代表には必要な資質」と、アピールの重要性について持論を展開した。

そして、番組アナリストの三浦淳寛から“アウェーでの戦いの難しさ”について聞かれると、鈴木は、リオオリンピックでブラジル人選手と対戦した時のことを振り返り、「コーチとしても“うわ、やべぇな”と震えて、選手はもっと(脅威を)感じているだろうなと思いました」と告白。ウルフもブタペストで行われた世界選手権でハンガリー人選手と対戦した時の応援は凄まじかったと回想し、「会場の雰囲気に飲まれた」とアウェー戦の心境を明かした。

そんな尋常ならないプレッシャーにどう対処するのか? 鈴木は、大会前に井上監督から“日本代表の自覚”が書かれた紙を渡されることを明かし、そこには“優勝するには、競技だけではなく、人間性や生活、試合直前までの準備がどれだけ大切か”が書かれていると紹介。「まさしくその通りで、ただメンタルトレーニングをすれば良いわけではなくて、自分の内面を見直すことが大事」とコメント。それでも緊張がなくなるわけではなく、試合の直前に緊張に襲われた時には、「壁に頭を叩きつけたり、思い切り顔中にびんたをしたりして“何を緊張しているんだ。やってきたじゃないか”と自身を鼓舞していた」と明かし、それを聞いたウルフは「そこまでMにはなれないですね」と笑っていた。

そんな中、番組アナリストの福田正博が「“指導者から負けたらただじゃおかないぞ!”とプレッシャーをかけられることはある?」と質問。するとウルフは、「そういうプレッシャーはないですが、国際試合で締め技を受けてタップ(ギブアップ)した時に、その後で“タップが世界で一番うまいな”ってイジられたことはあります。それへの反骨精神で頑張りました(笑)」と、柔道家ならではのエピソードでスタジオを盛り上げた。

そして話題は、ロンドンの惨敗からリオでの復活劇へ。鈴木は「ロンドンまでの4年とリオまでの4年では、練習内容や全日本としての自覚、そして、相手の研究など、井上監督のもとでこれまでとは180度違う方法でやってきた」と説明。ロンドンまでは練習量が重要視され、例えば、朝のトレーニングでは、およそ10㎞にわたり400mや800mのダッシュをひたすら続けるなど、過酷なトレーニングをこなし、朝の段階で体力や神経を擦り減らしていたのだとか。しかし、井上監督になったリオまでの4年では、指導方法を各階級のコーチに任せるように改革。鈴木が担当した階級では、「楽だと言ったら変ですが、朝トレが午前の練習に繋がるように変更し、柔道がメインだと言っています」と、その階級の特徴に合わせたトレーニングを実施するようになったという。

練習量については、大学や会社など、それぞれの所属で取り組まれており、年に数えるほどの回数しか召集されない全日本では、やれることに限りがあると捉え方を変更。現在は、練習を“やらせる”のではなく、日本代表として必要な情報やデータを選手たちに与え、それをどのように使うかは選手次第というスタイルをとっているという。これについて現役のウルフは「練習量は所属で確保できますし、代表では外国人選手にはこういう組手が通用するなど、考える練習をしていて(自分には)合っている」と手ごたえを明かした。

また、海外勢は、それぞれのバックボーンにある競技、たとえばサンボといった異種格闘術を取り入れるなどして強化を実施し年々力を蓄えてきている。近年は全日本も、他競技の講師を招き、色々なところから柔道に繋げるようなシステムを構築。さらに鈴木は「KAKEN(科学研究部:柔道を科学的にサポートし、競技力向上を目指すチーム)が凄い力を持っていて、(勝ち上がりの次の対戦相手の)この映像が見たいと言ったら、1分くらいでその映像をタブレットに入れて持ってきてくれるなど、何が起きても良いような状況が今の柔道界にはある」とサポート体制の強化についても語った。

しかし、長年にわたり続いてきた柔道界の慣習をわずか4年でどうやって変えたのか……。そこにはロンドンでの惨敗があったのではないかと三浦は予想する。サッカー界ではドイツ代表がEURO2004のグループステージで1勝もあげることができずに敗退。変化せざるを得なかったドイツサッカー界は、育成に力をいれて指導方法を改革し、現在の地位へと再び返り咲いた。これと同じことが全日本に起きたというのだ。福田も「変えるということは、先人たちが積み上げてきた歴史を否定して新たなものを作っていくことでもある。これは柔道界でもかなり勇気のいることだったと思う」と、改革を進めた現在の柔道界に感嘆の声をあげた。

そして、以前より何が進歩したのかと聞かれると、鈴木は「柔道家という理想像を少し崩しているかもしれない」と語り、「色々なところから柔道を作り上げていく。一本道では限界があり、これからますますそうなっていくと思う」と話した。

さらに日本サッカー界への提言を求められると、鈴木は「スーパーポジティブシンキング」をあげた。ウルフが世界選手権で指導(1試合に3回の指導で反則負け)を2つ取られたことが何度かあり、試合後に「指導を先に2つも取られるのはさすがにが危ないぞ」と言おうとしたら、ウルフに「全体的に自分の流れでしたね」と言われたのだとか。「言おうとしたこととは真逆なんだけど、戦ってる本人がそう思っているなら良いかと思って、“間違いないな”と言って戻っていきました。やっぱりポジティブな戦い方は大事」と話した。一方、ウルフは「夢は大きく、目標は身近に」と語り、「試合は1回戦を終えてから2回戦の相手のことを考えるようにしています。そうやっていくことで、自ずと頂点が見えてくる」と目の前の一戦にかける重要性を説いていた。

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