『春になったら』キーパーソンは「タムチのゴードン」?木梨憲武“雅彦”が奈緒“瞳”に隠した秘密

公開: 更新:
『春になったら』キーパーソンは「タムチのゴードン」?木梨憲武“雅彦”が奈緒“瞳”に隠した秘密

不思議だなあ。死は、どんどん近づいてきている。椎名雅彦(木梨憲武)の体は見る見る弱ってきて、咳き込むことも増えたし、人工呼吸器をつけた姿は、この人は余命宣告をされた重病人なんだという、ずっと目をそらし続けていた事実を突きつけられたみたいで、胸が切り刻まれる。

でもなぜだろう。死が近づけば近づくほど、くすくすと笑える場面が増えてきた。悲劇と喜劇は対極の場所にあるものではないのだと、『春になったら』(カンテレ・フジテレビ系、毎週月曜22:00~)は教えてくれる。悲劇も、喜劇も、舗道の脇に咲く野花のように何気なく転がっていて、日めくりカレンダーをめくるみたいに交互に顔を出す。まるで死は特別なものではないとささやきかけるように。

遊び心いっぱいのシーンが象徴する、雅彦の生き方

それにしても、この9話は実にユーモラスな場面がたくさんある回だった。まずは雅彦の遺影を撮るシーン。岸圭吾(深澤辰哉)や⼤⾥美奈⼦(見上愛)の協力の下、瞳(奈緒)が父を撮る。でも、おごそかな雰囲気はまるでない。おどけてポーズをとるけど、ちょっと空回り気味の雅彦と、「普通に笑って」とアドバイスする瞳。いつも通りの明るいやりとり。でもその「いつも通り」がもう少しでなくなってしまう予感のようなものもそこにはあって。ありふれた日常の尊さに、笑顔と涙が一緒になってこぼれてくる。

雅彦のタイムカプセルを掘り起こすために、瞳と川上一馬(濱田岳)が小学校の下見をする場面も賑やかだ。ビデオ通話越しに「左のほうに行ってみて」と声をかけつつ、画面の向こうの瞳とは左右が逆転していることに気づいて「そっちだから右か」とこっそりつぶやくところとか、身に覚えのある些細なやりとりが共感の笑いを誘う。

いざ小学校に潜入するシーンなんて、もっと騒々しい。校門をまたぎ越す一馬はいかにも運動神経が悪そうで鈍臭い。着地のときの濱田岳の表情が絶品で、なんとも言えないおかしみを醸し出している。かと思えば、土の固さに対し「50年前の土だからね」とわけのわからないことを言う瞳に対し、「50年前の土……?」と地味にツッコんでみたりする。

警察に見つかったあとなんて、もう完全にコメディだ。まるでハリウッド映画のヒーローみたいに盾になる雅彦。瞳も瞳で、今生の別れみたいな顔をして逃げていく。ついには、いい感じのオシャレな洋楽まで流しはじめる始末。これぞ、良い茶番劇。悲しいときほど遊び心を忘れない。そんなつくり手の意志を感じるし、それは雅彦の生き方そのものにも見えて、余計にいとしい。

その裏で、病院のベッドで死んだ妻と幼い頃の娘の夢を見る雅彦を映し出し、あまりに濃いコントラストに喉の奥のほうがぎゅっと締めつけられたみたいになる。よく練られているのに、ちっとも鼻につかない構成の巧さが、このドラマの幹となっている。

細かい所作の積み重ねが、奈緒と木梨憲武を本物の父娘にした

タイムカプセルに残された手紙も、微笑ましさとやるせなさが、コーヒーに入れた砂糖みたいに溶け合って、苦味と甘味を運んでくる。結局、自動車が空を飛ぶことはなかったし、宇宙旅行だって夢のまた夢。ノストラダムスの大予言なんてとっくにみんな忘れているし、スターにもなれやしなかった。僕たちは、子どもの頃に想像したよりずっと地味な未来を生きている。

それでも、世界一可愛いお嫁さんをもらう夢は叶えた。10人の子だくさんとはいかなかったけど、最愛の一人娘がこうしてそばにいてくれる。想像したよりずっと地味だけど、あの頃には考えが及びもしなかった確かな幸せを、雅彦は手に入れることができた。

きっと雅彦に限らず、大人になるとは、大抵の人にとってそういうことなんだろう。そんな共感で締めくくると思いきや、未来の自分に向けた最後の問いは「100歳まで生きていますか?」。その無邪気さが残酷で、思わず下唇を噛みしめた。

このときの奈緒の芝居がすごくいい。まず「世界一の娘」と面と向かって言われて、照れ臭さと、うれしさと、でもそんな父がもうすぐいなくなる寂しさで、鼻先につんと痛みがこみ上げたような顔をする。立ちのぼる悲しみの気配を払いのけようと手紙の続きに目を落とすけれど、そこにあるのは「100歳まで生きていますか?」という一文。短い葛藤の末、努めて明るく振る舞う心の準備をして、それを読み上げるものの、どうしても語尾が震える。この一連の流れがさりげなくて、でもリアルで、つい心を奪われてしまう。

そんな奈緒の好演に呼応するように、熱くなった目頭を布団で隠す木梨のリアクションもたまらなかった。雅彦が咳き込むたびに体をさする瞳の動きも自然で、こういう細かい所作の積み重ねが、二人を本物の父娘に見せているのだと思う。

その一方で、こんな心の通じ合った父娘にも、まだ隠された秘密があることが最後に示唆された。病室で雅彦が電話をしていた相手は、外国人女性。「英語をマスターする!?」という「死ぬまでにやりたいことリスト」がついに回収されるときが来たようだ。雅彦が話をしていた女性は誰なのか。ヒントになるのは、手紙の中に出てきた「タムチのゴードン」だろう。雅彦は知らないふりをして誤魔化したけれど、この「タムチのゴードン」が雅彦が英語を勉強していた理由なんだと思う。

そこにどんなドラマが隠されているのか。いよいよ物語は最終章へ突き進もうとしている。

PICK UP