TOKIO国分「すごかった」V6にグループ内格差、トニセン「……」

2017年01月11日 13:00

V6“トニセン(20th Century)”の3人、坂本昌行、長野博、井ノ原快彦が、フジテレビ系列で1月11日放送の『TOKIOカケル』(毎週水曜23:00~)にゲスト出演。番組の人気コーナー「生まれて初めて聞かれました!」に登場する。

同じ事務所に所属し、ほぼ同世代のTOKIOとトニセン。「この感じは初めて」、「うれしい」などと和気あいあいとしたムードで収録は行われる。今回、アラフォージャニーズの8名が、80年代の「入所期」から90年代の「デビュー期」、さらには現在に至るまで、今だから言えるジャニーズ秘話を語り尽くす。

まずは、それぞれが事務所に入った順番を、本人たちの記憶をもとに整理。8名の中で最初に事務所に入ったのは長野で1986年の4月。その後に光GENJIの佐藤アツヒロ、城島茂が事務所に入ったという。当時13歳の長野は、光GENJIのローラースケート練習に参加していたことを明かし、のちにジャニー喜多川社長から「YOU、(光GENJIに)入れれば良かったよ」と言われたと告白。その話を聞いた山口達也から思わぬ本音が飛び出す。

翌年1987年に坂本と国分太一、翌1988年に山口と井ノ原が入所した。当時はジャニーズジュニア内のメンバーチェンジが多くあり、坂本がTOKIOのサポートボーカルを務めたこともあったという。「どうなっていてもおかしくなかった」と松岡昌宏が語ったように、坂本と国分がSMAPにいた時期もあったことが明らかになる。

そして、1989年に松岡が入所。当時は先輩たちが本当に怖かったと言い、ジャニー社長に買ってもらった整髪料をめぐり起こった国分とのある事件を暴露。さらに井ノ原が『アイドル共和国』(テレビ朝日系・1989年4月~1991年3月)に出演していたころの城島の恥ずかしい武勇伝を語る。さらに国分が「CDが出来上がった時のジャケットすごかったよね」とV6デビュー時のグループ内格差について話すと、井ノ原が「3人とも渡されたとき止まっちゃって(笑)」と当時の爆笑エピソードを明らかにする。

TOKIOとトニセンだからこそ話せる、彼らの青春時代に起きたジャニーズ秘話が明らかになっていく。

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